第11話
3-4
外で立ち話も何だから、船団本部へ場所を変えた。
護衛のフロストランド兵たちにも麦茶や軽食を出す。
「カーリー、コルム、ディアミドだ」
「どうも」
「初めまして」
「よろしく」
カーリーと2人は挨拶を交わした。
「……」
「……」
「……」
全員、朴訥としていて話が弾まない。
「で、転売について詳細を詰めたいって?」
ブリジットが言った。
「うん、大まかな事はヴァルトルーデがまとめている、これを見てくれ」
カーリーは文書を渡した。
ブリジットは文書に目を通す。
・転売とは、エリン及びエリン指定の業者がフロストランドと物資を購入しその物資を他の地域へ販売する、または他の地域の物資を購入しその物資をフロストランドへ販売することを指す
・フロストランドを甲、エリンを乙とする
・甲と乙が転売について契約を結ぶ
・契約の効力期間は契約締結から1年とし、甲乙どちらかが継続の意思がないことを表明しない限り、以降1年毎に継続される
・乙は、甲と係争中などの相手に戦闘糧食を提供するなど、甲に不利になるまたは被害を与えない限り、自由に転売を行える
・甲は、毒物や薬物など、乙とその販売先に不利になるまたは被害を与えることが明らかな物資を販売することはできない
・乙は、毒物や薬物など、甲に不利になるまたは被害を与えることが明らかな物資を販売することはできない
・上記三項の売買についての制限は、その時点で判明しているものに限られ、売買以後に判明した場合には適応しないものとする
・新たに付則すべき事が発生した場合は、甲乙双方の同意を経て相談の上、加えるものとする
・基本的に争い事、揉め事は話し合いをもって解決する
このような内容が続いている。
(よくもまあ、こんなに考えつくもんだ)
(でもまあ、常識の範囲だな)
ブリジットは思ったが、これを文書で明記させるのと双方の良識に委ねるのとでは雲泥の差だ。
「問題ない」
「良かった」
ブリジットが答えると、カーリーはほっとしたようだった。
「契約締結はいつやる?」
「今」
カーリーは荷物から契約書を出した。
「今はムリだ」
ブリジットは頭を振った。
「こちらの大氏族長に話をしないと」
「なら、我も同行する」
「…熱心だな」
ブリジットはちょっと引いたが、同意した。
蒸気車でウシュネッハへ行く。
ブリジットとカーリーが座席に並んでいる。
運転手はダブリンだ。
フロストランド兵は船に戻っていた。
(おいおい、カーリー1人だけにして良いのか?)
ブリジットは思ったが、すぐに気付いた。
(あ、そっか。問題ないと考えているから、カーリーが派遣されてきたのか)
(以前、ノッカーの刺客を返り討ちにしたと言ってたしな)
(戦闘力、単独での行動力が高いから、何が起きても帰ってこれるということだろうな)
ブリジットは少し深読みしているようだった。
ちなみにダブリンには、あっちの世界のことを言わないよう念を押していた。
話がややこしくなるし、何よりもヴァルトルーデに言われた事が気になっているのだった。
時間軸が合ってない。
自分でもハッキリとは分らない.
(墓場まで持って行けってことかね)
ブリジットはそう感じた。
「では、契約書にサインを」
リアムは文書と契約書に目を通した後、言った。
契約書は二部あり、それぞれにエリンとフロストランドの署名をする。
フロストランド分はスネグーラチカが既に署名している。
「貴国も結構な入れ込みようですね」
キーアン・ギャラガーも同席している。
急に来れるのがギャラガーだけだったのだ。
「ええ、我々は貴邦との関係を重要視しています」
カーリーは言った。
簡潔で分りやすい代わりに、話が続かない。
「それは嬉しいお言葉ですな」
ギャラガーは、話好きだ。
上手く話題をつなげるのに適している。
「お互いに利益を得られる、ウィンウィンというヤツですな」
「はい、雪姫様もそれを望んでいます」
カーリーはうなずいた。
カーリーはかなりの時間表面に出ている。
フロストランドで留学している時にカーリーと何度かしゃべったが、短時間で内側へ戻っていた。
どういう変化か分らない。
自力で表面に出ている時間をコントロールできるのかもしれない。
「雪姫様にはよろしくお伝えください」
リアムが決まり文句を言って、会談が終了した。
「今からアルスターに戻るのはもう遅い」
時間を掛けて文書を確認したので、夕暮れになっていた。
今から帰ると夜中になるだろう。
「今夜はウシュネッハに泊って、明朝帰るといい」
「はい、よろしくお願いします」
カーリーは丁寧にお辞儀した。
大氏族長の邸宅に宿泊する。
邸宅は、こういう時のために客間が多い作りになっている。
「夕食はわたしたちだけにしてよ」
「うむ、まあいいだろう」
ブリジットがいうと、リアムはちょっと不満げだったが、うなずいた。
客が来たら会食をして歓待するのが習慣だが、カーリーは人付き合いが下手だった。
(下手ってか、そういう能力が欠如していると言った方がいいか)
ブリジットは心の中で訂正した。
(知らんおっさんどもと一緒より、あたしだけの方が気が楽だろう)
シチューとソーダ・ブレッドという質素な食事だ。
果実のジュースとチーズを付けてそれなりに豪華な感じにしている。
「オートケーキもつけよう」
「いや、そんなに食べれない」
カーリーは苦笑した。
フロストランドの住人もそうだが、シルリング王国の住人の多くもよく食べるのを良しとする。
もてなすイコール一杯食べさせるという考えが一般的だ。
小柄なヤスミン&カーリーは、見た目通り食も細い。
「分ったよ、お土産にしようか」
「兵士たちに分け与えよう」
カーリーは笑った。
以前は見せなかった表情だ。
どこかしら変化があったのだろう。
「少し立ち入ったことを聞くけど、長時間表に出ていられるんだな」
ブリジットはストレートに聞いた。
「……うん、我はヤスミンを守る時だけ表に出ていた。自分で決めたルールだ」
カーリーは言った。
「極力出ないようにしていたってことか」
「そうだ、私がしょっちゅう出ていてはヤスミンのためにならない」
「だから必要最小限って訳か」
「うん」
カーリーはうなずいた。
「今回はスネグーラチカに任務を預かったから特別だ」
「なるほどね」
ブリジットは納得といった表情である。
翌朝。
ウシュネッハを出発し、アルスターへ戻った。
カーリーは船で帰って行った。
「フロストランドに居た頃は楽しかったなぁ」
ブリジットは、しばし留学時代を思い起こした。
「今は楽しくないんですかい?」
ダブリンが絡んでくる。
「ふん、エリンの荒くれどもと一緒にいて楽しいかよ」
ブリジットは言った。
「楽しいってことですね」
ダブリンはニヤニヤしている。
「バカ言うなし。……ま、でも、退屈はしないな」
ブリジットはそう言って船団本部へ。
「あ、待ってくださいよ」
ダブリンはその後を追った。
*
しばらくして、ウィルヘルムより使者が来た。
ウシュネッハでは「またか…」と頭を悩ませた。
「うぉっほん」
使者は咳払いをした。
エリンの大氏族長並びに幹部連中は、ビクッとなっている。
リアム・オサリバンを始め、キーアン・ギャラガー、トマス・ブレナンも出席していた。
ギャラガーは肩書きに変化はなかったが、ブレナンは順調に出世しており、ギャラガーの補佐役からウシュネッハの都督役になっていた。
「噂に聞くところでは、交易に力を入れておるそうですな」
使者は口ヒゲを撫でながら言った。
「ええ、昔からエリンは船をもって彼方此方へ行っておりましたから」
ブレナンが口を開いた。
「彼方の物を此方へ、此方の物を彼方へ、という訳ですな」
「はい、おっしゃる通りです」
使者とブレナンはニコリと笑い合った。
「時に、我らもその話にかませては頂けぬか?」
使者は切り出した。
この反応は大氏族長のリアムは予想していなかったが、エリンの幹部の中には予測していたものはいた。
「それは、やぶさかではありませぬ」
ブレナンは真面目くさって答えた。
「話をかませる」イコール「旨みを分けろ」ということだ。
形はどうでも構わないが、「利益をどこまで渡すか?」というせめぎ合いになるだろう。
配当目当てに投資をするというのが現実的だろうか。
使者は良い返事を持って帰らなければ、と思っているはずだ。
曖昧な事を言っても納得しないだろう。
「しばしお待ち頂けますか?」
ブレナンは言った。
「構わぬよ、だが良い返事を頂きたいものだ」
使者は釘を刺した。
エリン幹部連中は別室に移動した。
「使者殿もムチャを言いなさる」
「ですね」
「しかし、こういう要望も予想できたな」
「うーん」
「どうまとめたら角が立たぬかな」
「うーん」
皆、頭を悩ませている。
全員、ウィルヘルムの機嫌を損ねない事しか考えていない。
なので、まともな答えなど出てくるはずがない。
「ここは資金提供を願い出て、提供した金額に応じた配当を出すのが良いかと存じます」
ブレナンが提案した。
「もちろん儲けを出すのが前提になりますが……」
「出資者になってもらうということか」
「それ、他にも持ちかけられないか?」
「クリントとかな」
「まあ、それは追々ということで」
幹部連中は欲ボケだということが判明した。
「グリフィス殿」
「おお、話はまとまったかね?」
使者……エドワード・グリフィスは待ちわびたぞ、という表情。
「はい、こういうのは如何でしょう?」
ブレナンが説明した。
「ふーむ、私には判断がつかねる内容ですな」
グリフィスは少し考えた後、言った。
「一度、持ち帰って相談の上、返事致したい」
「ええ、構いませぬ」
「良いお返事を期待しております」
という事で、今回の使者訪問はクリアしたのだった。
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