【コミカライズ版第1巻&書籍版第3巻発売中!】放課後はケンカ最強のギャルに連れこまれる生活 彼女たちに好かれて、僕も最強に!?(旧題「ヤンキーギャルにケンカを教わることになった件」)
亜逸
第一章
プロローグ
もっとも彼自身、特段いじめに遭うようなタイプの少年ではなく、事実、中学まではいじめとは無縁の生活を送っていた。
身長は同年代の平均よりもわずかに低い程度で、運動神経もそこそこに良い。
頭の良さは、通っていた中学校では上の下程度の成績で突出しているわけではない。
性格もそこそこに人当たりが良く、そこそこに正義感があって、そこそこ以上にお人好しなため、他人に疎まれることもそうそうない。
その史季が、なぜ高校に上がった途端にいじめに遭ってしまったのか……その理由は至って単純だった。
様々な不幸が重なった結果、史季が通う羽目になった高校――
「はぁ……はぁ……はぁ……」
二限目前の休み時間、史季は息を切らせながらも階段を駆け下りていく。
自分をいじめる不良グループに、校舎一階にある自販機コーナーで飲み物を買ってこいと命じられたのだ。
それも、一〇〇秒というタイムリミットのおまけ付きで。
一年生の時は四階だった教室が、二年生になった今では三階になり、そのおかげで多少はマシになったと言いたいところだが、その分タイムリミットが三〇秒も短くなったり、パシらされる回数が増えたりと、史季にかかる負担は実質倍増していた。
学年が上がってまだ半月も経っていないことを鑑みると、これから先どこまで扱いがひどくなるかなんて考えたくもなかった。
階段を下りきり、自販機コーナーに辿り着くも、運悪く目当ての自販機に生徒の一人がジュースを買いに来ていたため待たされることに。
その生徒がジュースを買って立ち去ったところで、史季は即座に自販機にお金を投入する。
不良グループのリーダー格である
ふんだくるようにお釣りを回収し、缶を両手で抱えると、振り返りながらも全力で駆け出そうとした、その時だった。
「うわぁッ!?」
いつの間にやら背後に並んでいた赤毛の女子生徒にぶつかりそうになり、
数瞬後に缶が床に落ちる未来を幻視した史季は、飲み物を自腹で買い直しをさせられた上にペナルティという名の暴行を受ける未来をも幻視し、暗澹とした気分になるも、
「おっとっと……」
女子生徒が、その手に持っていた鉄扇で、三つの缶を全てキャッチしたことに、史季は思わず目を見開いてしまう。
なぜなら一口にキャッチしたとはいっても、そのやり方が閉じた状態の鉄扇の上に三つの缶を縦に重ねるという、大道芸人も真っ青の神業だったからだ。
さらに言えば、先程はタイミング的に絶対に女子生徒とぶつかると思っていたのに、彼女の反応と身のこなしの早さが尋常ではなかったおかげで、ぶつからずに済んでいた。
そんな諸々の出来事をいまだ上手く呑み込めないでいる史季は、仰臥したままポカンと女子生徒を見上げる。
女子生徒は、端的に言えばヤンキーだった。
情熱的なまでの赤い色合いに染めた髪はゴールデンポニーテールでまとめており、口には白い棒――さすがに煙草ではないと思いたい――を咥えていた。
この手の人種がまともに制服を着ているわけがなく、校則など存在すら知らないと言わんばかりに着崩している。
特にスカートの短さはひどく、靴下もプチルーズソックスを履いているため脚線美がこれでもかと露わになっている。
そのため、仰臥している史季は二重の意味で目のやり場に困らされてしまう。
ヤンキーという一点を抜きにして見れば、掛け値なしに美少女な分、余計に。
そんな女子生徒の名は、
入学からわずか半年で、不良校で知られる聖ルキマンツ学園の猛者どもをシメ上げ、名実ともに学園の
そうしてついた渾名が、
「じょ、〝
思わず口から出た言葉に、夏凛はツリ目がちの双眸をジットリとさせながら、心底嫌そうに言った。
「そのダッサい渾名で呼ぶなっつーの。つーか、早くこれ受け取れっての」
言いながら、夏凛は三つの缶の乗った鉄扇を両手で持ち直す。
なまじ重量が一点に集中しているからか、持ち直してなお夏凛の両手は微妙にプルプル震えていた。
夏凛の鉄扇が、扇部分も鉄でできている
学園の頭だからといって、腕力がゴリラというわけではないことに意味もなく安堵しながらも、史季は慌てて立ち上がって三つの缶を受け取ると、
「えっと……その……ごめんなさい!」
缶を抱えながら深々と頭を下げると、脱兎の如く夏凛の前から逃げ去っていった。
褒められた態度ではないことくらい重々承知しているが、それでも、一秒でも早く〝女帝〟から離れたいという思いには抗えなかった。
ある意味では学園一の有名人というだけあって、夏凛が弱い者いじめをするような人間ではないことはおろか、弱きを助け強きを挫くタイプの人間であることは、史季も知っている。
当の本人は「ただ気に入らねー奴をシメてるだけだっつーの」と言っているが、その気に入らねー奴の多くが、弱きを挫き強きを崇める不良どもだったため、必然的にそういう目で見られていることも知っている。
そうやって彼女が不良どもをシメていった結果、世紀末学園と揶揄されている学校の治安が多少はマシになったことも、それゆえに学園内において彼女がかなりの人気を誇っていることも知っている。
だが――
それらを差し引いても、現在進行形で不良の脅威にさらされている史季にとって、小日向夏凛という少女は畏怖の対象でしかなかった。
史季をいじめる川藤は、史季をボコボコにできる程度には強い。
その川藤も、先輩の不良が相手だとボコボコにされるという話だ。
そして夏凛は、その先輩の不良をボコボコにできるほどに強い。
自分をボコボコにできる相手をボコボコにできる相手をボコボコにできる、ボコボコがゲシュタルト崩壊しそうなほどにケンカが強い〝女帝〟を前にして平静でいられるほど、史季の神経は太くできていなかった。
そんな内心のビビりっぷりを表すように、階段に辿り着くや否や
「ふ~ん……?」
夏凛はなぜか、少しだけ眉根を寄せながら見送った。
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