都での評判
―――
「良かったのですか?信長様。」
「何がだ。」
「せっかく義昭様から副将軍にと勧められたのに断ってしまって……」
「ふん。副将軍などという役職に就いてしまったら自由に動けんではないか。それに俺は別に偉くなるつもりはない。断ったところで何の問題もないさ。」
そう言って見下ろしてくる信長に蘭は首を傾げた。
(偉くなるつもりはない?じゃあ何で天下統一を目指してんだろう……)
「そんな事を気にするより京都観光がしたかったのだろう?今回は長く留まるつもりだから存分に都巡りが出来るぞ。」
信長が顎をしゃくってみせる。蘭は信長の顔から前方に目を移すと、ため息をついた。
義昭は京都に着くと本圀寺を仮御所とし、織田・浅井両軍もそこに身を寄せた。
そして数日後、朝廷から将軍宣下を受けて第14代将軍になったのだが、義昭は突然信長を副将軍にと言い出したのだ。しかし色めき立った織田家の家臣を他所に、信長は何故かその申し出を頑なに許否した。
結局信長は足利家の桐紋と尾張・美濃を制圧した事を認めさせただけで何も特別な事はしないまま、本圀寺を後にしたのだった。
不満そうにしている家臣の中蘭も同じ気持ちでいたのだが、先程の信長の言葉でますますわからなくなってしまったという訳だった。
そして不満なのはそれだけではなく――
「織田信長という名だそうだ。何でも尾張と美濃の大名だとか。」
「聞いた事のない名前だな。有名な人物なのかい?」
「いやいや、誰も知らんかった。わしはたまたまあの寺の和尚と知り合いだからどういう奴かは大体聞いたが、今のところ知っとるという人はおらんな。」
「へぇ~……大した者じゃないな、そりゃ。」
「それがそうでもないのさ。あの今川義元を破ったのがどうやらその織田信長らしい。」
「まさか!本当かい?」
「あぁ。あの和尚が言うのだから間違いないさ。」
「はぁ~……人は見かけによらんねぇ~」
「あんな事言われてますよ……」
「言いたい奴には言わせとけ。どうせその内嫌という程、俺の名を見聞きするようになるさ。」
陰口を叩かれてもどこ吹く風の信長に、蘭は他人事ながら悔しい思いで唇を噛んだ。
ここは京都の街中である。本圀寺から光秀が住んでいる長屋に移る途中、観光がてら歓楽街を歩いてみたのだが、さっきみたいな会話がひそひそ交わされているのが聞こえてしまって余り楽しめないでいた。
ため息しか出てこない蘭とは裏腹に、何を言われても堂々と歩いている信長を見て改めて凄い人だと思う蘭だった。
「それにしても気になる事があるんですよね。」
蘭はふとそう言うと立ち止まった。
「何だ?」
「義昭様って第14代将軍になったんですよね?」
「あぁ。それがどうした?」
「テキストには第15代将軍って書いてあるんですよ。これってやっぱり歴史の流れが変わったからなんですかね?よく見てみたら美濃の斎藤をやっつけた稲葉山城の戦いも3年早かった。それに足利義昭が将軍になるのはもう少し後です。」
「ふ~ん。それで?」
「それでって……気にならないんですか?」
「気にはならん。お前の持っているテキストとやらに書かれている事は所詮お前のいた世界の出来事であろう?」
「でででも!蝶子のおやっさんはこっちの世界の歴史と大差ないって言ってました。信長様だって俺が歴史の結末を知ってるからこそ、ここに置いてくれているんでしょう?」
蘭がしがみついてきそうな勢いで向かってくるので信長は苦笑しながら言った。
「まぁ、そうだな。こうしてお前を連れ歩いているのも、お前の知識とテキストの内容が俺にとって必要だからだ。だがそれはそのテキストに書かれている通りの道を進むという訳ではない。わかるか?」
「え……っと……」
蘭が言い淀むと信長は『はぁ~』と短くため息をついた。
「俺は俺の決めた道を行くという事だ。そのせいで歴史が狂おうが関係ない。お前にとっては知っている出来事であっても、俺達にとっちゃ明日の事も百年先の事も同等。義昭が14代だろうが15代だろうが、俺の天下統一に大した影響はない。」
「そっか……そうですよね。俺、何かテキストに拘り過ぎてたみたいです。これからは参考程度に読む事にします。」
「あぁ。」
蘭が笑顔を見せると信長も頬を緩めた。そして再び歩き始める。
「…………」
しかし信長の一歩後ろを歩きながら蘭の表情は徐々に曇っていった。
(本当に影響ないのだろうか……?全ての出来事が前倒しになっているという事は本能寺の変も早くなるかも知れない可能性は十分にある。今のところ光秀さんに謀反の動きや怪しい交友関係とかなさそうだから、このまま何事もなく過ぎていって欲しいけど。)
「おい!蘭丸!何をしている。置いていくぞ!」
「は、はーい!今行きます!」
だいぶ遠くまで行ってしまった信長が苛立った声で呼ぶ。蘭は慌てて追いかけていった。
(今そういう事考えるのは止めよう。とりあえず観光だ!)
京都にいる間何処に行きたいか、頭の中を回転させる蘭だった。
.
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます