同盟の理由
―――
更に半年程が経って、蘭と蝶子がここに来て3年が過ぎた。
「あーあ、光秀さんも結婚して城から出て行っちゃったし、ねねちゃんは全然遊びに来ないし。私にはきーちゃん、あなただけよ。」
「っておい!俺もいるんだけど!」
「あら、あんた暇なの?最近ずっといるけど。」
「それ酷くね……?」
「蘭丸のアホー!」
「おい、奇妙丸!調子に乗ってると痛い目見るぞ!」
「母上~蘭丸が意地悪してきて恐いよー」
「まったく……子ども相手に本気にならないでよ、もう。大人げない。」
「俺っていったい……」
奇妙丸が泣き真似をしながら蝶子に抱きつくと、蝶子も冷たい目で睨んでくる。蘭は力なく肩を落とした。
「っていうか、大丈夫なの?毎日こんな所に来てて。信長の側近になったんでしょ?お世話しなくていいの?」
「それがさ、最近忙しいみたいで全然城にいないんだよ。何処か行くなら俺も行きたいって言ってるんだけど、いつも俺を置いて行くんだもんな。」
「信頼してないんじゃないの?あんたの事。」
「うっ……!痛いとこ突くなよ。自分でもちょっとそうなのかな~って思ってんだから……」
蘭が胸を押さえてますます小さくなると蝶子は『あはは!』と笑って蘭の方に近づいてきた。
「まぁ、信長にも色々と事情があるのよ。尾張統一もまだ完全には出来てないみたいだし、他の国との掛け合いもあるし。蘭がいちゃ足手まといになる仕事の方が多いから、声がかからないだけよ。きっと。」
「さっきより酷いぞ、おい……まぁ、でもそうだよな。信長の命を助ける為にここにいる訳だけど俺なんか何もわからないもんな。このテキストだって簡単なやつだし、頭もそんなに良くないから光秀さんや勝家さんみたいに交渉とか出来ないし強くないから父上みたいに戦で活躍出来ないし。」
「そんなに自分を卑下しない。蘭は蘭なりに役に立ってるよ、きっと。」
「サンキュー、慰めてくれて……」
「帰蝶様。秀吉でございます。開けてもよろしいですか?」
蘭がついに畳に崩れ落ちたところで廊下から声が聞こえた。蝶子が返事をすると音もなく襖が開いて、秀吉が顔を覗かせた。
「秀吉さん!珍しいですね。どうしたんですか?」
「蘭丸がこちらに……何をしてるんだ?昼間からだらしない奴だな。」
「ひ、秀吉さん……これはあの違うんですよ!サボってる訳ではなくてですね……」
秀吉からも冷たい目で見下ろされ、蘭はあたふたしながら起き上がった。
「まぁよい。信長様がお呼びだ。早く大広間に行くように。」
「信長様が!?はい、今すぐ行きます!蝶子、奇妙丸。じゃあな!」
「はい、行ってらっしゃ~い。」
蝶子と奇妙丸が揃って手を振ると、蘭は既に廊下を走っていた。
「奇妙丸。蘭丸お兄ちゃんは明日からしばらく来れないみたいだから、お母さんと二人で遊びましょうね。」
「……はーい。」
蝶子の言葉にどこか不満そうに返事をする奇妙丸を見て、苦笑する蝶子だった。
―――
「単刀直入に言おう。明後日、武田の邸に向かう。同行しろ。」
「え……武田信玄の所に、ですか?」
「ああ。しかし戦をしに行く訳ではない。話をしに行くのだ。」
「話……」
信長の言葉を受けて顎に手を当てる蘭を、信長は面白そうな顔で見ながらそっと扇子を取り出した。
(確か織田と武田は一度同盟を結ぶはずだ。やっぱりこの世界でもそうなる運命なんだな。)
「お前はいつになったら成長するのだ?心の声が洩れているぞ。」
その時パチンッと小気味良い音が部屋に響き、蘭は慌てて顔を上げた。
「まさか、今……」
「隙があり過ぎる。久しぶりに力を使うから鈍っていないか心配だったが、無用だったようだな。これで明後日の交渉の時に使える。気乗りはせんが同盟の為なら仕方あるまい。」
信長は『ふぅ~……』と息を吐くと言った。
「浮野での戦の後、伊勢守家の岩倉城を陥落して完全に滅ぼした。これで尾張の統一はついに達成されたという事だ。つまり織田信長は尾張の領主と相成った訳だな。」
「そうですか、ついに……」
「喜んでいる場合ではないぞ。尾張統一は天下統一の為の第一歩に過ぎん。まだまだやるべき事は山積みだ。」
「それが武田との同盟?」
「そうだ。桶狭間で今川義元を破ったお陰で他の部将から狙われるようになったがこれまで目立った動きはなかった。だがここ最近不穏な動きがあちらこちらで起きていてな。特に美濃の斎藤義龍だ。あいつとは道三亡き後緊張状態が続いていたが、ついにこちらに向けて兵を送り込んでくる様なのだ。そうなっては面倒だから斎藤よりも大きな勢力、つまり武田と同盟すれば位置的に挟み撃ちにする事が出来るという訳だ。」
「はぁ~なるほど……」
信長の演説に蘭は関心しながら頷いた。
(織田と武田の同盟の理由はそういう事だったんだな。すげー!)
「そういう訳で蘭丸。お前を連れていくからな。仕度をしておけ。」
「はい!信長様!」
勢い良く返事をすると、信長は苦笑しながら扇子を帯に差したのだった。
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