第27話
7-4
エリン歩兵隊はすぐに行動した。
隊長はマカヴォン・マクマホンと言った。
マカヴォンは、兵士たちにマスケットを装備させている。
使いたくてウズウズしているのは、ウィルヘルムと同じである。
兵士たちもマスケットを撃ちたくてウズウズしている。
エリン歩兵隊がボインの街に着くと、たちまち激しい撃ち合いが起こった。
ウィルヘルムとエリンは正面からマスケットを撃ち合った。
負傷者が続出し弾丸と火薬が不足したので、2時間程度で戦闘は終わった。
両軍とも負傷者を回収し、補給に専念した。
「負傷者がこれほど多いとはな…」
マカヴォンはつぶやいていた。
実際に戦ってみて、やっと分る事だ。
相手も同じようにマスケットを持っていると、このように損害が大きくなる。
ただ、メルク戦での経験があるウィルヘルムは、マスケット兵を分散させていた。
5~6名ほどが固まって小隊を作り、火力を維持したまま密集させない。
そのため、エリンより被害が少なかった。
エリンは兵士を一列に並べて戦列を作り一斉射撃をしていた。
火力は十分にあるが、的が大きくなったのだった。
「報告せよ」
マカヴォンが聞くと、
「死者50名です」
部下が答えた。
「負傷者は?」
「負傷者は200名程度です」
部下は言った。
「皆、弾丸を受けて動けなくなっています」
「厄介だな」
マカヴォンは渋面を作っている。
歩兵隊は500名程度を投入しているが、一度の戦闘で半数まで減っていた。
しかも弾丸と火薬が不足しているので、補給をするために使者をウシュネッハに送っている。
キャンプを張っているが、食糧など必要な物資も1日すぎる毎に消費して行く。
敵は街から徴発できる。
時間が過ぎれば過ぎるほど、こちらは疲弊してゆく。
「弾丸と火薬の残りは?」
「残り1000発くらいでしょう」
部下は答えた。
戦える兵士250人が一斉に射撃したら、4回発射で終わりだ。
「……ならば、切り込み隊を潜入させる」
「はい」
マカヴォンが言うと、部下はうなずいた。
予想していたらしい。
「では私が切り込み隊の指揮を」
「うむ、済まぬな」
マカヴォンはうなずいた。
相手に時間を与えてしまうのは得策ではない。
マスケットの扱いについては、ウィルヘルムに一日の長がある。
土地勘はこちらの方が上だ。
ボインの街に潜入する方法はいくらでもある。
部下は切り込み隊の服装を変えさせ、住民を装った。
今でいうゲリラ戦である。
街の中で暴れて引っかき回すのが役目だ。
生きて帰れる見込みは薄い。
しばらくして、街の中で騒ぎが起きた。
ウィルヘルム兵が賢明に対処しているが、次々と剣で斬られている。
「攻撃準備!」
マカヴォンは部下たちに命令した。
「かかれ!」
「おーっ!」
エリン歩兵隊は突撃した。
「クソッ」
「エリン兵が来たぞー!」
ウィルヘルム兵が慌てて体勢を立て直そうとするが、もたついていた。
「おりゃあー!」
エリン兵がマスケットを発射する。
そのまま、敵陣に突撃し、乱戦に持ち込んだ。
*
切り込み隊は全滅。
その代わり、突撃したエリン兵はウィルヘルム兵に打撃を与えた。
ウィルヘルム兵をボインの街から追い出すのに成功した。
ウィルヘルム軍は後退し、補給のために駐留。
ボインの街を取り戻したエリン軍はそのまま駐留し、ウシュネッハからの補給を待つ。
「補給線を維持しないと負けるな」
マカヴォンは部隊内の会議で言った。
「では、ウシュネッハへ伝令をしたてましょう」
部下が答える。
先の部下は切り込み隊を指揮してそのまま死んだので別の者だ。
「うむ、それと講和を模索する事も伝えよう」
「……それは消費が激しいからでしょうか?」
「そうだ」
マカヴォンはうなずいた。
「このまま戦っていたら、他邦の参戦を招きかねん」
「ですが、相手が同意するとは限りませんよ」
部下は疑問をぶつけてきた。
「うむ、それも考えている。講和を模索すると同時に、後ろ盾をつけてもらう」
「フロストランドですか?」
「多分、そうなるだろうな」
マカヴォンは椅子に背を預けた。
「アルバは借金に苦しんでいるし、この消費の激しさに耐えられんだろうからな」
冗談めかした言い方に、ハハハと乾いた笑いが起きる。
「ウィルヘルムが持ってないのは質の良い後ろ盾だ」
「なるほど、帝国は今や技術後進、後ろ盾にはなるでしょうが、保有している技術には差がある」
このようなやり取りが行われ、伝令がウシュネッハに飛んだ。
*
「なるほど、マカヴォンのヤツ考えを巡らせてきおって」
リアムは伝令の内容を聞いて、言った。
「すぐに船団へ伝令を仕立てろ」
「はい」
ブレナンが伝令を仕立てる。
*
「という訳で、こちらにお鉢が回ってきた」
ブリジットはしかめっ面。
仕事とはいえ、面倒な事になったと思っているのだ。
「フロストランドに行けるのは、バズヴだけか」
ブリジットが言うと、
「モーリアンの修理の様子も見ないといけないし、いいんじゃないですか」
ダーヒーが口を開いた。
「まあ、そういう考えもあるな」
ブリジットは、うんうんとうなずく。
「船団を空にするのはイヤだが、まあ仕方ない」
「そろそろクローニン船長が帰ってくるでしょう」
マルティナが言った。
「少しの間なら問題ないと思います」
「うん、それじゃ頼んだよ、マルティナさん」
「はい」
という事で、バズヴは出港した。
ブリジットを乗せている。
フロストランドとの交渉は彼女が担当している。
渡航中に戦が終了しそうな気もするが、それでもフロストランドのバックアップは欲しい。
今後もウィルヘルムは襲撃してくる。
だとしたら後ろ盾は必要だ。
絶対的に。
フロストランドに着くまで、ブリジットはそんなことを考えていた。
*
実際に、ウィルヘルムとエリンは睨み合いを続けていた。
補給の問題が一番にある。
お互いに消費がデカすぎるので、十分な弾薬と兵数が揃うまで時間稼ぎをしたいのだった。
「チャーリー殿を渡せ」
ウィルヘルムは通達してきた。
チャーリーを渡しても、ウィルヘルム兵が引き上げるとは限らない。
「断る」
エリン歩兵隊の隊長、マカヴォンは断った。
本心だが、交渉の上でも必要なことだ。
現状、時間を稼ぐのが第一である。
それはウィルヘルムも同じだ。
奇妙だが、双方とも目的が一致している。
「話し合いを続けよう」
ライアンは言った。
軍の監督官としてエリンまで同行してきたのである。
キャンプで休息中だ。
「チャーリー殿を引き渡すよう、エリンに求め続けてくれ」
「相手は断り続けるでしょう」
家中の者は否定的であったが、
「それで構わないさ」
ライアンは答える。
「今は補給に専念したいからな」
「なるほど、分りました」
家中の者はうなずいた。
しばらくは話し合いがもたれた。
内容は平行線だったが。
*
フロストランド。
メロウの街に着くと、ヴァルトルーデとヤスミンが一緒に待っていた。
「いや、アイザックがメロウの街で待っていろと言ったんだ」
ヴァルトルーデが言った。
「ホントにルキアが来たよ」
ヤスミンが驚いている。
「アイザックの予言ってヤツだな」
ヴァルトルーデが大げさにアクションをしてみせた。
「ああ、論理的に考えた結果だろ」
ブリジットはフンと鼻を鳴らした。
あの理性だけが突出した男のことだ、そうに違いない。
「船団長、誰です?」
ダーヒーが聞いた。
「氷の館の大臣様たちだ。ヴァルトルーデとヤスミン(カーリー)だ」
ブリジットは紹介した。
「コイツはダーヒーだ。バズヴの船長な」
「よろしく」
「よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
3人は挨拶を交わした。
と言っても、メインで話をするのはブリジットだ。
「フロストランドに助力を求めたい」
ブリジットは言った。
「うん、それは了解だ」
ヴァルトルーデはうなずいた。
氷の館では既にこれについて話されていて、スネグーラチカの了解は得ているようだった。
メルク戦で援助をしたのと同じ構図である。
「しかし、ただでという訳にはいかない」
ヴァルトルーデは条件を付けてきた。
交渉という訳だ。
「条件があるのか」
ブリジットは唸った。
「総代理店契約を進めること」
「お、そう来たか」
ヴァルトルーデが言うと、ブリジットは大げさにリアクション。
結構、余裕がある。
「ま、あたしは賛成なんだけど、エリン幹部会議がヘタレで、やらねーんだよなぁ」
「この機会に是非進めてくれ」
ヴァルトルーデはどこか他人事のように言った。
フロストランドが出す要求は、一見何でもないような事のように思える。
しかし、後々になってから効いてくるはずなのだ。
スネグーラチカやアイザックは、布石を打ってると思われる。
そう、マスケットを周辺国へ普及させてしまったように。
なので、ここで尻込みせずに先行して取り組む方が良いと考えられる。
(ま、常に鼻面引き回される感があるのはシャクだけどな…)
ブリジットは顔には出さないが、内心ではそう思っていた。
「分った、何とかしよう」
ブリジットは安請け合い。
(船団長、そんな簡単に返事しちゃって大丈夫なんですか?)
