第14話 まさかの
『わ、わかってっとは思うけどこのチャーム、千秋や冬華には見せねーようにしとけよ。お揃いの
『そ、そうだね! 勘違いされるよね!』
カラオケルームのテーブルに置かれた、千秋の常用のスマホから聞こえてくるやり取りに、冬華はニヨニヨと笑っていた。
「あぁんもう❤ 二人とも初々しくてかわいいわね~❤」
夏凛と史季の仲は、もうかなり「お前らさっさと付き合えよ」と言いたくなる段階まで来ている。
だが、片や恋心というものをまるで自覚しておらず、片や相手に対して神格化に近い感情を抱いているせいで恋心を抱くことすら恐れ多いと思っている節があるため、あともう三、四歩というところで二人仲良く足踏みしている有り様になっている。
そのモダモダが、もうほんと「ごちそうさま」という言いたくなるくらいに、冬華を満足させていた。
「ワタシにも、こんな時期があったわね~」
と言いつつも、千秋から「あったのかよ」とか「嘘つけ」とか、無慈悲なツッコみがくるだろうと思っていたら、
(……あら?)
一向にツッコみがこず、片眉を上げる。
一体どうしたのかと思い、右側に座っている千秋を見やった冬華は(あらあら~❤)と、心の中で恍惚を吐き出した。
千秋は今、気恥ずかしさとか憧れとか羨ましさあたりの感情が
その表情に赤みが差し込んでいるものだから、夏凛と史季とは違った意味で微笑ましさを覚えずにはいられない。
なお、千秋の隣に座っている春乃は、目をキラキラさせながら、スマホから聞こえてくるやり取りを食い入るように聞いているものだから、こちらはこちらで負けず劣らず微笑ましかった。
もっとも、目をキラキラさせている以上に鼻息を荒くさせているため、冬華以外の人間が今の春乃の様子を見て微笑ましいと思えるかどうかは微妙なところだが。
自然、冬華はニヨニヨ笑いを深めながらも、ここぞとばかりに千秋をいじる。
「あらあらちーちゃん、お顔が赤くなってるわよ~。もしかして、今のりんりんとしーくんの
千秋は我に返ったようにハッとした表情を浮かべると、赤みが差し込んでいた顔をさらに赤くしながら否定する。
「バッ……! こ、こんな中坊の乳繰り合いみてぇなシチュが、ス、ストライクなわけねぇだろ!」
「じゃ~、なんでお顔が赤いの~?」
「あ、あいつらのやってることが中坊すぎて、き、聞いてるこっちが恥ずかしくなってきただけだっつうの!」
などと怒鳴っている間にも顔の赤みはさらに濃くなっていき、耳まで侵食していた。
彼女の言う「中坊の乳繰り合い」が、
大切なお友達が、こと恋愛に関しては思った以上に乙女だったことを知った冬華は、辛抱
「あぁんもう❤ ちーちゃんか~わ~い~い~❤」
「だーもうっ! 抱きつくなっ!」
怒鳴りながら手で押しのけようとはしているものの、セクハラさえしなければ
『買う物も買ったし、そろそろ出るか?』
『うん。お互い、夕飯の準備もあるしね』
『だな』
不思議と二人の笑顔を想像できるやり取りが聞こえてきて、冬華はスリスリしていた動きを、千秋は冬華を押しのけようとしていた手を止める。
「あらら、もうお開きみたいね」
「まぁ、金もねぇのに夜遅くまでってわけにはいかねぇからな」
などと、半端に揉みくちゃったまま得心していると、
「え? 〝これから〟が本番じゃないんですか?」
穢れを知らない無垢な目で、穢れだらけの〝これから〟を期待している春乃に、千秋は頬を引きつらせ、冬華は頬を綻ばせた。
◇ ◇ ◇
ショッピングモールを出た史季と夏凛は、繁華街からは史季の家よりも近い、夏凛の家の方角に向かって歩き出した。
その途上で別れるのか、それとも彼女を家まで送るかも決めないまま、二人はお喋りしながら夜の繁華街を歩いていく。
「じゃあ、夏凛はあんまり自炊はしてないの?」
「ああ。さすがにメシマズってほどじゃねーけど、冬華みてーに得意ってほどじゃねーから、あんまりやる気が起きねーんだよな。後片付けとかもめんどくさいし」
「あ、それは僕もわかる」
そう言って 夏凛と一緒に楽しげに笑う。
あの小っ恥ずかしい練習の甲斐あってか、もうすっかり「夏凛」呼びに慣れたことを自覚しながら。
それどころか、「夏凛」と呼ぶ度に彼女が嬉しげに笑ってくれることが嬉しくて、むしろ隙さえ見つけては「夏凛」と呼んでいることを自覚しながら。
「それにしても、さすがにこの時間帯は人が多いね……」
日曜日の夕食時ということもあって、ショッピングモール以上に家族連れが多く、そのせいもあってか行き交う人の数は平日以上だった。
さすがに歩くのに難儀するほどではないが、ファミレスや居酒屋の前に人だかりができている場合は避けて歩いていく必要があるため、史季でなくても煩わしさを覚えずにはいられない人ごみ具合だった。
「なー、史季。こっちの方歩いてかねーか?」
史季よりもはるかにうんざりとしている夏凛が、
「人は少ないかもしれないけど、夜にこんな道を行くのは、さすがに危ないような……」
「別に危なくなんてねーだろ。絡んでくるバカがいたとしても、
暗に夜の繁華街の路地よりも、自分たちの学園の中を歩いている方が危ないと言われ、史季は得心と同時に頬を引きつらせてしまう。
そんな史季の反応を見て了承を得たと判断したのか、夏凛は迷うことなく人気のない路地を進んでいった。
(ま、まあ、それこそ
と思っていたら、
「おいおいボクちゃんたち~、こんなところでナニしてんのかな~?」
「お? 女の方、めっちゃ可愛くね?」
「へい、彼女。そんな冴えねぇ野郎よりも俺たちと遊ぼうぜ」
夜闇にあってなお、赤、青、黄色に染めた髪がいやに目立つ、見るからにガラの悪そうな三人組に絡まれ、史季のみならず夏凛までもが頭を抱えそうになる。
「わりー、史季。まさかマジで絡まれるとは思ってなかったわ」
「いや、まあ、うん……僕も危ないとは言ったけど、まさか本当に絡まれるとは思ってなかったから……」
と、答えたところで、ふと気づく。
今の状況に、自分が全くビビっていないことに。
ケンカが強くなったことを自覚しても、史季の草食動物な性根は変わっていない。
だからいつもなら、こんなガラの悪そうな人たちに絡まれたら、ケンカをする覚悟が固まらない内はビビり倒していたところなのに、今は少しもビビっていなかった。
(もしかして、夏凛と一緒にいるから?)
それは、世紀末学園の〝女帝〟が隣にいる安心感があるからという意味ではなかった。
憧れの〝彼女〟の前で、ビビり倒すようなかっこ悪い真似はしたくない――そんな思いからきた言葉だった。
夏凛の前では、今まで散々かっこ悪いところを見せたのに、そんなことを思っている自分に内心苦笑しながら、彼女を守るようにして一歩前に出て、決然と告げる。
「夏凛は下がってて。ここは僕がなんとかするから」
夏凛は一瞬、虚を突かれたようにきょとんとするも、すぐに嬉しげな笑みを浮かべ、懐から取り出したパインシガレットを咥えながら了承する。
「わかった。かっこいいとこ、見せてくれよ」
「……努力はする」
結局最後は自信なさげになってしまい、背後にいる夏凛にカラカラと笑われた。
色々な意味で見せつけられた男たちは、見るからに弱っちそうな史季を前に、揃いも揃って嘲笑を浮かべる。
「おいおい、まさかボクちゃん、俺たちとやる気かよ?」
「やめときなやめときな」
「痛い目見るだけじゃ済まねえぞ~」
舐め腐った物言いでからかってくる三人に対し、史季は毅然と言い返す。
「僕も、やらずに済むならそれに越したことはないと思ってます。だからここは、退いてくれませんか?」
「おいおいおい、今の聞いたか?」
「おっかしいな~。なんかまるで『痛い目見たくなかったら退け』って言われてるように聞こえたぞ~?」
「ボクちゃ~ん、女の前だからってかっこつけなくてもいいんでちゅよ~」
予想していたことだが、ただ馬鹿にされるだけの結果に終わってしまったことに、史季はため息をつく。
おそらく、ケンカになるのは避けられない――そう判断した史季が、覚悟を固めようとしたその時だった。
「はは~ん。さてはオマエら、モテねえな」
男たちの後方から、
「んだとゴラァッ!」
「誰だナメたこと言いやがった奴ぁッ!」
「ぶっ殺されてぇのかッ!」
図星だったのか、ブチ切れながら三人の男は振り返り……揃って、目が点になってしまう。
男たちの背後にいたのは、ウサギだった。
「一時間二〇〇〇円!」と書かれた立て札を持った、ピンク色のウサギの着ぐるみだった。
ウサギは立て札の根元で自身の肩をトントンと叩きながら、その見た目でなければそれなりかっこよかったかもしれない感じの言葉を吐く。
「女の前だからってかっこつけなくてもいいだぁ? 逆だ逆。女の前でかっこつけなくて、いつかっこつけんだよ」
正論だと思ったのか、男たちは揃って口ごもる。
そんな中、ウサギの着ぐるみの正体に気づいていた史季と夏凛は、動揺を露わにしながらも小声を交わした。
「確かに、別のバイトがあるとは言ってたけど……!?」
「だからって、さっきの今で出会うか普通……!?」
普通は出会わない。ていうかどういう偶然だ――そんな結論で一致した二人は、驚きと呆れが入り混じった目で、
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