いざ、京へ
―――
永禄8年(1565年)9月、足利義昭から正式に上洛に関して要請がきた。
信長はすぐに返事を出し、上洛については積極的ではあるが、まずは一度会見したいという旨を伝えた。
そして蘭含め側近全員を大広間に集めた。
「それで、義昭様は何と?」
話を聞いた光秀がそう尋ねると、信長は腕を組みながら言った。
「今すぐにとは言えないが近い内に必ず場所と機会を設けるそうだ。」
「近い内、ですか。」
「あぁ。何しろ三好らの監視がついているそうだからな。下手に動けんのだろう。しかし今俺と手を結べば、三好なんぞ返り討ちにしてやれる。そして無事に上洛して義昭を将軍にすれば、織田信長の名は全国に広まるという訳だ。」
(さすが織田信長……凄い自信だ…)
ふんぞり返る信長を見ながら、蘭は心の中で感嘆のため息をついた。
「しかし義昭様を保護している朝倉殿は何故上洛に協力しないのでしょうか?聞いた話だと、そもそも義昭様を京から逃がした黒幕は朝倉殿だとか。」
「忙しいのだろう。あそこも色々大変な様だからな。加賀の一揆を収めたり、自国の越前内部でも揉め事があるようだ。」
可成の疑問に難無く答える信長だった。
「はぁ~……情報網ハンパねぇな。しかもちゃんと合ってるし。」
蘭が隠し持っていたテキストの朝倉義景のページをチラ見しながら言うと、横にいた蝶子も頷いた。
「そうね。嘘ばっかりのネットとは大違い。やっぱり人から人にしっかり伝わる事が出来る時代の情報って正確だし安心出来るわ。」
「母上。ネットって何ですか?」
「ネットっていうのはね……」
「おい!煩いぞ、帰蝶。奇妙丸!」
「ご、ごめんなさい……」
「そんな大きな声出さなくてもいいでしょ、もう!」
「蝶子、落ち着け。皆が見てるぞ……」
「あ……失礼しました。どうぞ続けて下さい……」
全員の戸惑ったような視線に気づいた蝶子は、顔を真っ赤にして頭を下げる。奇妙丸も慌てて同じように頭を下げた。
この場に蝶子と奇妙丸が同席しているのは信長の命令だった。まだ元服前の奇妙丸だが早く強くなりたいという意志を聞いた信長が、こうした場に今から慣れるようにと呼んだのだった。
初めはまだ9歳の子どもがいる前で軍事の話をする事に難色を示していた光秀達だったが、真剣な顔つきの奇妙丸を見て遊び半分でいる訳ではない事を感じ取り、奇妙丸にもわかるように気をつけながら議論を始めたのだった。
「まぁ、正月前には返事がくるだろう。あぁ、そうだ。勝家。」
「はい。」
「明日から越前に行って朝倉の動向を探れ。」
「越前、ですか?」
「本当に義景に上洛する気がないのかどうか、を調べて欲しい。上洛に協力しないというのは実は真っ赤な嘘だという可能性もなくはないからな。」
「わかりました。では早速支度をします。」
「それとサルには義昭の方を任せる。御所の近くには三好の監視役がいるはずだ。その監視役を……」
「見張ればいいのですね?」
「あぁ。二人共頼むぞ。」
「「はっ!」」
勝家と秀吉が揃って頭を下げる。それを見た信長は力強く頷いた。
「光秀は一足先に京都へ帰れ。」
「……え?」
「必ず追いかける。だから向こうで俺達を迎える準備をしろ。出来るな?」
急に帰れと言われて驚いた光秀だったが、その後の言葉に表情を和らげた。
「任せて下さい。前にいた時に方々に人脈を張り巡らせておりましたから。」
「そうか。」
「信長様。私を京に行かせたのは、こういう時の為だったのですね?」
光秀が遠慮がちに言うと、信長は一瞬眉を潜めたがすぐに元の顔に戻ると言った。
「そうだ。それ以外の何物でもない。」
「……そうですか。それでは私も支度をして明日には出発します。可成殿、蘭丸君。留守を頼みます。」
「わかりました。お三人共、お気をつけて行ってらっしゃい。」
「信長様の事は俺に任せて下さい!」
「おい、蘭丸!お前ごときが何を言ってる。」
「す、すみません。調子に乗りました……」
信長に一喝されて、蘭はしゅんとなる。それを見た全員が苦笑した。
「奇妙丸は最近稽古を始めたと言っていたな。」
「はい。」
信長の言葉に奇妙丸は背筋を伸ばして返事をした。
「この際だから可成に稽古をつけてもらえ。」
「え?」
「こう見えてこいつは厳しいぞ。しかし絶対に強くなれる。……早く強くなって帰蝶を守りたいのだろう?」
思いがけず優しい瞳で見つめられ、奇妙丸は何処かくすぐったい気分になった。
「はい!可成さん。よろしくお願いします!」
奇妙丸は勢いよく立ち上がると可成に向かって頭を下げた。可成は微笑むと言った。
「覚悟して下さいね。ビシバシいきますから。」
「えっ……と、お手柔らかにお願いします……」
さっきの勢いは何処へやら状態の奇妙丸に、今度は明るい笑い声が大広間に響いたのだった。
―――
勝家、秀吉、光秀がそれぞれ目的の場所に向かって出発してから二ヶ月程が経った頃、越前の義昭から返事がきた。
「これでやっと義昭に会う事が出来る。勝家の話だと朝倉はどうやら動かん様だ。つまり今義昭を救えるのは俺だけだという事だな。」
蘭の部屋で寛ぎながら信長は言った。
「そうですね。何処で会うんですか?」
「
「立政寺……」
「お前も連れて行くから準備をしておけよ。」
「はい。わかってます。……ところでどんな人物なんでしょう?足利義昭という人は。まさか能力者じゃないですよね?」
「大丈夫だ。サルの報告では能力者だという可能性はないそうだ。しかし将軍家の出身だからな。頭が固い、面倒くさい奴でなければいいが。」
信長は鼻で笑うと、おもむろに立ち上がる。そして障子から垣間見える夕日を見つめながらこう宣言した。
「三日後の朝、立政寺に向かって出発する。頼むぞ、蘭丸。」
―――
立政寺
「お初にお目にかかります。織田信長と申します。」
「森、蘭丸です……よろしくお願いします。」
「お噂は聞いていますよ。天下に最も近い男と言われた今川義元を討ち取った、凄腕だとか。それと美濃の斎藤をも滅亡に至らしめた。大したものです。」
「いいえ。私などまだまだです。しかし私の為すべき事は天下の安寧。そして義昭様が無事に将軍職に就けるよう貢献する事です。こちらは既に準備は整っておりますので、是非とも上洛については私にお任せ下さい。」
信長はそう言うと恭しく頭を下げた。蘭も慌てて倣う。
「……わかりました。」
「!それでは……」
「年が明け、この雪が溶けたら上洛します。もちろん、貴方を伴って。」
「あ、ありがとうございます!」
一瞬ポカンとした顔をした信長は、ハッと我に返ると再び頭を下げた。
「君は……蘭丸君といいましたね。」
「は、はい!」
突然振られて蘭は飛び上がりながら返事をした。
「君も同行するのですよね?よろしくお願いしますね。」
「こ、こちらこそよろしくお願いします!」
「元気でなりよりです。さて、話が纏まったので私はこれで。」
「義昭様。」
「何ですか?」
立ち上がろうとした義昭は信長の声に振り向いた。
「岐阜城下に御所を用意しております。宜しかったらそこへお住み下さい。上洛まで手厚くおもてなしさせて頂きます。」
信長の思いがけない申し出にしばらく考え込んでいた義昭は、座り直すと頷いた。
「わかりました。お言葉に甘えてお世話になります。」
義昭はそう言って笑顔を見せる。信長は密かに胸を撫で下ろした。
「それでは一旦越前に戻って引っ越しの支度をします。万事整ったら使いを出しますので迎えをお願いします。」
「はい。承知致しました。」
「上洛の件、受けて頂いてありがとうございました。必ず私を将軍にして下さい。」
「……必ず実現してみせます。任せて下さい。」
信長の力強い言葉に義昭はもう一度深く頷くと、今度こそ立ち上がって部屋を出ていった。
「はぁ~……緊張した…」
「これでよし、と。行くぞ蘭丸。」
「あ、はい。」
信長に急かされて蘭は慌てて寺から出た。
「ついに京都に行けるんですね。」
「あぁ。」
蘭の問いかけに短く答えた信長は、表情の読めない顔で遠くの空を見つめていた。蘭はそんな信長の様子に首を傾げながらも、二度目の京都行きに胸を高鳴らせた。
永禄9年(1566年)3月、織田信長は北近江の浅井長政と共に足利義昭を奉じて上洛した。
途中三好や六角義賢の軍が邪魔をしたが秀吉の援軍のお陰でそれを難無く交わし、一月半程かけて入京。
そして義昭を第14代将軍にする事に成功した。
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