第14話
4-3
「しかし、剣の稽古などもう時代遅れではないのか?」
エドワードは若干自嘲気味に言った。
船団本部へ戻ってきて、麦茶を飲んでいる。
ティータイムというヤツだ。
「時代は既にマスケットに移行しておるし、そなたらもマスケットを配備しているであろう?」
「マスケットが弾切れになったら、刀剣に切り替えますからね」
ブリジットは答える。
「船の上では槍なんかの長物は使いづらい上に、ツールとして刀剣が必要です」
「ふむ、そうかもしれぬが…」
「戦は時代に応じてその様式を変えて行きます」
ブリジットは言った。
「ですが、戦人の精神は変わりません」
「む…」
「グリフィス殿は、マスケットが普及したからと言って戦を放棄しますか?」
「まさか! 敵が何を使おうと、戦う意思を捨ててしまえばそこで終わりだ!」
エドワードは言って、それから、はっとした。
「……ふふ、私を試したな?」
「申し訳ありません。
ですが、戦の様式など時代とともに移り変わって行くものです。
歴史を紐解けば、新兵器の登場など日常茶飯事みたいなものですよ」
ブリジットは肩をすくめる。
「なるほど、弱音は吐くなと申すか」
エドワードは微笑んでいる。
「ええ、私たちエリンがグリフィス殿の精神を継ぎます」
ブリジットは、珍しく真面目な顔をしている。
「口だけは達者だな」
「お嫌いですか?」
「いや、元気づけられたぞ」
エドワードは不敵に笑った。
「私の稽古に音を上げないよう、せいぜい頑張るがいい」
「望むところです」
ブリジットはドンと胸を叩いた。
*
エドワードは蒸気車を購入したようだった。
ウィルヘルムとエリンの間を車で移動するつもりだ。
エリン、アルバはもちろん、ウィルヘルムやクリントにも蒸気車が普及し始めている。
運転手も雇わなければいけない。
コストはかかるが、それだけエリンとの関係を重視し始めたということだろう。
エドワードの入れ込みようはかなりのもので、ウィルヘルムに居るより、エリンに居る方が長くなってきていた。
ウシュネッハかアルスターに、ウィルヘルムの出先所を作ろうと本気で考えている。
ブリジットに乞われて船団の顧問のような立場になっている。
エドワードがエリンへの出資のとりまとめをしており、その出資も着実に増えている。
ウィルヘルムの商隊が定期的に出資金を運んでくるので、船団の運転資金は増える一方だ。
「エドワード殿、そろそろ、ばいおでぃぜるを作る設備についてフロストランドと話合いたいんですが」
「うむ、出資金もかなり集まってきたし、頃合いか」
ブリジットが言うと、エドワードはうなずいた。
「リアム殿にも話をしよう」
「お話は分りました」
リアムはうなずいたが、
「ですが設備投資は少し不安ですなぁ」
あまり乗り気ではない様子だ。
「お気持ちは分りますぞ」
エドワードは、うんうんとうなずいている。
「しかし、自分達で燃料を作れるようにならぬと首根っこを捕まれたままですぞ」
「ま、ないとは思うけど、フロストランドに燃料の販売を止められたら船が使えなくなるしね」
ブリジットが興味なさそうに言った。
「燃料を作れるようになっても、原料は輸入に頼ることになるだろうし」
「なら、輸入でいいじゃないか」
リアムは面倒くさがっている。
「それでもいいよ、私は。フロストランドの傘下に入れられるだけだし」
「なに?!」
リアムは叫んだ。
「そのような事は認められない」
ギャラガーも同調した。
「もちろん、貴邦は王国の一部であり、不可分の領土ですな」
エドワードがここぞとばかりに言った。
「必要な物資を自前で製造してゆけるようにするというのは、今後の王国の未来を考えるに避けられぬ事」
「うーむ、なるほど」
リアムは考え込んだ。
「もちろん、我々ウィルヘルムは提案をするだけですが」
エドワードは意味ありげに言った。
決めるのはエリンだということだ。
「我々は王国の一部です。王国の海兵として重要な役割を担ってきました」
リアムは言った。
「周辺国とは友好関係を築いて行きたいですが、これからもエリンは王国の海兵です」
「うむ、よくぞ言ってくれた」
エドワードは強くうなずいた。
「設備投資をする方向で進めましょう」
(その方が利益が大きいと思われるしな、ガハハ…)
リアムは内心思っていたが、おくびにも出さない。
腹芸は政治には必要なスキルである。
*
という訳で、バイオディーゼル製造設備を作るというプロジェクトが発足した。
ブリジットは船でフロストランドへ向かった。
まずは相談だ。
普段でもアルスターを中心に三隻のうちどれかが出航している。
フロストランドからプロトガリアまでを行き来するのが定期ルートとなっている。
ちなみにディアミドは最近は体力の限界を感じているらしく、副長を船長へ昇格させて自分は事務局の局長に退いていた。
ゴブリン族の土地に寄港。
芋を購入し、小麦粉などを卸す。
それからメロウの町へ行き、魚の缶詰を購入する。ここでも小麦粉などを卸す。
そして、モーリアンを停泊させたまま、鉄道で雪姫の町へ移動する。
港の管理局にはキチンと訪問の目的を伝えていた。
言ってみれば、港の管理局は外国人の入国管理を担っているといえる。
ブリジットとダブリンの2人だけだ。
大勢で行っても無駄に金がかかるし、威圧することになりかねない。
乗組員には悪いが、港に待機してもらった。
もめ事さえ起こさなければ、好きに遊んでいても良いことにしている。
いわゆる骨休めというヤツだ。
鉄道に乗って行くと、4~5時間程度で雪姫の町に着く。
これがないと1泊する覚悟がいるのだから、もの凄いスピードアップだ。
「鉄道はいいなあ」
ブリジットは景色を眺めながら、言った。
「こんなデカいもんどうやって作ったんですかねぇ」
ダブリンは何度も列車を見ているはずなのに、その大きさに驚いている。
「ドヴェルグが作ったらしいな」
「はあ、ドヴェルグって何でも作りますよねぇ」
「何でもは言い過ぎだろ」
ブリジットは一笑に伏す。
とそこへ、
「お菓子、麦茶、軽食はいらんかねー」
パック族の売り子がカートを押してやってくる。
「おや?」
「物売りなんかいるんですね」
「ちょうどいい、なんか買おう」
ブリジットは言って、カートに並んだ物を見た。
瓶に入った麦茶、小麦粉を焼いた食べ物、魚の缶詰、粥の缶詰などなど。
「缶詰が多いな」
「工場で大量生産してるので」
パック族の売り子は説明した。
「缶詰のほとんどが戦闘糧食ですね」
「こんなの売っていいのか?」
「さあ、上が何も言わないってことはいいんじゃない?」
パック族の売り子は適当だった。
「まあ、いいや。麦茶2つとこの缶詰2つくれ」
「あいよ、麦茶とマカロニと肉野菜の缶詰ね、まいどあり」
売り子に缶切りを借りて缶詰を開けて見る。
「マカロニって小麦粉のなんかだな」
「へー、こんなもんあるんですね」
「こういうのも輸入したらいいかもな」
「冷たいもん食いたくないッス」
ダブリンが言ったが、
「アホか、戦闘中に選り好みできるかよ。冷たいもん食うのも訓練のうちだ」
「うへぇー」
下らない事を言っているうちに、雪姫の町に着いた。
氷の館へ行き、門番に来意を告げる。
予め手紙を送ってあるので、話は通っているはずだ。
「はい、承っております」
ドヴェルグの門番は慇懃にお辞儀して、中へ案内する。
氷の館は文字通り北方様式の館である。
ブリジットは留学時ここに住んでいたのだから、懐かしくもあり、これからの話を考えると気が重くもある。
「ブリジットよ、久しいな」
広間で待っていたのは、スネグーラチカだった。
記憶の中の姿のまま、変わりが無い。
「お久しぶりです、雪姫様」
ブリジットは挨拶した。
ダブリンはその脇に居てブリジットを真似てお辞儀をした。
「噂は色々と聞いておるぞ」
ふふふとスネグーラチカは笑った。
「ま、どんな噂か大体予想つきます」
ブリジットは肩をすくめる。
「相変わらずじゃな」
「雪姫様もお変わりないようで」
「ヴァルトルーデが外出しとってな、そのうち帰ってくると思うが」
「じゃあ、今はヤスミンだけですか」
「ヤスミンも用事で外出中じゃ」
スネグーラチカは頭を振った。
「静たちがいなくなってから、あの2人は東奔西走状態じゃ」
「大変ですね」
「うむ、人手が足りぬ」
スネグーラチカは不満げである。
「そなた、ここで働かぬか?」
「いえ、私はエリンの船団をまとめなければいけませんので」
「む、残念じゃのう」
ブリジットが言うと、スネグーラチカは力なくうなだれる。
よほど忙しいのだろうな。
「ヘンリックとヤンネは帰ってしまっての」
「へえ、さいですか」
「教える者がいなくなったのでな」
「なるほど」
ブリジットはうなずいた。
フロストランドで学べることは多いが、あの2人が習っていた科目はかなり特殊だ。
あっちの世界の歴史、文学、言語など静たちがいなければ習えないものだ。
(ん、まてよ)
(2人残ってるじゃないか)
ブリジットは流されそうになったが、思い出した。
「でも、ヴァルトルーデが教えられるんじゃ?」
「ヴァルトルーデは科学や機械などが専門じゃ。理系というやつじゃな。
ヘンリックもヤンネも理系は苦手だったようじゃの」
「ふーん、確かに難しいかも」
ブリジットはうなずいた。
自らにしても理系の教科は難解で苦手意識があった。
「メルクとビフレストに学んだものを持ち帰ったってことか」
「そうじゃな」
「ヤンネは勉強嫌いで、剣ばかり練習してましたね」
「ヤスミンに良い所見せたかったようじゃの」
「ヘンリックは文芸ばかりに熱中してましたし」
「詩なんぞ、よく分らぬ趣味じゃなぁ」
なとど話をしながら、時間を潰した。
麦茶やお菓子などが振る舞われる。
「おや、お客ですか」
ドアを開けて会議室へ入ってきたのは、赤毛の男。
人間だ。
「ん、誰です?」
「あー、アイザックじゃ、ボーグなんじゃよ」
スネグーラチカは若干、口ごもった。
「え、ボーグ?」
「アイザックです、お見知りおきを」
アイザックは慇懃にお辞儀した。
アンニュイな印象の男だ。
顔立ちは結構男前だが、ブリジットの好みとは違っている。
「ルキアです、エリンから来ました」
ブリジットはミドルネームを使った。
外国で初対面の相手には、ファーストネームをあまり言わない。
そういう習慣だ。
「コイツはクレメンス」
「ども」
ダブリンは緊張しているのか、固い。
ちなみにフルネームは、ダブリン・クレメンス・ドネリー。
「エリンと言えば、蒸気タービン船を駆使しているそうですね」
アイザックは、エリンが行っている交易に興味があるらしかった。
「ええ、我々は製造業は苦手なので、交易で頑張ろうと考えまして」
ブリジットは答えた。
模範解答というヤツだ。
「伝え聞いた所では、その業態は販売店ですね」
アイザックは言った。
「販売店契約では他所の勢力と競合するリスクがあります。
総代理店契約を結んだ方がいいのでは?」
「なんです、それ?」
ブリジットは聞いた。
「こら、私を差し置いて話を進めるでない」
スネグーラチカが恨めしそうにブリジットとアイザックを見る。
頬を膨らませ、そっぽをむいている。
「これは失礼。総代理店について、お客人に説明しても良いですか、雪姫様?」
アイザックは少し大げさな感じでお辞儀する。
「うむ、構わぬぞ」
スネグーラチカは、片目だけ開けてアイザックを見た。
「……なるほど、そういうやり方もあるのか」
ブリジットはうなずいた。
アイザックの説明を要約すると、
総代理店とはメーカーと独占販売契約を結び、
決められたエリアで決められた商品を、
メーカーに代わって販売するというものらしい。
つまりフロストランドの企業の力が及ばない地域での販売を代行するということだ。
しかも商品を独占できる。
「総代理店には独占販売権があります。
決められたエリア内で、他所の勢力がその商品を扱いたい時には、必ず総代理店を通さなければなりません」
「でもその分、金を払う訳でしょ?」
「はい、そうです」
アイザックはうなずいた。
「独占販売は強力な武器ですから、その特権については一定の料金を納めていただくことになります」
「質問なんだが、例えば、他の地域の商人がフロストランドで魚の缶詰を購入してそれを輸送してきた場合はどうなるんです?」
ブリジットは思いついた事例を述べる。
「フロストランドでの販売は自由ですので、それは問題ありません」
アイザックは答えた。
「抜け道はあるということですね」
ブリジットはうーむと唸っている。
エリンの立場としては独占権は欲しいところだが。
商売敵が抜け道を使って大量に持ってきたら、と思うと決めにくい。
いずれにせよ、ここは持ち帰って大氏族長に預けるべきだ。
そもそもブリジットに決定権はないのだから。
「完全に独占するのはいかん」
スネグーラチカが言った。
「ほら、あれはなんと言ったかの?」
「独占禁止法ですね」
言葉が出てこない様子のスネグーラチカに、アイザックが助け船を出す。
「そうじゃ、独禁なんちゃらじゃ。
為政者の立場としては、商売ができるだけ公平になるようにせねばな」
「……この話は邦に持ち帰って検討します」
ブリジットは言った。
「元々、この話をするために来たんじゃないので」
「そうじゃったな」
スネグーラチカは思い出したようである。
アイザックは黙って座っている。
「ばいおでぃぜるの製造について、か……」
スネグーラチカは勿体ぶっている。
「アイザック、どう思う?」
「それは正直、教えたくはありません」
アイザックは言って、肩をすくめる。
「ですが、技術というのは我々がどんなに秘密にしてもいずれ漏れてしまいます」
「ふむ、ならばどうするべきじゃ?」
「キチンと正規の手続きを踏んで……つまり金を払ってという意味ですが……そういう意味での技術移転は視野に入れるべきでしょう」
アイザックは答えた。
(コイツ、的確な判断をするやつだな…)
ブリジットは内心、舌打ちしていた。
商売の知識も深いようだし、場面場面での判断が普通じゃない。
悪い言い方だが、静たちがいない今なら、口八丁でスネグーラチカをだまくらかすことができるかも……と思っていたのだが、これじゃ望みはない。
(まあいい、正攻法になるだけだし)
ブリジットはその線はすっぱり諦めた。
「我が邦も技術移転代を支払う事については考えております」
「うむ、細かい所は後々決めるとして、ドヴェルグの職人たちを派遣したり、材料を輸送したり、なかなか大変な事業になる」
スネグーラチカは予め協議済みのようで、すらすらと述べた。
「それも承知しております」
ブリジットは言った。
ばいおでぃぜるを自前で生産するのは、いわば今後百年の計である。
どれだけ金が掛かろうとも、これをやらなければ百年後も燃料を買い続けなければならなくなるのだ。
「その覚悟があるということじゃな」
スネグーラチカはうなずいた。
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