都牟刈ーTUMUKARIー/ The flash cut off a lightning

@041109401

始まりの時は

 彼は一見、どこにでもいそうな青年であった。トレードマークと言えばいつからか掛けている少し古びたメガネ。目つきは厳しいそうには見えるがとりわけ悪人面でもない。少しパーマがかった癖毛の髪型をしている。言ってしまえば没個性タイプの外見だった。

 そんな青年は今日も電車に揺られていた。構造物と構造物の間から入り込む日光に車窓を通して、その背中に日が当たる。着ているブレザーにその日の熱が溜まり少しばかり熱い、それも構わず宗志郎かれは左手に持っていたスマートフォンに視線をずっと合わし、何かをインターネットで調べていた。

「やっぱり、あの事は載ってないか。父さん口外は絶対にするなって言ってたし、本当に隠蔽されいるのか。」

 他に乗り合わせている乗客は数名ほどで、乗っている車両は1両編成のワンマン運転のローカル線。ここは田舎である。日の光を遮る構造物も人が作った建物ではなく、まじかに迫る崖やそれよりも大きく育った木々の林だった。ディーゼル車の横に揺れる運転はゆっくりと信州の平野を南へと進めていた。宗志郎が乗っている列車は飯山線、北信州と新潟の長岡を繋ぐローカル線である。彼の目的地は通っている高校。長野市の郊外にある県内ではそこそこ規模の大きい方の学校であった。途中で飯山線から乗り換えて、北しなの線に揺られて目的地の高校へ行く。それが彼の日常だ。

 北長野を過ぎればまばらだった街並みも集い始め、県内の中心地へと至る。そして次の駅である長野駅で宗志郎は降りた。そこから徒歩15分ほどで高校へ着く。

 校門にはいつも挨拶係の先生が誰か立っていた。宗志郎はその先生に軽く目を合わせながら会釈をして挨拶する。先生もそれに合わせて挨拶を返す。 

「おぉ、瀨在か、おはよう。お前もこんな早い時間に登校するとは関心だな。少しは俺のクラスの生徒たちも見習ってもらいたいものだ。」

「いえ、家が遠いのでその分早く来ないと遅刻してしまうので。それで余裕を持ってというか...。早く来てるんです。それにお前も?」

「あぁ、お前の姉も生徒会のようで早く来ていたぞ?」

「姉さんですか。確かに今日は早くに出ていました。今週末のボランティア活動の準備でもしていたんでしょう。」

「そうか。ご苦労様だな。」

「ええ。では俺はこれで。生徒会室に顔出してきます。」

 

 先生との会話を済ませると宗志郎は下駄箱で靴を履き替え、階段を登って二階にある生徒会室に向かった。この時間はまだ登校している生徒の数も少なく、朝の静けさに満ちていた。そんな廊下を歩き、生徒会室の扉を開ける。

「失礼します。姉さんいる?」

「あら、宗志郎。あなたも早くに来てたのね?」

「おっ!愛美の弟か。おはよ!」

 そこには二人の女子生徒が生徒会室の中心にあるテーブルに挟むようにパイプ椅子に座っていた。机には湯飲みとお茶の入ったポッドが置かれ、どうやら雑談をしていたようだ。

「宗志郎、美奈とは一緒に来なかったの?」

「うん。多分、アイツなら家を出るときにはまだ寝てたぽっいから、今頃父さんの怒号どやされて慌てて来てると思うよ。」

「そう。あの子の寝坊癖もどうにかならないかしらね。」

「一応、ノックはしてきたけど....どうだろね?」

 宗志郎はそうすると一人の座っていた女子生徒の隣のパイプ椅子に腰を掛け、会話に入る。その女子生徒がさっき先生が言っていた宗志郎の姉 愛美あいみだった。右腕に「生徒会長」のワッペンを掛け、宗志郎にお茶を差し出す。

