第4話 愛
「え?」
僕は自分の耳を疑った。
彼女が何を言ったのか理解出来なかったからだ。
そんな情報を咀嚼する間もなく、彼女に押し倒される。
「愛って何なのかな? 家族だったら愛を注いでもらえる? 友達だったらどう? 恋人だったら、夫婦だったら愛される?」
仰向けで、彼女に馬乗りされた様な体勢。
彼女の整った顔がこちらを見ている。
「そんな簡単じゃないよね。そんな簡単だったら求めたりなんかしない。じゃあ、どうすれば愛せる? 愛される? キスをすれば? 抱き締め合えば? もしくはセックスをすれば? 」
彼女はセーラーのリボンを外し、床に放り投げた。
そのままセーラー服も脱ぎ捨て下着に。
僕の顔を挟むように両の手をベッドにつけ、顔を近づける。
「分からないなら試せばいいよね?」
ゆっくりと、ゆっくりと彼女が顔をこちら近づける。
彼女の長い髪の先が頬に当たってくすぐったかった。
彼女から放たれる甘い香りが鼻腔を突き刺す。
顔が熱い。
身体が熱い。
心臓が高鳴るのが分かった。
目を瞑る彼女。
少し湿った唇。
あと数十センチで口づけをしてしまいそうな距離。
愛ってなんだろう。
この行為の先に愛はあるのだろうか?
混乱する頭をフル回転させて考える。
分からない。
正解が出てこない。
だけど、これだけはなんとなく分かる。
僕は両手で彼女を突っぱねた。
「ごめん......でもこれは愛じゃないと思う」
「......」
「愛はこんな無意味な行為の代償に得られるものじゃない──と思う」
「──無意味かどうかはやってみないと分からないよ? それとも愛が何なのかカナタ君には分かるの?」
「個人的な考えだけど──愛は見返りを求めない一方的なものだと思う。お互いに愛し合っていてもその愛は全く同じものじゃない。だから他人の愛なんてきっと──理解できないと思う」
「じゃあ、愛されるためにはどうすればいいの? 一緒に会話して、遊んで、笑って、行く行くは身体を重ねて。それも無意味な行為なの? それなら愛されるっていうのは全部最初から決まっていて、運だけで決まるもの? 」
「そうじゃない、そうじゃないけど......今、その、そういう行為をしたとしても、一時的にはハルカさんを好きになるかも知れないけど、僕はそれを──愛とは呼びたくないかな」
「............難しいね。でも分かった。カナタ君は今そんな気分じゃないんだよね」
彼女は僕から降り、放り投げた服を広い上げる。
「ごめん。ハルカさんの望む答えじゃなかったかもしれない」
「ううん。多分私の方が悪かったと思うから。でも諦めないよ」
セーラーに腕を通し、シワを伸ばした彼女は再度僕に振り返った。
「愛を知りたい──カナタ君に教えてもらうまでは」
彼女の瞳にはまだ熱が残っていた。
「何でハルカさんはそんなに愛を知りたいの?」
「私に残された唯一のものだから。これしかないから。カナタ君は無いの? 自分の胸の中に残っているもの」
「僕は......」
僕の名前はカナタで、年は多分高校生くらいで、他には──何も分からない。
今はここから脱出する事が優先で、脱出した後は──
脱出した後は何だ?
家に帰る?
家の場所も分からないのに。
だけどなんとなく家には帰りたくない。
あれ? 何で家に帰りたくないんだ?
分からない。
けど、家に帰るくらいならここにいた方がいい。
じゃあ、脱出なんてしなくてもいい?
いや、違うここから出たい、僕は僕を縛られたくない。
縛られたくない、自分の意思でここを出たいと思った。
僕は──僕は──
「自由になりたい」
無意識に声が出た。
自分で吐いた言葉。
胸の辺りから全体に染み渡るように伝わる感覚。
一度吐いたその言葉は僕の中で何度も反芻した。
自由になりたい、自由になりたい、自由になりたい。
そうしたら胸にその言葉が住み着いた。
まるで元からそこに合ったように。
一度その存在を確認したら、どうしようもなく身体が熱くなった。
「僕はここを出たい。自由になりたい」
「それが君の願いなんだね」
「これが僕の求めていたもの? 僕は──」
『ねんねんころりよ ──おころりよ』
どこから途もなく聞こえてきたのは聞き覚えのある優しい女性の声。
「また子守唄? 今度はまた別の......」
「そっか、もう時間なんだね」
「時間って......ハルカさんはこれが何か知って......る......の......?」
心地の良い歌声。
急激に襲ってくる睡魔。
呂律が回らない。
『────はいいこだ ねんねしな』
「何なのかは分からないよ。でももう寝る時間みたいだね」
「寝る......時間? 身体......が......」
自分の意思に反して身体に力が入らない。
金縛りのように意識だけが朦朧としている。
「カナタ君の願い──私が手伝ってあげる。だから」
──意識が途切れる瞬間
「私に愛を教えてね」
ハルカさんの声が聞こえたような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます