第7話 対凶器
昼休みと放課後は夏凛が睨みを利かせてくれる。
だからこそ、史季一人で行動する登下校時が最も警戒が必要。
そのことは誰よりも史季自身が理解していたし、今朝も気をつけて登校したつもりだったけれど。
学園まであと三分もかからないところまで来た際に絡んできた
「お~りふしくん見~つけた~」
手には金属バットをぶら下げており、一歩一歩こちらに近づく度に、バットの先端が地面に擦れてカラカラと音を立てていた。
当然他校生ではなく、着崩しているどころか半分脱いでいるような有り様の制服は、間違いなく聖ルキマンツ学園のそれだった。
かつてこれほど世紀末学園の名が似合う不良がいただろうかと思いながらも、とりあえず敬語で訊ねてみる。
「あのぉ……僕に何のご用でしょうか?」
「いや、別にたいした用じゃねえんだけどさ~。〝女帝〟と〝ケンカ屋〟以外で荒井に勝つような奴が、いったいどういう脳みそしてんのか、ちょ~っとこの目で見てみたくなってな~」
イっちゃった顔。
手に持ったバット。
そして脳みそが見たいという発言。
それだけでモヒカンの目的を察してしまった史季は、悲鳴じみた声を上げて逃げ出した。
「謹んでお断りします――――――――――ッ!!」
ガンダッシュで逃げる史季に即応したモヒカンが、バットを振り上げながら追いかけてくる。
「遠慮すんなって~! 別に減るもんでもね~だろ~!」
「減りますよッ! 一番減ったらまずい
若干涙目になりながら、全力で逃走する。
退学していないどころか
(というかこの人、足速くない!?)
バットを振り上げたままという、無駄に空気抵抗が大きい体勢で走っているにもかかわらず、着実にこちらとの距離を詰めてくる。
振り返って様子を確認した限りだと、イっちゃった顔からは疲労の色は見受けられず、呼吸に至っては史季よりもはるかに乱れていない。
なんかもう色々と理不尽な気もするが、走力のみならず体力も向こうの方が上のようだ。
モヒカンの異常っぷりを見て町の人が通報してくれるとは思うが、このままではお巡りさんの到着よりも早くに、モヒカンのバットが史季の頭に到着するのは火を見るよりも明らかだった。
(要するに迎え撃つしかないってこと!? あんな躊躇なく人の頭をカチ割りそうな人を相手に!?)
強くなったという自覚も自負もあるが、それでも、イっちゃってる感じでバットを振り上げる人間を相手にまともにやり合って勝てると思えるほど、史季は自惚れていない。
というか、勝ち負け関係なくケンカをすることは今でも恐いので、自惚れられる要素がない。
しかしこのまま逃げ続けたところで、追いつかれるのは時間の問題。
(一か八かになるけど、こうなったら
覚悟を決めた史季は、振り返りながらも立ち止まる。
「そうかそうか~! 俺に脳みそ見せてくれるか~!」
もうほんと言っていることが恐すぎて泣きたいくらいだが、どうにかこうにか
そして紡ぐ。
千秋発案の初見殺しの言葉を。
「あ、小日向さん」
直後の、モヒカンの反応は劇的だった。
過去に夏凛にヤキを入れられたことがあったのか、イっちゃった顔を微妙に青くしながらも、モヒカンは急ブレーキをかけるようにして立ち止まる。
「なんだ~〝女帝〟!! やんのか~!?」
渾身の虚勢を張りながら、勢いよく背後を振り返るも、
「……は?」
〝女帝〟の姿など影も形もないことに気づき、間の抜けた吐息を漏らした。
度し難いほどの隙。
それをつくることを狙っていた以上、当然見逃すような真似をするはずもなく、
「ごめんなさい!」
ちょっと卑怯かなと思いながらも、無防備を晒すモヒカンの後頭部目がけてハイキックを叩き込んだ。
◇ ◇ ◇
「ほぉら言っただろ」
その日の放課後、予備品室でモヒカン襲撃事件の顛末を聞いた千秋は、自分が教えた初見殺しが役に立ったことにこれ以上ないほどのドヤ顔を浮かべていた。
話を聞く限りだと、どう考えてもイっちゃってるとしか思えない人間にまで通用したことが信じられないのか、夏凛はどこか釈然としない表情をしていた。
なお、放課後になってようやくモヒカンの話をしたのは、今日の昼休みは教師が予備品室に備品を運び入れていたため、単純に部屋が使えなくて集まることができなかったという理由があってのことだった。
「つっても、初見殺しのネタとしてはマジでしょうもねーからな。一回上手くいったからって過信はすんなよ。実際、初見殺しを過信するのはマジで危険だし」
「おい夏凛テメェ。さらっとウチのネタ、ディスってんじゃねぇよ」
「わかってるよ、小日向さん。僕としても、こんなコントみたいなネタにはあまり頼りたくないし」
「折節。オマエはオマエで急に刺してくる時あるよな」
「ちなみに~、ワタシは刺すよりも刺されたい派~」
「冬華先輩! それってどういう意味ですか!?」
「オマエらはオマエらで何の話してんだ!?」
という千秋のツッコみをBGMに、史季は夏凛と話を続ける。
「過信すると危険っていうのは、具体的にはどういう風に?」
「初見殺しを成功させればさせるほど、知らず知らずの内にこう思っちまうようになんだよ。この初見殺しを見切られる奴はいない――ってな」
「それって……」
皆まで言わずとも顔に出てしまっていたのか、夏凛は史季が思っていたとおりの答えを返してくる。
「見切られないと思い込んでる奴が、実際に見切られた後のことなんざ考えてるわけがねーからな。そんなんでマジで初見殺しを見切られちまった場合、まー、アホほど隙を晒すことになるのは確かだな」
「だから~、初見殺しを使う時は、決まればラッキーってくらいのノリでやるのがオススメってわけ」
珍しくためになるアドバイスをしてくる冬華に内心驚きながらも、史季は「なるほど」と得心する。
「だから、斑鳩先輩のように得意な攻撃手段がそのまま初見殺しになるのが理想なんだ」
史季が出した結論に、夏凛は正解とばかり首肯する。
「『初見殺ししてやるぞ』ってノリでやるよりも、『あ、上手いこと初見殺しになったわ』ってノリでやった方が、過信して隙を晒すなんて真似はしねーからな。で、だ。こっからは相手が『初見殺ししてやるぞ』ってノリで初見殺しを仕掛けてきた時の話になるけど、そいつを上手く見切ることができりゃ、勝ち確ってくらいの隙を突くことができる。ケンカの
「確かに憶えておいて損はない話だけど……初見殺しなんて、どうやって見切ればいいの?」
不意に、沈黙が下りる。
夏凛と千秋と冬華は顔を見合わせ、
「相手の目線やら重心やらの動きで」
「勘」
「ヤられる前にヤる~」
てんでバラバラの答えを返してきた。
「要するに目線やら重心やらを勘でヤるってことですね!」
だからと言って全部合わせればいいという話ではないが、春乃の表情はツッコみづらいほどに自信満々だった。
「けどまー、春乃の言ってることはあながち間違いってわけでもねーぞ。あたしみたいに初動を見切るのも、千秋みたいに勘を働かせるのも、冬華みたいにやられる前にやるのも、初見殺しの対策としちゃ正解だからな。状況に応じて使い分けるってのも全然アリだし」
夏凛のお墨付きを得て、春乃が可愛らしくドヤ顔を浮かべる。
そんな後輩女子のことを微笑ましく思いながらも、史季は再び「なるほど」と再び得心の声を上げた。
「にしても、
顎に手を当てて神妙に考え込む夏凛に、千秋が同意する。
「かもな。新年度が始まってまだ二ヶ月も経ってねぇこと考えると、一年坊主の中から光り物を持ち出してくる奴も出てくるかもしれねぇから、ついでにそっちの対策もしといた方がよさそうだし」
「光り物って……もしかしてナイフのこと!?」
悲鳴じみた声を上げる史季に、千秋は首肯を返す。
「退学なんて屁とも思ってねぇ頭のネジが外れた奴でも、入学して二ヶ月も経たないうちにってのは、そうそういねぇからな。でもってそういう奴の中には、人を刺すことを屁とも思ってねぇ奴がけっこうな確率で混じってる」
「今の状況がヒートアップしてくると、そういう子たちの中からナイフでしーくんを……って子が出てきても不思議ではないわね」
普段はおちゃらけている冬華が常よりも真剣な声音で言うものだから、自然、史季の顔色は青くなってしまう。
「こりゃ決まりだな」
夏凛の結論に、コクコクと首を縦に振って全力で同意する史季だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます