第93話 傅役

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上野国の引き渡しと岩櫃城の修繕費用を織田家で全額賄う旨の覚書を長尾政景と取り交わした信行は後始末を長尾勢に委ねた。館林城に居た酒井忠次と石川数正が合流するのを待って甲斐経由で駿河に戻った。信行に同道していた柴田勝家と前田利家は駿府城で数日間休息してから東海道で遠江と三河へ向かった。


「京都の於市から手紙が届いておりますよ」


直虎から手紙を受け取り一読すると、北畠具房との間に長女茶々・次女於初に続いて三女於江を授かったと書かれていた。三姉妹は晴具に大層可愛がられており、晴具が誰にも嫁がせんと言うので具房を困らせていると書かれていた。


「内府殿も無茶苦茶だな」


手紙を読み終えた信行も苦笑したが、三姉妹とも両親の良いとこ取りの顔付きをしていると言われており、所用で上洛していた家臣も三姉妹の顔を見て噂は事実だったと直虎に報告していた。


*****


信行と直虎の間には長男千早丸・次男万千代・長女八重の三人の子が居る。千早丸は織田分家の後継者であり、万千代は井伊家の後継者である。千早丸の傅役は家老の木下秀吉が担っており、妻寧々の協力を得ながら頑張っている。


「万千代の傅役を誰にするか」


信行は傅役を誰に任せるかで頭を悩ませていた。駿河の明智光秀と塙直政、遠江の内藤勝介と柴田勝家、三河の明智光安と水野信元など候補が多い。信行は三家老と呼ばれるようになった光秀・秀吉・直政の三人と直虎を交えて話をする事にした。


「万千代の傅役を決めたいが、判断に迷っている」


候補として考えている者の名前を挙げて四人に意見を求めた。秀吉は光秀や直政が適任だと思うと述べたが、二人は信行に同道して不在になる場合が多いので物理的に無理だと断った。


「木下殿が万千代様の傅役を兼ねるのは?」


直政に推された秀吉だったが、。千早丸だけでなく万千代の傅役まで任されたら精神的に保たないと辞退した。秀吉と寧々が苦労している姿を見ている直虎も二人に無理を強いる事になってしまうと反対した。


「早い時期に親元や兄弟から引き離せば兄上と私が置かれた環境になってしまうからな」


信行は幼年の頃に父信秀に連れられて末森城に移ったので土田御前や信長とは離れて暮らした。それが原因で似た者同士の御前と信長は険悪な仲になり、信長と信行は不仲説が広まった。その結果が家督相続後に起きた反信長家臣の粛清に繋がった。


「内藤様にお願いしては?」


光秀は遠江守で引馬城主の内藤勝介を推した。勝介は三河守の明智光安と共に年齢を理由に要職を離れたいと申し出ていた。後任を誰にするかという問題があるものの全ての面に於いて勝介は適任だった。


「良い考えだな。その方向で考えよう」


信行は光秀の案で動く事を決めた。勝介と光安に遣いを出して相談したい事があるので引馬城に集まるように申し送りをして自身も遠江にむかった。


*****


引馬城に集まった三人は早速顔合わせをして話し合いを始めた。信行は二人に隠居を認めると共に万千代の傅役就任を求めた。


「構いませぬが秀吉に要らぬ圧力を掛ける事になりませんか?」


勝介は要職を任されていた二人が揃って万千代の傅役になれば千早丸の傅役を一人で担っている秀吉が負い目を感じる事になると思っており、信行もそれを懸念していると答えた。


「光秀と直政は?」


光安は二人の名前が出ないので不思議に思って質問した。二人は信行と行動を共にするのが常なので駿府を留守にする機会が多いのでと辞退された事を伝えた。


「確かにその通りでしょうが、こういうやり方もあるのでは?」


駿府に常駐する秀吉を主として留守がちな光秀と直政を補佐として三人体制で千早丸の傅役を務めるやり方があり、信長も傅役を付けられた当初は三人体制だったと補足した。


「あっ、そうだった!」


信行は特殊な体制を取った者が身近に居た事を思い出してバツが悪い表情になった。そうしていれば秀吉と寧々に必要以上の負担を掛けずに済んだものをと申し訳無く思った。


「我々の後任を誰にするかですが」


勝介に話を前に進めるよう促された信行は予め考えていた案を二人に提示した。


三河国

 岡崎城 水野信元

 安城城 金森長近

 吉田城 石川数正

 長篠城 前田利家

 蒲形館 山口教継


遠江国

 引馬城 柴田勝家

 二俣城 本多忠真

 掛川城 大久保忠員

 高天神城 酒井忠次

 相良館 山口教吉


駿河国 

 駿府城 織田信行

 田中城 服部正成

 蒲原城 佐久間盛重

 興国寺城 佐久間盛次


金森長近は信長の母衣衆を長年務めていたが、実務能力に優れており戦場より内政の方が力を発揮すると信長からお墨付きを得ており、母衣衆出身の直政も高く評価していた。また本多忠真は甲斐で亡くなった本多忠高の弟で勝家の寄騎として功績を挙げていたが、酒の飲み過ぎで身体を壊したので静養を兼ねて城務めをしていた。岡崎に異動する水野信元と引馬に異動する柴田勝家の後任としては最適の人事であり、話を聞いた勝介と光安も安心して退く事が出来ると喜んでいた。

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