秘密の任務
―――
尾張、清洲城
川中島での合戦から数日後の清洲城の大広間には信長、蘭、蝶子が揃っていた。
そして信長の許に川中島で戦が勃発した事と、結局勝敗はつかなかった事が徳川家康によってもたらされた。
「信長包囲網、ね。あの坊主もやっかいな事を考えるものだ。」
信長は面倒くさそうに欠伸をした。隣に座っていた蘭は目の前にいる家康に向かって前のめりになりながら言った。
「そんなに詳しく知っているって事は家康さん、もしかして『予知』の力を使って……?」
「えぇ。実は相模国の北条氏政から使者が来まして。『上杉が攻めてくるらしいから助けてくれ。』と頼まれたのです。」
「北条氏政……」
蘭はそう言って目を閉じた。
(北条氏政は余り詳しくないけど、確か小田原城の城主だったよな。)
「上杉と武田が仲が悪い事は周知の事実ですし、北条も領国を巡って上杉と再三に渡って戦ってきました。しかし今回は上杉がいつにない大軍を引き連れてくるらしいと何処かから情報が入ったそうで、それに慌てた氏政は私の方に援軍を求めてきた、という訳なのです。」
「なるほど。氏政は当主になってまだ数年の小童だからな。誰でもいいから頼りたいという気持ちはわからんでもない。」
「ちょっと!その言い方は失礼じゃない?家康さん、気分悪くするわよ。」
「いえ、大丈夫ですよ。帰蝶様。ありがとうございます。」
家康は穏やかに微笑んだ。蝶子は『ならいいけど……』と呟いた。
「北条の切実な事情は十分わかりましたが私ごときが助けたところで状況が変わるとも思えなかったので、密かに武田軍を尾行して塩崎城の近くに潜んでおりました。そこで毎日信玄を観察しました。」
「えっ!?毎日ですか?」
蘭が大声を上げると家康は頷いた。
「私の力は三日後の未来しか見えないので、いつ戦況が変わるのかわからない以上毎日力を使うしかなかったのですよ。」
「それで体調とかは大丈夫なんですか?」
「私の場合、そう体力は使いませんので心配いりません。」
「そうなんですね……良かった。」
「それで話を戻しますが、信玄を毎日見張っていると海津城に移る場面、そして移ってから例の『キツツキ戦法』でもって上杉を出し抜こうとしているのが見えました。急いで上杉の本陣に行くと今度は謙信の動きの全てと二人の一騎討ちの一部始終が見えました。つまり両軍の決着はつかない、そして小田原城攻めは見送る事になるとわかった訳です。私は三河に戻ると早速北条へ『上杉は攻めてこない』という事を伝えました。」
「それで次は俺に結果を伝えに来てくれた訳だ。ご苦労だったな。」
「いえいえ。信長様のお役に立てるならどんな事でもすると決めているので。そう仰って下さるだけで嬉しいです。」
家康はそう言うと、慇懃に頭を下げる。それを見た蝶子は隣の蘭の脇腹を肘でつつくと小声で言った。
「聞いた?今の。あんたも家康さんを見習ったら?」
「うるせぇな。俺だって頑張ってるっつぅの。」
蘭は口を尖らせながら蝶子から目を逸らした。
(蝶子には家康の能力の事は話したし、家康の方もそれを了承してくれて、こうして会ってお互い打ち解けたみたいだから何よりだけど……何だろう?何かモヤモヤする……)
訳のわからない気持ちに若干パニクっている蘭を、信長が複雑そうな顔で見ていた。それに気づいた家康は首を傾げながらもそっと立ち上がる。
「それでは私はこれで失礼します。」
「待て。まだ話は終わっていない。」
「え?」
信長の言葉に、今にも部屋を出て行こうとしていた家康は座り直した。
「信玄が気になる事を言っていたのを思い出したのだ。美濃の事を『どうせあそこは既に武田の手中に収まっている。』と言った。これはどのような意味だと思う?」
「どのようなって……つまり『念力』の力で既に操られているという事では?」
「やはりそう思うか。という事は美濃の斎藤を攻略するのは簡単にはいかないという事になるな。」
「そうですね。如何致しましょう?強引に攻めますか?」
「そうだな……しかし今はまだ尾張内部の問題が山積みだからな。兵も足りない。あちらから動きがない今の内に準備をしておいた方がいいと思っているのだが、三河の方はどうなっている?」
「こちらも全体の統一が完全ではないですが、着実に勢力を広げています。しかし要請があればいつでも動けるよう、今すぐにも体制を整えますので安心して下さい。」
「わかった、わかった。頼もしいな。なぁ?蘭丸。」
家康の剣幕に苦笑しながら、信長は蘭を見た。蝶子と同じような意地悪な笑みで見てくる信長に、蘭はついに本格的にいじけた。
「何ですか、皆して俺をバカにして……俺だって一生懸命やってるっつぅのーー!!」
「まぁまぁ、落ち着いて。誰も別に蘭がどうのこうのなんて言ってないでしょ。」
「顔に書いてあったもん。『お前は役立たずだ』って。」
「書いてない、書いてない。完全に被害妄想ね。」
「ふんっ!」
そっぽを向いてすっかりへそを曲げてしまった蘭とそれを宥める蝶子を交互に見た家康は思わず吹き出した。
「仲が宜しいのですね。」
「まぁな。こいつらはいつもこうだ。まったく賑やかしくて敵わん。」
信長はそう言うと、おもむろに立ち上がった。
「信長様?」
「もう話はおしまいだ。家康、お前は今日はここに泊まっていけばよい。
「わ、わかりました。」
家康が戸惑いながら返事をすると信長は小さく頷いた。
「俺はこれから用事がある。お前達も部屋に戻れ。……サル。」
「はい、信長様。」
秀吉が現れた。話には聞いていたが実際に見たのは初めてだった家康はほんの少し驚いた顔をした。
「家康を可成のところに案内しろ。ついでにこいつらを部屋に連れていけ。煩くて仕方がない。」
「承知しました。」
「うるさいって失礼ね。」
「あーあ……俺しばらく立ち直れないや……」
「ほら、行くぞ。徳川殿はこちらです。」
「はい。それでは信長様。お世話になります。」
「あぁ、ゆっくりしていけ。サルは戻ってこい。話があるからな。」
「はい。」
まだ何やら揉めている蘭と蝶子を無理矢理廊下に出した秀吉は一瞬振り返ると信長を見た。そして軽く頷くと三人を連れて出ていった。
―――
しばらくして大広間で待つ信長のところに秀吉が戻ってきた。
「信長様。お話とは?」
「うむ。お前には美濃に行って欲しい。」
「美濃、ですか。」
「斎藤義龍の息子は確か元服前のはずだ。今当主を失えばまだ子どものそいつが跡を継ぐ事になる。流石に信玄も初陣も済ましていない者に力を使ってはいまい。義龍がいなくなればどうにかする隙が生まれるはずだ。……意味はわかるな?」
「……はい。私が手を下せばいいのですね?」
「頼む。」
「承知致しました。直ぐ様仕度をして美濃に向かいます。」
秀吉はそう言うと頭を下げた。それを見下ろした信長の顔は恐ろしい程、無表情だった。
―――
永禄3年(1560年)、美濃の斎藤義龍が急死した。突然の病だという事だが余りにも急だった為に、何処かの刺客によって暗殺されたのではないかという噂が流れた。
義龍は30代半ばで、嫡男である
その隙を突いて織田軍が美濃に侵攻。尾張と美濃の戦いは本格化した。
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