バットマン
猿会 合
バットマン
目が覚めた。部屋の明かりをつける。
「おはよう。」
窓辺で外を眺める向日葵の花に挨拶するのが俺の日課だ。返事が返ってきたことはまだ無い。
台所に立ち、前の日に収穫しておいた野菜を切る。トマト。レタス。キュウリ。それぞれを適当に切り、適当に盛り付ける。赤と緑のコントラストが食欲を掻き立てる。毎日これを食べている。ドレッシングにこだわりは無い。以前は毎日異なるドレッシングを使ってみたり、ブレンドしてみたりと、凝ったことをしていた。というかそれが毎日の楽しみだった。
ブレンドしたもので一番のお気に入りはゴマ×フレンチ。ゴマのコクとフレンチのさっぱりした酸味が最高に合う。このブレンドを使う日は、心なしか野菜たちも輝いていた気がする。確か一週間ずっとこのブレンドだったこととあったっけな。
そんな楽しみも今は無い。純粋に飽きてしまった。だからもう味付けは塩のみ。ここ一年くらいはずっと塩しか使っていない。結局シンプルなものに行き着いてしまうものだな。
食事を終えたら畑に向かう。歩いて五分くらいのところにある畑で、広さはテニスコートくらいだろうか。さほど広くはないが、手をかけた自慢の畑だ。
畑までの道は緩やかな下り坂の続く一本道。行きは楽だが、帰りはその反対だ。道の両端には住宅が並ぶ。田舎町のくせにパステルカラーの屋根が連なる。ところがこれらの住宅は全てもぬけの殻だ。今は誰も住んでいない。この街で人を見なくなってから数年は経つ。もともと人付き合いが苦手な性分だから全く困ってはいない。むしろこの静かな街は俺に合っている。
畑に着いたらいつも通り水と肥料を撒く。今は収穫期だから実った野菜を見つけては取る。いくら畑が小さいとはいえ、一人で手作業でやるとなると三時間くらいはかかってしまう。
籠いっぱいに野菜を収穫したら、次に向かうのは川だ。向かう、といっても畑のすぐ裏に流れる川だから一分も歩けば着いてしまう。川に行くのには理由がある。この街の唯一の住人、猫ちゃんだ。
オスかメスかもよくわからないけれど確実に心が通じあっているのを感じる。真っ黒なその姿はまるで美人ほくろのようだ。存在感に嫌味がない。
俺はさっき取ったばかりのトマトを猫ちゃんに差し出す。一往復、二往復と匂いを嗅ぎ、問題がないとわかれば手を器用に使って食べ始める。食べる姿を観察してみると歯の鋭さに気がついた。上に二本、下に二本ある鋭くて長い歯を見て、小学生の時に持っていた黒い勾玉のストラップにそっくりだな、と俺は思った。
猫ちゃんがトマトを食べたのを見届けたら帰路に着く。帰り道は嫌いだ。上り坂だからだ。いっその事、帰りの時だけでも重力が反転したらいいのにな。そんなつまらないことをしばしば考える。
家に着いたら食事だ。適当なものを用意し、テレビを見ながら食べる。それにしても近頃のテレビはつまらない。売れてないアイドルか、売れなさそうなセールスの番組しかやってない。退屈だが他に見るものも無いから仕方ない。
食事を終え、寝る支度を整える。寝室に行くと思わず声が出た。
「しまった、明かりをつけっぱなしだった。」
まあいい、寝るとしよう。
「おやすみ。」
窓辺の向日葵に声をかける。返事は返ってこなかったが、今度はその紫色の顔をこちらに向けている。世界に一本しかないであろう紫色の向日葵。俺の宝物だ。
部屋の明かりを消し、布団に入る。
彼が目を閉じたのと時を同じくして、隣の家の庭でアサガオが花びらを開き始めた。
バットマン 猿会 合 @monkey_rerendezvous
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