エリンの娘

@OGANAO

第1話

1-1


帝国とのイザコザが終結し、状勢が落ち着いてくると、ウィルヘルムは途端に不満を露わにした。

先のメルク戦において、エリンとアルバが戦に参加しなかったことについて、である。


ウィルヘルムの使者がエリンの都であるウシュネッハを訪れ、グチグチと文句を言った。

大氏族長のリアム・オサリバンは頭を痛めていた。


もちろん、エリンにも言い分はある。

ウィルヘルムに加担したら、フロストランドの船がやってきて攻撃してくるかもしれない。

一度、負けているのだ。

今度襲われたら大きなダメージを受けるだろう。


エリンはどっちつかずでいるしかなかった。


しかし、今頃ウィルヘルムにそれを責められても…という思いがエリン側にはあった。



ブリジットは新生ディーゴン船団を率いている。

フロストランドから購入した3隻の金属船……エリン兵たちが言うところのモリグナ……は、モーリアン、ヴァハ、バズヴと名付けられた。


ブリジットはモーリアンに乗っている。

ディーゴン船団長兼モーリアン船長である。

ヴァハの船長はコルム、バズヴの船長はディアミドという。

コルムは元々から船団の兵士であるが、ディアミドは大氏族長の推薦で船長に就任している。

事務方の人間だ。

そのため副長をつけて実務を担当してもらっている。

これはディアミドの人脈を期待した人事で、有能な人材を広く求めたいという意図がある。

が、上手くいってなかった。


ブリジット、コルムを始めとする研修生が船の運用を教え始め、数ヶ月。

船団員は船の操縦を習得しつつある。

しかし、ディアミドは膝を痛めていることを理由に訓練には参加しなかった。

ディアミドは歩兵隊の出身だ。

以前にあった戦いで膝を負傷しており、事務方へ転属している。


「ディアミド、せめて顔だけでも出してくれないか?」

ブリジットは単刀直入に言ったが、

「私はお飾りですので、訓練に出ても無意味ですよ」

ディアミドはそう言って断った。

どうにも意固地というか、ふて腐れてる上に根性がねじ曲がってしまっているようだった。


「どうしたもんかな」

ブリジットはコルムに相談したが、

「あのおっさんに何を言っても無駄ですぜ、完全に殻に閉じこもってんだもん」

コルムは肩をすくめた。


「はあ…」

ブリジットはため息をつく。

新たな人員を受け入れるのがこんなに難しい事だとは思わなかった。

何かできないもんか。

そう思うが良いアイディアは何も浮かばない。


数日が過ぎ、雨が降った。

雷が鳴り響く。


「近いな…」

ブリジットはつぶやいた。

船団員は皆、港の酒場で待機している。

定宿にしているのだ。


港は金属船の購入に合わせて専用の船着き場を作っている。

何も活動しない時は船着き場に停泊しており、船の中には当直として何人かが滞在している。

「当直の連中の様子でも見に行くか…」

ブリジットが酒場を出た時だった。


ピカッ

ドドーン!


雷鳴が轟き、頭上で爆発が起きたかのような衝撃が襲ってきた。


「うわっ!?」


視界が歪む。

まるで空中に投げ出されたかのような浮遊感。

落ちて行くような感覚。


次の瞬間、

ブリジットが気付くと、

そこは、部屋の中だった。


木製の柱があり、

草を編んで作ったような独特な床。

足の低いテーブル。

同じく背の低い棚に書籍や人形や陶器などの工芸品が納められている。


「なんだ、ここは?」

ブリジットは驚き、つぶやく。


「おじいちゃん、帰ってきたの?」

声がして、ガラッと戸が開く。

スライド式だ。


『……あ、あなた誰?』

入ってきたのは少女だった。

軍服のような制服を着ており、小柄で平坦な顔をしている。

巴、静、ヤン、ヤスミンに似ている。

(あ、言語が違うのか…)

ブリジットは心の中で舌打ちした。

「何を言ってるか分らないが、私はブリジット・オサリバンという。スマンが誰かゲール語がしゃべれる者はいないか?」

ブリジットは言ったが、

『がっ、がっ、外国語わかんないッ、おじいちゃーん!?』

少女は取り乱し慌てふためている。

『なんじゃ、騒々しい』

声がして、部屋に入ってきたのは年配の男。

つまり老人だ。

『ここここの人、何しゃべってるかわかんないんだけど』

『いや、どっから入ってきたんじゃ、コイツ?』

『まさか、泥棒!?』

『おい、お前、何しに来た!?』

何を離してるか分らないが、少女と老人は段々と警戒心を露わにしてきたようだった。

「いや敵意はない、気付いたらここにいたんだ」

ブリジットは説明した。

『なんじゃい、ゲール語じゃないか』

老人は言って、

「誰じゃ、お前さんは?」

ゲール語を話し出した。

「あ、あんた、ゲール語分るのか!?」

ブリジットは驚いたが、すぐに嬉しそうに言った。

「ワシはアイルランドの歴史を研究し取るからの、ゲール語は研究の一環で学んだ」

「アイルランド?」

「ん? お前さん、アイルランド人じゃないのかい」

「私はエリン人だ」

「エリン……エールじゃと?」

「そうだ」

ブリジットはうなずいた。

エリンはアイルランドを意味するエールを由来とする女性の名前だ。

エールはブリジットの出身地であるエリンの由来でもある。

「昔はエールと言ったようだ」

「興味深いのう」

老人は興味を持ったようだった。

『この人はアイルランドから来たみたいじゃな』

『え、じゃあ、おじいちゃんの知り合い?』

『ん、まあ、そんなもんじゃ』

『なーんだ』

老人と少女は話し合っている。

「とりあえず、怪しいもんじゃないと言っておいたぞ」

「ありがとう、助かる」

ブリジットは礼を言った。


「ワシは尾崎黄太郎という」

老人は自己紹介した。

「こっちは孫娘の藍子じゃ」

「私はブリジット・ルキア・オサリバン」

「ラテン語か、妙じゃのう」

ブリジットが言うと、老人は首を傾げた。

「なぜ、ミドルネームがラテン語なんじゃ?」

「ラ・ティエーンは長らく文化の中心だったからね」

「お前さん、いつの時代のもんじゃ?」

「なんだい、そりゃ?」

話がかみ合わない。

しかし、話を続けて行くにつれ段々と違いが明らかになってきた。


「お前さん、どうやら別の時代から来たようじゃの」

黄太郎は冗談混じりに言った。

ブリジットが話す内容は文化的に古代の様相を呈している。

まるで古代からタイムスリップしてきたようである。

「はあ、意味が分らん」

ブリジットは鼻を鳴らした。


『ランコ、これは何だ?』

ブリジットは言った。

フロストランドの授業で習った英語を使っていた。

英語が通じることに驚きを覚えたが、これで意思疎通ができる。

フローラに感謝である。

『それはテレビだよ』

藍子は英語で答えた。

授業で習ったものを駆使している。

『テレビ?』

『あー、見た方が早いね』

藍子はリモコンを手に取った。

ボタンを押すと、画面に映像が流れ始める。


(……!?)

(これはフロストランドで見たような新技術じゃないか!?)

最初こそ驚いたものの、ブリジットはすぐに思い至った。


『うーむ、すごい技術の塊だな、この家の中は』

しばらくして、ブリジットは気付いた。

テレビを始めとして、水道、ガス湯沸かし器、ガスコンロ、冷蔵庫、電子レンジ、電話、水洗トイレなどなど。

フロストランドでも実現できていない凄い技術がゴロゴロしている。

『え、こんなの普通だよ』

藍子は答えた。

『私が居た所では、ほんの一部ができたところだ』

『へー』

『ボイラー、発電機がやっとできたな』

『え、その前はどうしてたの?』

『暖炉、蝋燭だな』

『なにそのキャンプみたいな生活』

藍子は首を傾げた。

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