あなたもきっと幸せになることはないでしょう
たちょま
第1話 すべての始まり
「達也お疲れ~」
授業が終わるといつも疲れ果てた顔でカスミは声をかけてくる。
「今日も疲れたね。あの先生の授業、ちゃんと聞いてたのに全然わかんなかったよぉ」
いつもこの調子だが、“どうせテストでは点数がいいんだろ”と皮肉交じりに考えながら聞き流していた。
「ねっ!今日も一緒に帰ろ!」
俺の通う大学は駅からバスで学校へ向かう生徒がほとんどだったが、俺は自転車のほうが都合が良かったので自転車通学していた。
一度気まぐれで駅まで送ったことをきっかけにカスミはいつも駅まで送らせようとするようになっていた。
「無理。バス乗ってって」
冷たくあしらうが、全く引き下がる様子の無いカスミの前に、結局今日も駅まで送ることになる。
たわいもない会話をしながら、いつものように駅に向かっていた。
「彼女とかいるの?」
突然だった。
大学に入学してから、気づいたら仲良くなっていて、一緒に帰るようになっていたが、お互い恋愛について言及したことはなかった。
真面目な声に俺は一瞬ドキっとしてしまった。
「いないよ」
「じゃあ、付き合おうよ」
想像していなかったのと、あまりにあっさりと伝えられたことで無言になってしまった。
「やだ?」
そんなことはなかった。
カスミは誰もが“お嬢様”という印象を抱くほど品があり、学校の中でも目を引く存在だった。それに対し俺は、地方の男子校に通っていたこともあり、ファッションにも疎く、まともに女子と話した経験もなかったのでどう返事をしたらいいのかも分からずにいた。内心、“何で俺なんかと”と思っていたが、ひとまず首を横に振った。
「じゃあ決まりね!今日から私たち恋人だから」
流れに任せてしまう性格もあり、過去にも何度か流れで付き合ったことがあるが、こういうパターンは長続きしないというジンクスがあった。
ただ、カスミの容姿と勢いに抗う術もなく、特に男らしい返事もできないまま、俺たちは彼氏・彼女になった。
「そーいや、サークル何に入るか決めてる?テニスとバスケにしようかと思ってて」
まだ入学したてだったこともあり、深く考えていなかった。
「俺はバスケとダンスは気になってるかな」
高校時代は野球をしていたが、3年生の時に怪我をしてからは学生コーチとなり、友達に誘われ、これも流れに任せる形で趣味程度にバスケやダンスをしていたからだ。
「ダンスかぁ…私には無理かなぁ。でも、うちの大学はあんまりサークル活動しないんだって~」
少し専門的な大学だったこともあり、サークルとは名ばかりで、実際は月に一度集まって、遊び程度の活動をして飲み会をするのがサークルの恒例行事だった。
結局、二人でテニスとバスケのサークルに入り、俺はダンスのサークルにも所属することになった。
それから数ヶ月が経ち、人見知りの俺とは違って社交的なカスミはクラスの中でも人気者になっていった。
【類は友を呼ぶ】
とはよく言ったもので、カスミがいつも一緒にいる三人の女子たちはクラスでも一際目立つ三人だった。
大学に入学して半年後、初めてダンスサークルの集まりがあり、“1回目ぐらいは”と思ってとりあえず参加することにした。
集合場所に行くとサークルの先輩と思われる人たちがすでに集まっていた。
円の真ん中にいた人がすぐに近寄ってきた。
「部長のユウキです。君が達也君?話は聞いてるよ。ダンス経験者なんだって?うちは経験者がいなくて独学でみんな練習してたから助かるよ。これからよろしく!」
話を聞いていくと、どうやら部員のほとんどがダンス未経験で大学から始めた人ばかりであり、指導できる人を探していたとのことだった。
「今年は男女ともにダンス経験者が入ってくれて、これからの活動の幅が広がりそうだ」
「男女ともに?」
今年の入学者で自分以外のダンス経験者がいたことは俺も知らなかった。
「そう、あっちにいるキョウコちゃん。彼女もヒップホップとジャズをずっと習ってたって」
見覚えのある顔だった。いつもカスミと一緒にいるグループの一人だ。
「キョウコです!いつもカスミから話は聞いてたけど、実際に話すのは初めてだね!達也君もダンスしてたんだって?達也君のダンス見れるの楽しみにしてるね!」
キョウコは元気いっぱいで明るいといった部分はカスミと似ているが、ショートカットで普段からストリート系のファッションで通学してくることもあり、見た目の印象はカスミとは真逆のような子だった。
実はカスミから
「キョウコも彼氏できたんだって」
と聞いてはいたが、今は触れないようにしておいた。
サークル活動は前評判通りだった。
夕方まで集合場所で各自が自己紹介などを行い、頃合いを見て居酒屋へ移動することになった。
居酒屋では新入生は先輩たちのテーブルに数名ずつ配置されることになった。俺は最初に挨拶をした部長のテーブルだった。
部長の対面の空いている席に座ると、隣にキョウコが来た。
「同じテーブルだね!」
キョウコが明るく話しかけてくる。
「みたいだね。なんか活動の幅が…って部長言ってたし、何か任されたりすんのかな。めんどくさいの嫌いなんだよね、俺。」
昔から責任を振られるのを嫌っていた俺は、いつもどうにか回避してきたが、“今回ばかりはどうしようもないかも”と悪態をついた。
「二人にこのテーブルに来てもらったのは他でもなく、二人にお願いをしたいからです」
覚悟を決めたような顔で部長は話し出した。
「二人にこのサークルの部長と副部長をしてほしい!」
二人とも予想のはるか上をいく部長の発言に思わず顔を見合わせた。
二人は塞がらない口のまま
「まだ入ったばっかですよ!?」
「そうそう!私たちまだ先輩たちのことも全然知らないし!」
二人の言葉は部長には全く届いていなかった。
「経験者がいない以上、経験者が仕切るのが一番だって他の部員とも話しててさ、みんなそれで納得してくれてるから引き受けてくれないかな」
大衆性を多いに発揮され、ぐうの音も出なくなった二人には頷くしかなかった。
飲み会も終わりに近づき、二次会の話になった。
ダンスサークルということもあり、音楽が好きな人たちが多く、時間的にもカラオケに行く流れになった。
「もちろん達也もキョウコも行くよな!」
俺ら二人に断る余地はなかった。
人数も多かったので、いくつかの部屋に分かれてカラオケをすることになった。
案の定、俺は部長とキョウコと同じ部屋だった。
部長が気持ちよさそうにアニソンを歌っているときにキョウコが肩を叩いてきた。
「私さ、コウスケと付き合ってるんだよね」
知っていたが、知らなかったフリをしておいた。
「コウスケさ、すごくモテそうなタイプじゃん?でも割と一途なんだよね。その代わり、めちゃくちゃ束縛ひどくてさ」
コウスケは大学以外でビジュアル系バンドの活動をしていて、見るからにチャラそうな印象で女に困るようなタイプではなかったので、一人の女の子を束縛するのは意外だった。
というか、何よりどうでもよかった。
「そうなんだ。意外だね」
キョウコは少しムッとした表情をした。
同時に俺は思ったままを言葉にする癖を直そうと改めて心に誓った。
「意外ってどういうこと?」
やってしまった。取り繕う言葉もなく、思ったことを正直に伝えた。
「よくわかってんじゃん」
“助かった”
キョウコは深刻な面持ちで話し出した。
「彼ね、あぁ見えてすごくネガティブなんだ。だから私が男の子と話したり、連絡取ったりするとすぐに“別れるつもりだろ”って言われちゃうんだ」
「そうじゃないって言うんだけど、信じてもらえなくってさ。まだ3ヶ月しか経ってないんだけど、正直しんどくなってきてて……」
カスミから聞いていた話とは全く違う一面に少し驚いた。
「だから普段からさ、周りにあえてコウスケはすごくいい人でって彼に伝わるぐらい言いふらしてるんだよね」
この一言で全ての合点がいった。
一通りカラオケも終わり、部屋の中では横になる人や瞑想している人が増えてきた。
「眠たくなってきたね」
キョウコはおもむろに横になる仕草を見せた。
「ちょっと借りるね」
なぜか膝の上にキョウコの頭がある。
よく分からない状況に唖然としていたら
「頭撫でて?」
更によく分からなくなった。
ひとまず、言われるがまま頭を撫でた。
「よく眠れそう」
キョウコは平然とした顔で言う。
「私すごく目の色素が薄くてさ、裸眼なんだけどいつも写真とか茶色くうつるんだよね。近くで見ると分かるかな?」
キョウコの目を見ようと顔を近づけた。
同時にキョウコは頭を上げた。
「ん……?」
頭を下してキョウコは眠ってしまった。
何が起きたかを理解するのに時間がかかった。
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