(大丈夫、フロストランドが条件出してきたんだし、受けなきゃ支援もナシだかんな)
ダーヒーとブリジットはゴニョゴニョ言っている。
「あと、モーリアンの修理の件だけど」
ブリジットは話題を変えた。
協力は取り付けたし、物資等の援助はしてもらえるだろう。
それよりブリジットの懸念は、こっちだ。
「それは完了してる。乗って帰るのはムリだろうけど、バズヴで曳航して帰るのはできるだろ?」
ヴァルトルーデがうなずいた。
「チュールが護衛としてついて行くよ」
ヤスミンが続けて言う。
「物資の運搬も兼ねてね」
「早速の配慮、感謝するよ」
ブリジットはここでやっと笑顔をみせた。
彼女の任務は完了ということだ。
「それから中型船の購入についてだが、現在、新たな船を建造中だ。
完了次第、そちらへ向かわせる」
ヴァルトルーデは進捗を報告した。
モーリアンの修理が優先だったので、中型船はその次になったようだ。
「新たに造船所を作った方がいいかもな」
ヴァルトルーデがつぶやく。
「そうや、プルーセンも船を持ってたけど」
「それはメルクの技術だ」
ブリジットが思い出したように言うと、ヴァルトルーデはすぐ答えた。
「前にメルクで船を作ったからな」
「あんたが元かい」
ブリジットは呆れた。
「メルクでは小型船を多く作っているようだ。
燃料も石炭が多い。
あちらでは海が凍らないし、パワーもそれほど要らないからな。
内燃機関も大分作られているらしいが、コスト面ではやはり蒸気船だ」
「それにしては、速かったような気がするけどな」
ブリジットは実際に戦った経験からの発言だ。
「多分、電気を補助に使ってるんだろう」
「電動機か」
「もしかしたら、雷の精霊を使ってるのかも」
「なんだよ、それ?」
「アレクサンドラ式の機構だ」
ヴァルトルーデは言った。
「あの、変な帽子の女だな」
「アイツ、面白い機構を作るヤツだからな。
その方式だと、普通の電動機よりパワーが出るんだ」
「魔法使いがいるんか?」
「分らない」
「アールヴが個人的に取り引きしたんじゃないのか?」
声がした。
カーリーだ。
「そうかもな」
ヴァルトルーデがうなずく。
「だとしたら、取り締まるのはムリだろう」
「うーん、いやそれはいいや」
ブリジットは言った。
「取り締まっても抜け道はいくらでもあるだろうし、それにかかる経費を考えたらやるべきじゃない」
「でも、それじゃ技術が漏れまくるだろ」
「うん」
ヴァルトルーデ、カーリーがブリジットを見た。
「いいんだ、それで。良いものは残るから、それをもらう」
ブリジットは悪びれもしない。
フロストランドは開発を主としているせいか、こういう発想がなかなかできない。
エリン人のブリジットは、逆に今あるものを利用する考え方になりやすい。
「使えない物は淘汰される、使える物をかっさらうんだ」
「さすが、エリンの海賊は言うことが違う」
ヴァルトルーデは冗談めかしている。
「褒めるなよ」
ブリジットはちょっと照れたようだった。
「いや、褒めてない」
ヴァルトルーデは呆れていた。
*
「さて」
スネグーラチカは仕事を片付けて、言った。
荷物をまとめとようとしている。
「雪姫様、どこへ行こうとしてるのです?」
「アイザック…」
チッと舌打ちをする、スネグーラチカ。
「まさか、メロウの街へ行こうと?」
「最近、私はどこにも出かけておらぬ。せめてメロウの街に行っても良いじゃろう」
アイザックがダメだしをしようとするが、スネグーラチカはグチグチと何かつぶやき始める。
「そもそもお主が出来すぎなのじゃ、私がやることがなくなるではないか」
「…なんか変な怒られ方されてますな」
アイザックは顔をしかめた。
「まあ、メロウの街くらいなら」
「ふん、私にもやれることを残すのじゃ」
「はあ、分りました」
スネグーラチカが言うと、アイザックは何とも言えない感じで承諾。
「ですが、今回は我慢してください。他にやることがありますから」
「……何じゃそれは」
「決済です」
ドサドサと書類をテーブルに乗せるアイザック。
「ぐ…」
スネグーラチカは唸った。
(こんな時に静たちがいれば…)
(そうじゃ、こちらから探しに行くべきじゃろう)
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