第9話無駄に好感度を跳ね上げろ!さすれば限界値は変化していく!
「先生!お母さんが三人で別荘に泊まりに行きませんかって言ってるけどどうですか?」
7月の終わる夏休み第二週に突入する頃に恵からメッセージが送られてくる。
(そう来たか…もちろんそう来るよな…。伸るか反るかで大分話が変わってきそうだな。断れば二人の好感度が下がるか?だがもしも罠だとして…そんな事を考えてしまうと切りが無いが…じゃあやっぱりアレの使い所だな…)
そう思うと友人から手に入れたとあるモノを鞄にしまった。
そこまで思うとニヒルな笑みを浮かべて一つ頷いた。
そのままベランダに向かうと久しぶりにたばこに火を付ける。
あまりの煙たさに少し顔をしかめるが、この口内に残る嫌な苦さも肌や髪をベタつかせるヤニの感触も大人には悪くない。
たばこを知らない人間は人生の大半を知らない。
喫煙とは人生の開始とともに運命づけられた行為と言っても過言ではない。
赤子の頃は母の乳を吸い、子供の頃はストローでジュースを飲み、大人になるとたばこを吸う。
吸引とは人間が本能的に求め続ける安心できる行為なのだ。
母乳が出もしない恋人の乳首を吸うのはそれで興奮や安心を覚えるからだ。
そういう相手が居ない人間はたばこを吸い、安心と興奮を一手に担う事ができる。
昨今では喫煙者は肩身が狭いが…。
などと軽く脱線しながら思考を整えると恵に返事を送る。
「了解です。日程はいつにしましょうか?」
そのメッセージにすぐに返事が来る。
「今週の土日はどうですか?」
「了解しました。白河家まで向かいますね」
「先生の家まで迎えに行くって言っていますが…」
「結構です。私がお世話になるわけですからそちらに向かいます」
「わかりました。楽しみにしていますね!」
そこまでやり取りをすると色々と準備があるので街に買い物に向かうのであった。
そして訪れた土曜日。
朝支度を整えると白河家まで歩いて向かう。
白河家のインターホンを押した。
「は〜い!すぐに出ま〜す!」
恵のごきげんな声がインターホンから流れてきて軽く微笑んで返事をした。
すぐに彼女らは家から出てきて里央は車の鍵を遠隔操作で開けていた。
「おはよう。恵が今週ずっとはしゃいでて…。本当にサイコくんが好きなのね…」
などと呆れた表情を浮かべていた。
「おはようございます。本日はお世話になります」
「そういう堅苦しいのは無しにしましょう?今は夏休みなんだしバカンスとして楽しみましょうよ」
里央は朗らかな表情で口を開き、恵は玄関の鍵を占めるとすぐに俺のもとまで駆け寄ってくる。
「おはようございます!夏休み中は全然先生に会えなくて寂しかったです!」
学校とは違い明らかにテンションが高く、元気よく挨拶をする恵に軽く微笑んだ。
「おはようございます。しっかりと課題はやっていますか?」
「はい!数学は一番最初に終わらせました!偉いですか!?」
「偉いですね。ですが二学期が始まる前にもう一度復習しておいてくださいね?学期始めに小テストがありますから夏休み中に忘れてしまわないように」
そこまで言うと恵は俺の耳元に口を持っていきヒソヒソと声を殺して言った。
「小テストで満点取ったら生徒指導室で…!」
その言葉に無表情を決め込むと里央の様子を窺った。
里央はトランクに荷物を運んでおり、こちらには気付いていないようだった。
それなので恵の言葉に返事をする。
「そうですね。二学期の中間テストで一桁の順位を取れたらご褒美を上げますよ?もしも期末テストでも一桁を取ったらその願いを叶えてあげてもいいです」
などと散々焦らすと彼女は少し不服そうに、それでも喜んだ表情を浮かべていた。
「どうしたの?二人して何の話〜?」
里央は荷物を運び終えるとこちらに向かってくる。
「勉強の話ですよ。中間テストと期末テストで一桁の順位を取ったら特別にご褒美をあげるって話です。教師の立場でこんな発言をするのは良くないことだとは分かっているのですが…恵さんは他の生徒と比べて特別優秀です。学力があるとかそういう物差しではなく。人間力とでも言えば良いのでしょうか。周りに流されず良い意味でも悪い意味でも他人を惹きつけます。毎年必ず学年に一人や二人そういった生徒がいるのですが恵さんは格別ですね。今までの教師人生で一番優秀な生徒だと確信しています。それなので特別な待遇を取ってしまうのを許してください」
などともっともらしい戯言を母親である里央に説明すると彼女は満更でもない顔をしていた。
「娘を褒められるのは嬉しいけれど…参考までにどういうところが優秀なの?」
その言葉を待っていたと言っても過言ではない。
ここでしっかり説明できないようでは口先だけだと疑われてしまう。
「そうですね。私が恵さんを優秀だと思ったのは一番最初の服装検査の日のことです。もう退学になりましたが当時の友だちが服装検査に引っかかりました。お世辞ではなく恵さんは里央さんに似てスタイルが良いので服装違反の対象にはなりませんでした。それなのに恵さんはお昼休みに友だちを思ってスカートの丈を直していたんです。周りがよく見えて自己中心的な考えを持っていない。他人が何に嫌悪感を抱くかをよく理解している。ただ残念なことに退学になった生徒たちが劣等生過ぎました。怒りを教師である私ではなく生まれながら持っている恵さんに向けたのです。それでも恵さんはいじめにも立ち向かい、そして見事正攻法で勝利したのです。そういう勇敢な勝者のことを勇者と私は言うのだと思います。故に特別優秀だと思うのです」
見事に説明してみせると恵は照れたように笑っていて里央は鼻が高いような表情を浮かべていた。
「玄関先でごめんなさい。続きは車の中でしましょう?」
それに頷くと俺たちは車に乗り込み目的地に向かう。
ただし、ここで問題が浮上する。
運転は里央がする。
何故か後部座席に恵は乗った。
まさに二択が迫られている展開だった。
ここで後部座席に乗るのは少し不自然だ。
それでもまだ子供である恵は助手席に座れば不貞腐れるかもしれない。
ただ恵よりも里央を不機嫌にさせるのは得策ではない。
この家族ぐるみの付き合いができているのは里央が俺に好意を向けているからだ。
恵のフォローはいつでも出来る。
それこそ学校ではふたりきりになれるのだし。
夏休み中に里央の機嫌を損ねるのは俺の最終目標を損なうと言っても過言ではない。
それなので迷わずに助手席に腰掛けた。
鞄からコンビニで買ったばかりのペットボトルの飲み物を取り出すと後部座席の恵に渡した。
もう一本を里央に渡すと軽く微笑む。
「もし良かったら飲んでください。夏は熱中症が怖いですからね」
などと軽く口を開くとどちらも不機嫌そうではなく感謝を告げてくる。
それにホッと胸を撫で下ろすと車は発進していった。
車が走り出すと里央はすぐに口を開いた。
「サイコくんに質問なんだけど」
それに頷いて応えると里央は続きの言葉を口にした。
「もしもサイコくんが教師で当時の私が生徒として入学してきたら…どう?」
里央は少し歯切れ悪く口を開くとサングラスのブリッジを中指で軽く持ち上げた。
「どう?とは?」
「う〜ん。少し説明しづらいんだけど…教師目線で当時の私のことも恵みたいに分析してみて」
それを耳にして俺はわざとらしくならないように微笑んだ。
「そういうことですか。それならば答えは同じですよ。里央さんは学年を超えて学校で一番優秀でした。三年間で告白された回数を覚えていますか?」
「何回だっけ?そんなどうでもいい事覚えてないよ」
「128回ですよ。恋人であった私は毎回肝を冷やしたものです。こんなにモテる人間が自分の恋人であることも何もかもが物語の中の登場人物のようで…まさにファンタジーでした。容姿もさることながら勉学にも励んでいました。恵さんは母親譲りの性格をしています。素晴らしい遺伝子をお持ちで羨ましい限りですよ」
などと過去の話を持ち出して里央を持ち上げると彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「でも私は…」
里央が口を開きかけたので俺はわざとらしくならないように咳払いを一つして車に内蔵されているオーディオを弄った。
「そう言えば恵さんは音楽も詳しいんですよね?普段はどのようなものを聴くんですか?」
里央との話はここではしないほうが吉だと脳内では警鐘が鳴り響いていた。
(夜に里央の元夫の話を聞き出そう。今ここで里央の後悔話をするのは得策ではない)
そこまで思考しての行動だった。
「先生に分かるかなぁ〜?」
そう言うと恵は流行りの曲や少しマイナーな曲を口にしていった。
「車では流せないのですか?」
「流せますよ。スマホと繋いであるので」
「では流してください。そして出来れば歌声を聴かせてください」
「恥ずかしいけど…先生が言うなら」
そう言うと彼女は最新の曲を流して軽く口ずさんでいた。
それに微笑みを浮かべていると静かな声で里央にフォローを入れる。
「今はその話はやめましょう。夜に聞かせてください」
里央は恵にバレないように頷いてそのまま運転を続けた。
曲が終わると恵に拍手を送る。
「音楽の才能もあるのですね。私は音痴でリズム感もないので音楽を敬遠していましたが、これからは聴くようにします」
そんな嘘を口にしながら目的地に向けて車は恙無く進み続ける。
そして、一時間もしない内に別荘に到着すると荷物を部屋に置いて、まずは昼食にBBQの支度をするのであった。
第七目標 256/1000
里央の好感度 640/1000
恵の好感度 768/1000
好感度の分母レベルアップ 未だに果てしなく上昇中!
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