第3話 日曜日

 日曜日の昼下がり。

 集団戦ゴチャマンのケンカレッスンをする約束をしたにもかかわらず、肝心要の史季が来られなくなったことに、夏凛はちょこっとだけムスっとしていた。

 日曜日にケンカレッスンをやること自体が急だったし、史季もその日の内に用事ができて無理になってしまったと、謝罪つきでLINEを送ってくれたけれど、


「な~んか気にくわねーんだよなぁ……」


 頭の後ろで両手を組み、パインシガレットを咥えながら、夏凛は繁華街の通りを歩いていく。

 日曜日なので当然制服姿ではなく、Tシャツの上に薄手のデニムジャケットを羽織り、下はミニスカートにプチルーズソックスを穿いた、いつもどおりながらも夏凛らしい服装をしていた。


「まだ言ってんのかよ」


 ムスっとしている夏凛に呆れた声を投げかけたのは、パーカーに、例によってスリットが入っているロングスカートを身に纏った千秋。

 一緒にいるのは彼女だけではなく、肩周りもお腹周りも丸見えなオフショルダーのブラウスに、体のラインがモロ見えなスキニーデニム姿の冬華と、淡い水色のブラウスにカーディガン、白のレーススカートという清楚系コーデでまとめた春乃の姿もあった。


 史季が来られなくなったことでケンカレッスンはお流れになったけど、どうせだから四人で遊ぼうという話になり、こうして四人仲良く町を歩いている次第だった。


「りんりん、ちょ~っと気にしすぎじゃないかしら~」


 と言ってくる冬華の表情は、なぜか鬱陶しいほどにニヤニヤしていた。


「でも、夏凛先輩がこんな感じのこと言ってる時って、だいたい当たってることが多いような……」


 何気ない春乃の言葉に、呆れ顔だった千秋とニヤニヤ顔だった冬華が、一転して難しい顔をし始める。


「確かに、夏凛の勘は動物並みだからな」

「野性的と言い換えてもいいわね~」

「てめーら……ちょっとバカにしてねーか?」

「いやいや、褒めてんだよ」

「そ~そ~。バカになんてしてないわ~」


 笑顔で答える二人に、なんとなく釈然としないものを感じる夏凛だったが、追及したところでけむに巻かれるのが見えているので、史季のことでアレコレ考えるのはやめにして、話を〝本題〟に移すことにする。


「つーかさ、これからどうするよ?」


 集まったはいいものの、ファミレスで昼食をとって以降は完全に無計画ノープランだった。

 そのことは千秋たちも承知していたので、素直に夏凛の言葉に従い、これから何して遊ぶかを考えることにする。


「カラオケは、こないだ行ったしね~」

「ゲーセンにしようぜゲーセン」

「千秋……おまえそれ、UFOキャッチャーの景品漁りてーだけだろ?」


 図星だったのか、夏凛の指摘に千秋は舌打ちする。

 そんな中、最年少の春乃がビシッと手を上げ、元気溌剌にこんな提案をしてくる。


「はいはい! わたし、今クラスの間で流行っている映画が見たいです!」

「そういえば、なんとかってアニメが話題になってたな。そいつのことか?」


 夏凛が訊ねると、春乃はブンブンとかぶりを振り、スマホを操作して「クラスの間で流行っている映画」の公式ページを見せつけてくる。

 高校生だと入場することすらできない映画館でやっている、こんな人通りの多いところではタイトルを口に出すことすらはばかれる大人の映画を。


「おまえそれ絶対クラスの流行ってる映画だろ!?」


 ちょっと顔を赤くしながらツッコみを入れる夏凛に、春乃は「えへへ……」と照れたように笑う。

 なお、春乃が見たいと言っている映画は、タイトルからしてドぎつい内容だとわかる代物だったので、照れる程度済んでいる後輩に夏凛は戦慄を禁じ得なかった。


「映画か……素晴らしいわね。行きましょう」

冬華おまえはそう言うと思ったよ」

「ったく、ウチらはまだ高校生なんだから、せめてR15にしとけよ」


 そう言って千秋がスマホの画面に映し出し、見せつけてきた映画は、一五歳未満は見ることが出来ない程度に描写がえぐいホラー映画だった。


「おまえはおまえでこんなタイミングでぶっ込んでくるとか、ほんと良い性格してやがんなっ!」


 スマホの画面に映るホラー全開な絵面をうっかり直視してしまった夏凛は、悲鳴じみた声を上げる。


「ゲーセンを却下された恨みってやつだ」


 ドヤ顔全開な千秋に反撃しようにも、ホラー全開なままになっているスマホの画面を向けてくるせいで、夏凛は近づくことすらできなかった。


 そんな調子でかしましく繁華街の通りを歩き、曲がり角を曲がろうとしたその時、


「!? 待って……!」


 いち早くに気づいた冬華が、常よりも真剣な声音で夏凛たちに制止を求める。

 尋常ならざる雰囲気の冬華に迷うことなく従った夏凛たちは、制止を求められた理由を確かめるために、曲がり角の陰からを覗き見て……三人揃って瞠目する。


 史季がいたのだ。

 今日は用事があるからとケンカレッスンを断ったはずの史季が、彼にしては珍しくもオシャレな感じのジャージに身を包んで、繁華街を歩いていたのだ。

 しかも、ダボっとしたトレーナーワンピースを着た、ピンク髪の可愛らしい女の子と一緒に。


「おいこれどういうことだよ!?」


 千秋は声音を小さくしながら、いつの間にやら春乃の口を塞いでいる――おそらく史季に声をかけようとしていたのだろう――冬華に訊ねる。


「ワタシだって知らないわよ~。ただ、ね~……?」


 冬華にしては珍しく、おそるおそるといった風情で夏凛を見やる。


「い、いやー……まさかデートだったとはなー……そりゃ今日は無理だわー……史季の野郎も隅に置けねーなー……」


 夏凛は夏凛で珍しいことに、顔が青くなるくらいにショックを受けているご様子のようで、平静を取り繕った物言いとは裏腹に声はちょっとだけ震えていた。


 居たたまれなくなった冬華は、夏凛から視線を外し、塞いでいた春乃の口を解放する。


「はるのん。さっき、しーくんだけじゃなくて、女の子の方にも声をかけようとしてたように見えたけど、知り合いなの?」


 さらに真剣味の増した物言いで訊ねられたからか、春乃も真剣な顔になりながら――たぶん何もわかってない――小声で冬華に答える。


「はい。アリスちゃんと言って、一年最強決定戦で知り合いました」


 名前を聞いた瞬間、「やっぱり」という顔をする冬華に、千秋が顔を引きつらせながらも訊ねる。


「そういやオマエ、一年全員物色済みっってたな。で、そのアリスってのは何者なにもんなんだ?」

「今のところ、一年生で唯一斑鳩派に入ってる女の子よ。ちっちゃく見えるけど、身長はちーちゃんよりも七センチ高いわ」

「んな情報はいらねぇよクソッタレ……! それより、斑鳩派の一年がなんで史季と一緒にいんだよ?」

「普通に考えたら、まず間違いなくワケありでしょ~ね。しーくんがワタシたちとの約束を破ってまでデートするってというのも違和感があるし、アリスちゃんはアリスちゃんで斑鳩先輩にお熱だから、しーくんに鞍替えっていうのも違和感があるし」


 なんだかんだで話を聞いていた夏凛が、「ふーん……そうなんだ……ふーん……」と呟きながら、ちょっと安堵したような顔をしていた。


「てか、なんでアリスってのが、斑鳩パイセンに惚れてることまで知ってんだよ?」


 ごもっともな千秋の疑問に、冬華は臆面もなく答える。


「ああいう子って、ベッドの上だとほんと良い声で鳴いてくれるから、ちょ~っと狙ってたのよね~。ま~、他に好きな人がいる以上、味見をするつもりもないけど~」

「頼むからしないでくれ。つうか、んなこったろうと思ったよ……」


 自分で質問しておきながら微妙に後悔する千秋を尻目に、春乃が逼迫した声を上げる。


「そ、それより追わなくていいんですか!? 見失っちゃいますよ!?」


 春乃の言うとおり、距離が離れたことで史季とアリスの姿がもうだいぶ小さくなっていたので、四人は顔を見合わせて頷き合い、史季たちの尾行を開始する。が、一分足らずという、春乃がドジるいとますらないほどすぐに、二人が目的地と思しき建物に入っていく様を目の当たりにした。


「あそこって……」


 キョトンとする春乃の言葉を引き継ぐように、千秋は言う。


「ビジネスホテルだな。んな場所に何の用があるってんだよ」

「あら? ラブホ代わりにビジホの一時利用デイユースを使うのは、けっこう定番よ~?」

「そうなんですか!?」

「そこに食いついてんじゃねぇよ!」


 詳しく!――と、言わんばかりに冬華に顔を近づける春乃を押しのけながら、千秋は話を続ける。


「定番かどうかはともかく、あの折節だぞ? しかも、アリスって女は斑鳩パイセンにお熱なんだろ? さすがにそれはなくねぇか?」

「あり得ないとは言い切れないわよ~。なんだかんだ言って、アリスちゃんも女の子だから、〝棒〟が欲しくなる時もあるだろうし~」

「おい、言い方」


 と、微妙に頬を赤くしてツッコむ千秋をよそに、冬華は言葉をつぐ。


「なんだかんだ言って、しーくんも男の子だもの。デートの誘いだけならまだしも、エッチの誘いまでついてくるとなると、乗ってしまう可能性はゼロじゃないわね」

「……もしマジで、アリスって女が史季を誘って、史季がそれに乗っちまってた場合はどうするよ?」


 あえて明言は避けたにもかかわらず、千秋の頬がさらに赤くなってしまったことはさておき。


「そうね~……誰とヤるかはその人の自由だし、実際ワタシも自由にヤってるから、しーくんがアリスちゃんとヤったとしても文句を言うつもりはないけど~」


 普段は開いているのかどうかわからない冬華の目が、ゆっくりと開いていくのを見て、千秋はギョッとする。


「それが原因でを泣かせたりなんかしたら~、ちょ~っとしーくんにお仕置きしちゃうかもしれないわね~」


 普段どおりのゆるい物言いとは裏腹に、珍しく開かれた目は本気と書いてマジになっていた。

 さしもの千秋も気圧され、〝圧〟などさっぱり感じていない春乃が頭上に「?」を浮かべる中、


「あのビジホって確か……」


 夏凛は一人怪訝な面持ちで、史季たちが入っていったビジネスホテルを見つめていた。

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