第33話 嫌な役目と思ったが(1562) 修正版

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2024.6.21修正


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三河の防衛に成功した信行は塙直政を伴って稲葉山城を訪れた。


「今川を退けたと聞いている。よくやってくれた」

「ありがとうございます」

「今川は他国を攻める手段を失ったようだな」

「余剰戦力を失ったので三河奪還は事実上不可能。遠江の防衛も覚束ない状況です」

「遠江に行けるか?」

「仕置きに目処がつけば動きます。それまでに細工を施すつもりです」

「細工?」


遠江に残っている井伊家の残党と連絡を取り合って小規模ながら援助を行っている。

信行は井伊に対して、織田の遠江侵攻に合わせて国内各所での蜂起を要請している。


「確約は取れているのか?」

「一応は。仮に蜂起しなくても勝てる手立てを講じますので」

「こんな事は言いたくないが、約束を守らぬ奴は要らん」


直虎に縁がある者でも織田に従わなければ手を切れと信長は仄めかした。


「私も直虎もそのつもりです。ご安心下さい」


信行は三河を取った直後、直虎と二人だけで今後の事を話し合った。

井伊残党の協力を求めるが、相手が非協力的態度をとるか裏切るような事があれば切り捨てる方向で合意していた。


「近江を攻める事が決まったぞ」

「六角は拒否しましたか」

「田舎者は黙って引っ込んでおけと」


信長は六角義賢に対して御上の要請に応じて上洛するので協力してほしいと使者を送った。

幕府管領代を務める義賢は幕府を飛び越して朝廷の要請を受けた信長に嫌悪感を抱いた。

義賢は共闘を拒否した上に信長を小馬鹿にする態度を取った。


「はっきり言って馬鹿ですね。朝廷を蔑ろにしている幕府を棚に上げて何様のつもりなんですかね」

「幕府は権力争いに明け暮れているからな」


幕府は主導権争いに端を発する応仁の乱以降、未だに内輪揉めが続いている。

その影響で朝廷は幕府の存在意義を疑問視するようになり、御上の身を案じる公家が幕府を飛び越して全国の有力大名に上洛要請する事態になっていた。


「北畠に仲介を頼んだから交渉が決裂した事を伝えねばならん」

「面子を潰されたので良い顔はしないでしょう」

「間違いなく気分を害するだろう」

「政秀も損な役目を引き受ける事になりますね」

「爺は京都に出向いているから不在でな」

「誰を伊勢に?」


信長は何も言わず信行を見た。


「まさかとは思いますが、私に行けと?」

「以心伝心とはこの事を言うのだろうな」

「兄上から呼び出されたので何かを命じられると思っていましたが、その通りになるとは…」


信長にまんまと乗せられた形になったが、直政を譲ってもらったお返しだと信行は割り切る事にした。


*****


信行は準備を済ませると伊勢に向かい北畠の本拠地である大河内城を訪れた。


「織田治部少輔信行と申します」

「北畠大納言晴具である」


挨拶を終えると信長から預かった手紙を渡した。

手紙には仲介に対する御礼と六角との交渉結果が書かれていた。


「田舎者呼ばわりか。弾正殿も嫌な思いをしたであろうな」

「兄は然程気にしておりませんが、仲介して頂いた大納言様に申し訳ないと」

「これを見ると儂も馬鹿にされた気分になったわ。弾正殿はどうされるつもりだ?」

「準備が整い次第、近江に攻め込みます」

「儂も六角への落とし前を付けたいところだが…」


好々爺然としていた晴具の目付きが突然鋭くなったので信行は寒気が走った。


「込み入った事情があって動けんのだ」

「何かお困りの事でも?」

「貴殿なら話しても差し支えないだろう」


晴具嫡男の具教が病で床に伏せており、具合も良くない事から大河内城を離れられない状況だった。


「我々に旗印をお借し頂けないでしょうか?旗印を陣中に掲げておけば北畠軍ありと六角に知らしめる事が出来ます」

「有り難い申し出だが、弾正殿に申し訳が立たぬ」

「他に良い手立てがあれば良いのですが…」


二人が考えていると複数の足音が近づいて来るのが聞こえてきた。


「御館様、若様がお見えになられました」

「入れ」

「失礼致します」


晴具に似た若者が中に入ってきた。

元服を済ませておらず、信行の目には十歳過ぎの子供に見えた。


「北畠具教の嫡男、千秋丸と申します」

「織田治部少輔信行と申します」

「千秋丸、治部殿に従って近江へ向かえ」

「六角討伐でしょうか?」


晴具が政務を執り行う様子を見ていた具房は晴具が織田の依頼で仲介していた事を知っていた。

晴具の指示を聞いて六角が拒否して交渉が失敗に終わった事を理解した。


「儂の名代を務めてもらう」

「叔父上は?」

「具政を名代に立てる事も考えたが、長野が妙な動きをしているので動かせん」


北伊勢の長野家が離反する動きを見せているので監視役の木造具政を動かす事が出来ない。

晴具は熟慮した結果、千秋丸に白羽の矢を立てる事にした。


「御爺様の名代として六角討伐に向かいます」

「よう言うた。治部殿、出陣の折は千秋丸を預けるので宜しく頼む」

「お任せ下さい」


千秋丸は考え込む癖があり物事を決めきれない鈍牛だと噂で聞いていた。

実際に本人を見てみると思慮深く慎重であるが故に鈍牛に見られるだけだと感じた。

信行は思わぬところで良い人物に出会えた事を喜んだ。


*****


【登場人物】

六角義賢

→1521年生まれ、六角家当主

北畠晴具

→1503年生まれ、北畠家当主

北畠具教

→1528年生まれ、晴具嫡男

北畠千秋丸(具房)

→1547年生まれ、具教嫡男

木造具政

→1530年生まれ、晴具次男

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