第46話
46
アナセン伯が言った最新の武器というのは、マスケットだ。
マスケット200丁。
緊急に購入し、兵士に射撃練習をさせていたのだった。
付け焼き刃ではあるが、相手を驚かせて尻込みさせるくらいにはなるだろうという考えであったが、思っていた以上に効果を発揮した。
高価な買い物ではあるが、しっかり役に立った。
初回はこれでいい。
しかし、次は……。
「敵はどうでますかな?」
アナセン伯はアナスタシアに聞いた。
「はい、なんとか対応してくるでしょう」
アナスタシアは答えた。
ウィルヘルム側にいる何者かがずっとプランを練ってきていたのなら、必ず何かしてくるはずだ。
「フロストランドでは、ゴブリン族の反乱で反乱分子が火薬を使ってきたそうです。
火薬を使ってくる可能性が高いです」
「爆発する例の薬品ですな」
「そんなもの、出してこられたら勝てるのか?」
アナセン伯が言うと、アブサンが疑問を口にする。
「我々が使っているマスケットも火薬を使っています」
アナスタシアが口を挟んだ。
「今後は火薬を使いこなした者が戦に勝つでしょう」
「ふむ、ならばドンドン使えば…」
「水を差すようだが、火薬にも弾丸にも限りがある。
それに我々は製造技術を持っておらん、高価だしな」
アブサンが気を良くして調子に乗ると、アナセン伯が言った。
「……うーむ、高いのか」
アブサンはまた意気消沈してしまう。
喜怒哀楽が激しい性質らしい。
*
港の防衛は、しばらくは上手くいった。
要は時間を稼げばいい。
持久戦である。
「敵は新型武器を使ってきたぞ、どうするのだ?」
レナルドは赤毛の男に言った。
専用の天幕の中である。
「……」
アイザックは何やら考えていたが、
「火薬を使いましょう」
やがて言った。
「ゴブリン族に使わせていたヤツだな。しかし、取り扱いは大丈夫なのか?」
レナルドは心配していた。
爆発する薬品だと聞いて、味方に被害がないかと思っているのだ。
「四の五の言っている場合ではないでしょう。
港を潰さなければ補給が途切れません」
アイザックは無表情である。
「それなら、城門を破壊した方がよくないか?」
「それはそうですが、城門を破壊し切れなかった場合は無駄骨になります。
火薬にも限りがありまして、効果的に使用しなければいけませんから」
アイザックは淡々と説明する。
「なるほどな、使える数が決まっているのか」
「はい、今ある火薬は港を爆破するので使い切ってしまうでしょう」
アイザックはうなずく。
「もっと作れないのか?」
「製法は分ってますが、秘密裡に作らせていますので……。
大々的に作らせてもよろしいので?」
「うむ、敵も新型武器を使ってきているし、秘密にせずとも良いと思う」
レナルドはそう言ってうなずいた。
*
ウィルヘルム軍が火薬を使うのは初めてだ。
火薬の使い方に習熟していない。
誰もやりたがらなかった。
それを見て、港の攻撃を担当していた部隊長が手を上げた。
攻撃が失敗し、撤退してきたことを気にしているのだった。
危険な任務だが、名誉挽回するために自ら志願した。
このままだと肩身が狭い。
なにより故郷に帰った後、いつまでも言われ続ける。
攻撃に失敗したヤツ。
敵と戦って死んだ方がマシなのだ。
戦人に共通する感覚だ。
火薬の取り扱い説明を受け、出撃した。
しかし、初めての物を扱うので皆、もたついている。
港の防衛をしている兵士たちが同じようにマスケットを撃ってくる。
何人かがやられた。
しかし、装填する時間がある。
「よし、突撃ーッ!」
その隙に部隊長は叫んだ。
自ら火薬を持って、突撃する。
怯まない者を相手にするのは最も恐怖を感じる。
メルク兵は焦って装填に時間がかかった。
その間に距離が詰められる。
「イカン、抜剣!」
メルクの兵士長が叫んだ。
接近戦になると、マスケットは役に立たない。
兵士たちはマスケットを捨て、剣を抜く。
銃の取り回しに邪魔になるため、鎧が軽装である。
剣での戦いでは不利だった。
何人かが戦列を突破した。
港では慌ててメルク兵が駆けつけてくる。
ウィルヘルム兵の何人かが爆弾に火をつけて投げた。
どごおおん
爆音がしてメルク兵が吹っ飛ぶ。
もうもうとした煙が視界を遮った。
ウィルヘルム兵は煙に紛れて奥へと進んでいく。
だが、ちりぢりになった。
火薬を使ってしまった兵士は各個撃破されて死んだ。
火薬を持っている兵士も、重要施設に火薬を使わないといけないため、おいそれと使えない。
そのまま抱え死ぬ者が続出した。
部隊長は生き残っていたが、既に死期を悟っていた。
もはや火薬を爆発させて一人でも多くのメルク兵を道連れにするしかない。
「うぉおりゃあぁっ!」
部隊長は叫び、火薬に火を付けて走った。
メルク兵の方へ突っ込んで行く。
どごぉおおぉん
爆発がして、5人が吹っ飛んだ。
*
爆死した者の手足や身体の一部がちぎれている。
壮絶な場面である。
ウィルヘルム兵が爆弾を持ってメチャクチャに暴れたせいで、港の一部が壊されていた。
設備が壊れたものの、荷下ろしには支障はない。
それよりも、自爆を厭わず突撃してくるという事実が、メルク兵に臆病風を吹かせてしまっていた。
誰しも死を恐れず突っ込んでくる敵は怖い。
「まさか自爆までしてくるとは…」
アナセン伯がつぶやくように言った。
「やはり火薬を使ってきましたね」
アナスタシアはコメカミを押さえている。
「これから防衛が厳しくなりますね」
「……」
アブサンはずっと黙っている。
「あんなもの使われたら、剣とか槍とか要らなくなるんじゃないかのう…」
というのが感想だった。
実際、現在では銃や爆弾が発達して銃剣やナイフ以外は使われなくなった訳だから、その感想は正しいといえる。
「あちらも火薬を無限に使えるという訳じゃないでしょう」
ダン族の貴族が言った。
「そうですね」
アナスタシアはうなずく。
「ということは、我々の火薬、弾丸も無限ではないということですかな?」
別の貴族が疑問を口にする。
「それについては、今の所、フロストランドより豊富に供給されてます」
アナスタシアは皆を安心させるように言った。
これまで溜めてきた金を湯水のように使っている。
この戦争より、戦後の処理の方が大変だろう、そんな予想をしている。
……だが、まずはこの戦いに集中しなければ。
アナスタシアは気を引き締めた。
「ウィルヘルムはマスケットの装填の隙を突いてくるでしょう。
なので、マスケット兵の数を増やして対応します」
「ふむ、二つ以上の部隊が時間差をつけて装填するということですな」
アナセン伯がアナスタシアの意図を悟って説明した。
「はい、それぞれの隊が弱点をカバーすれば幾分かマシになるでしょう」
「なるほど」
ダン族のメンバーたちはうなずいた。
「それと、もう一つ、装備を追加します」
アナスタシアは言った。
「金も追加でかかりますがね」
アナセン伯は鼻を鳴らした。
あまり歓迎していない様子だが、状況が状況だけに反対できないのだった。
「此度の戦では、人も金も大量に失われるでしょうが、それだけに必ず勝利しなければなりません」
「うむ、おっしゃる通りですな」
「おお、必ずや」
「アナスタシア様の御意向のままに」
ダン族の貴族たちは、一斉に言った。
*
メルク兵は増強された。
マスケットが追加され、二段撃ちで対応した。
一隊が撃ち、一隊が装填する。
それを交互に行えば隙は少なくなる。
ウィルヘルム兵は撃破され続けた。
しかし、人は戦い続ければ疲労が溜まってくる。
ウィルヘルムも短期決着が出来なければ負けるのが分っている。
人的資源の大量消費を厭わず、押し続けた。
まるで人の心を失ったかのような所業である。
殺しても殺しても怯まず前進してくる相手に、メルク兵は再び怖じ気づいてしまった。
「うわぁっ!?」
「もう前に出てくるなーッ!」
メルク兵はパニックを起こしかけていた。
「もう一息だッ!」
「皆、我が王国のために死ねぃッ!」
「全軍、突撃ーっ!!」
剣を振りかざし、ウィルヘルム兵は突撃した。
どれだけの人数が死のうとも、前に進むのを諦めない。
ジワジワとメルク兵を圧倒していった。
乱戦、混戦である。
メルク側もただ押されっぱなしではなかった。
混乱した中でも、肝の据わった者が少なからずいる。
多大なストレスと混乱した状況の中でこそ、兵の真価が問われる。
「うろたえるなーッ!」
「退くなッ!」
「許可なく退くんじゃないッ!」
一部の兵士たちは味方へマスケットを向けた。
そして、逃げてきた者たちを撃った。
ばあぁぁん!
「ぎゃあああっ!」
メルク兵がメルク兵を撃つ。
地獄の様相である。
が、この極限の下、大部分のメルク兵は味方に撃たれて死ぬより、敵に斬られて死ぬことを選んだ。
「着剣ーッ!」
「着剣ーッ!」
メルク兵が叫ぶと、配られた部品をマスケットに装着する。
バヨネット、銃剣である。
マスケットがたちまち槍に早変わりした。
「全軍、構えーッ!!」
「刺せーッッ!」
「ワーッ」
雄叫びを上げて、メルク兵が列を作って突撃を始めた。
銃剣を構えたまま、全速力でウィルヘルム兵に突っ込んでいく。
「ぎゃあああっ!?」
「うわーっ!」
ウィルヘルム兵が串刺しにされてバタバタと倒れる。
「火薬を使えーッ!」
どおおぉん!
「ぐわーっ!!」
「ぎゃーッ!」
双方、深手である。
*
港の戦いが激化しているのと同時に、城門でもいつもの連中が激突していた。
グリフィスとニールセンである。
こちらは双方とも古い様式の装備であったが、グリフィス家は不退転の気構えで攻撃してきていた。
港は港で戦うが、平行して城門を攻めていた。
あわよくば門を打ち破って城内へ侵入するつもりである。
それに、二方向から攻めればメルク兵を分散できる。
ウィルヘルムがメルクより勝っているのは、人数である。
メルクは城門を閉じて籠城している。
徴兵できる住民に限りがあるが、ウィルヘルムはその気になればいくらでも兵を揃えられる。
すべては短期決着のために。
ウィルヘルムは暴挙とも言うべき物量作戦を敢行していた。
メルク兵は遠距離では射撃、近距離では銃剣突撃でウィルヘルムに対抗した。
ウィルヘルムの火薬は既に底を尽き、新たに入荷するまでは旧式装備でゴリ押しである。
どちらも既に死地を踏み越えて、意地や持久力だけの問題になっている。
死体の数だけが増えてゆく。
メルクの方がやや死者数が少ない。
遠距離の時点で敵を狙い撃ちできるからだった。
*
フロストランドの船がひっきりなしにメルクの港へやってきて、物資を運んでくる。
新型のスクリュー船がどんどん建造されており、輸送に投入されている。
フロストランド側としては新型船のテストができ、また金が稼げるので一石二鳥なのだ。
その金でまた船を作り、物資を生産する。
右肩上がりの急成長である。
他人の戦で大もうけ、という点が雪姫様が気に入らない点であるが。
*
ウィルヘルム。
「「ますけっと」とやらを取ってきたぞ」
レナルドは天幕の中で、赤毛の男に言った。
「それは僥倖でございますな」
アイザックは表情一つ変えない。
皮肉と取れなくもない。
「銃というそうですね」
「うむ、火薬の爆発力を利用して金属の弾を発射するようだな」
レナルドはうなずく。
「面白いものを作りますね」
アイザックは微かに笑ったようだ。
「何を感心している、これのせいで我が軍の兵がどれだけ死んだと思っている?」
レナルドは少しイラついているようだった。
「それをこちらで作れば如何です?」
「……」
アイザックが言うと、レナルドはちょっと黙り込んだ。
「ふむ、悪くない考えだが、間に合うのか?」
「既に鍛冶屋組合に話しを通していおりますゆえ、実物を持ち込めば試作品ができあがるでしょう」
「分った、すぐに「ますけっと」を届けさせよう」
レナルドはまたうなずく。
無駄に兵を殺し続けた代わりに、戦場からマスケットをくすねてきたのだった。
突貫で、ウィルヘルムの鍛冶屋組合の職人がマスケットを作り始めた。
試作品を何度も作った末に、とりあえず使えそうな物ができた。
その過程で試作品が暴発して何人もケガ人を出している。
関係者の間では、悪魔の武器と称されていたりする。
ウィルヘルム製マスケットは速攻で実戦投入された。
突貫で作らせたせいで、フロストランド製に比べ単純化・簡素化されており、引き金がない。
鉄筒に台木と握りを付けただけの代物だ。
複雑な機構はなく、火ばさみを留め金で止めておいて、火縄を挟んでから留め金を外すだけの簡単な仕組みである。
人差し指が留め金に届くようになっている。
火薬は急いで取り寄せ、弾丸も突貫で作らせていた。
短時間で作らせたせいで構えた時に発射の反動を押さえ込むのが難しく、筋力で押さえ込むよう強要される。
とにかく命中精度が低い。
なので、数を並べて一斉射撃をすることになった。
またマスケットの登場で、ウィルヘルム兵の装備から鎧が消えた。
弾丸が鎧を貫通する上に、動きが制限されるので銃を撃つのに邪魔だったからだ。
メルク兵と同じような軽装に変化した。
兵士たちが皆、一斉に駆けて行って一斉に構えて撃つ。
集団戦法を採用する。
バヨネットも真似していた。
これも単純化・簡素化されていて、先の尖った大型の針といった代物だ。
脱着はできず、最初から装着されている。
これを選抜された兵に持たせた。
戦法を同等にまで引き上げたら、後は人海戦術の世界である。
メルクの弱点をダイレクトに突くつもりだ。
量産化、物量作戦である。
*
「オレはもう古いんだな…」
アブサンはつぶやいた。
会議が終わって、皆、帰路につくところである。
その途中でアブサンが話しかけてきた。
「マスケットのことか」
アナセンが言った。
「マスケットについてゆけん。
だから、オレはここで死んでも構わんと思っている」
「……すまぬ、おぬしにだけ戦わせてばかりで」
アナセンは言った。
「いいのだ。
オレはできることをやる。
結局、お前のように時代について行くことができなんだ」
「おぬしが私のことを嫌っているのは知っている」
「今でも嫌いだ。
だが、オレでは皆を率いることはできん」
「……」
アナセンは無言。
「オーロフよ」
アブサンは言った。
オーロフはアナセンの名前だ。
「なんだ?」
「オレは今、オレの人生の中で一番の時を過ごしている。
戦いで死ねば本望だ」
アブサンの主観が現実と一致する瞬間が、まさにここにある。
有り体に言うと「名誉の戦死」だ。
「うむ、おぬしはそういうヤツだったな、昔から」
アナセンは、うなずいた。
「私は少し羨ましいぞ」
「ふん、お世辞など要らぬ」
「世辞なものか、自分のやりたいことをして死ぬ。
私には許されぬ事よ」
「一矢報いたか?」
「おうよ」
アブサン・ニールセンとオーロフ・アナセンは互いに笑い合った。
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