「はい、これ。」

「ありがと、姉さん。」

「美奈も来年には成人にも最高学年にもなるんだし、どうにかしてもらいたいものね...。」

「ねぇ、。愛美の家族って弟君含めて何人いるの?」

 すると、もう一人の女子学生が姉弟の会話に入ってくる。その右腕には愛美と同じく、「書記」と書かれたワッペンをつけていた。

「あっゴメンなさい橘さん。勝手に身内の話を始めちゃって。」

「うんん、イイよ。私、一人っ子だし。こういうのなんか見慣れてないから新鮮で。」

「そう。それなら良かったわ。」

「ところで何人いるの?姉弟妹って。」

「えっと..。私が一番上の長女で。」

 橘が愛美の方を見ていた視線を宗志郎の変えて、向く。

「ん?あっ。それで俺が2番目で長男。それで3番目の美奈とは双子です。」

「最後に下に奈々っていう末っ子がいるの。まだ中学生だどね。」

「ふーん。三女一男って訳か。今の時代からしたら四姉弟妹って結構珍しいよね。」

「そうね、うちは一家を含めたら十数人は家系に同じな苗字の人たちが親戚でいるのかな?」

「..多いなぁ。さすが、ここら辺の名家だけあるね。」

 そうすると宗志郎を飲みながら、さっきの先生との会話である事思い出してた。一旦、茶飲みを机に置いて愛美に視線やる。

「そうだ姉さん。今週のあの式典って学校ていうか生徒会として参加するの?」

「あら、宗志郎にはまだ詳しいこと話してなかったわね。私は橘さん達と生徒会として参加するわ。式の後にあなた達と落ち合うつもりだけど。」

「..そうなんだ。俺は父さん達と一緒に行くよ。んじゃあその後だね。」

「あれ。弟君も家族ぐるみで参加するの?もしかしてあの事件の関係者だったり..。」

「えっと、そうね。まぁ少しばかりね、私達も関係はしているのよ。だからあの式典にはしっかり参加しとかなくちゃってね。」

「...そうだったんだ。何かゴメン。愛美も弟君も。そういうつもりじゃないんだ。」

「いえ、お気になさらず。別にそこまで重く関わって訳じゃないので、姉さんも空気重くしすぎだよ。」

「えぇ。ごめんなさい宗志郎、考えすぎだったわね。確かに物心つく前の出来事だし、当事者ではないしね。」

 いつの間にか時間が立っていたのか少しばかり、空気が重くなった生徒会室に学校の鐘がなった。朝の朝礼の15分前の合図であった。愛美はこの合図を聞いて立ち上がる。それに連なり、宗志郎も橘も立ち上がってパイプ椅子を机の下に入れた。

「えっと。ごめんなさいね橘さん。私の悪いクセかも。」

「ううん。お嬢様で生徒会長だもん、気難しくなることだってあるよ。私も少し考え直した。今週末の式典のボランティアは改めてしっかりやるつもりだよ。だから、ね!」

「橘さん...ありがとうね。」

「んじゃ。私、今日係の当番の日だから、ちょっと先に行ってるね。」

 そうすると橘は二人の前から小走りで彼女の教室へ向かっていた。生徒会室に残った二人も自分たちの荷物を持ち、部屋を出る。愛美が部屋の鍵を締めると教室へ向かった。

「ねぇ、宗志郎。あの事って覚えてる?」

「俺は...あんまり口には思い出したくないけど、覚えてるよ。姉さんも?」

「...えぇ。はっきりとした記憶はないんだけど、でも幼少の記憶の中では一番覚えてるかな。」

「そっか。俺は確か3歳だったけど..なぜか。不思議とね。本来、幼少の記憶って10歳前後を過ぎると段々薄れていくって言うけど、今だに夢に出てくる。」

「...そうなんだ。それくらいトラウマっていうか強烈なものとして怒ってるのね。」

 結局、あの重い空気感から抜け出すことはなかった。その空気を背負いながら宗志郎と愛美はそれぞれの教室へと別れた。

 

 宗志郎が教室に入ると、既に朝礼の10分前になっていたので教室はクラスメイト達がおり、生徒会室での静けさとは逆に賑やかになっていた。自分の席に着くとすぐ朝礼が始まり、1限目の授業を迎える。彼の席は西側の窓際の席。常に日光と校庭の景色が視界に入るところだった。

 時折、換気のために開けていた窓から風が吹いてくる。外の匂いが来ると同時に開いていたノートや教科書の紙が風の勢いでページが変わる。先生の授業聞き、板書をノートに書きとる。そうしている内に日に当てられた消しゴムのシルエットが変わっていった。時間が進み、時計の短い針が天辺を通り過ぎていた。

 昼休みの時間になっていた。


 ようやく授業を終え、メガネを外して眉間に手を当て、背筋を伸ばして一息つく。荷物のカバンからスマートフォンと学生証を取り出してズボンの下のポケットに入れる。

「んっ...フゥ。ハァ。ようやく昼か。そろそろ学食に行くか。」

「おい、宗志郎準備できたか?」

「早くしねぇと混から先に行くぞ。席は取っとくけど。」

 二人の友達が宗志郎を誘いに来た。いつも連んでいる拓馬たくま隼人はやとだった。

「あぁ、もう準備できた。今いくよ。」

 そう言って宗志郎は席から立ち上がり3人で階段を降り、1階の学食のあるフロアに向かう。学食のところでは人だかりがすでに出来、並び始めていた。

「うげ、もう混んでやがる。さっさと入らないとまた地味なメニューしか残らなくなる。」

「だな、ならぼ。ならぼ。おい、宗志郎こっちだ。」

「確かにこれは早くするのが吉だった。」

 結局、3人は数分ほど並ぶことになり喋りながら時間を潰した。この学校では学生証が学食の発券カードの役目を兼ねており、それを自販機の要領で発券する。更に数分ほどしてようやく3人は昼食にありつけた。

「あぁ....欲張りすぎて大盛りにするんじゃなかった。次、体育だったの忘れてた。なぁ、隼人、宗志郎。これ少しもらってくれないか。体育で胃が持つ気がしないわ。」

「おいおい、自業自得だろ。この量はやりすぎたな。まぁ、少しくらいならもらってやるよ。」

「すマン頼むは。宗志郎もいいか?」

「そこまで言うのなら、いただくよ。」

 拓馬の盛りつけすぎた昼食は2人でもらい分けながら食べ進めていると、隼人が話を切り出して来た。

「そういやまだ今週末のボランティアって受付してたか?なぁ、宗志郎、拓馬覚えてるか?」

「生徒会が行くってヤツか?確かまだ後、二日くらいは受け付けてるって教頭が言ってたぞ。」

「どうしたんだ?普段の隼人ならそういう話題は話さないだろう。」

「いやぁ、そろそろ進路のこととか考えなくちゃいけないって先生話してたじゃん。それで、俺って部活以外で高校生活での貢献活動てっいうか、そういう行事の参加の肩書き一切なくてな。」

「そういうことかよ。それなら俺だって変わんねぇよ。部活しか高校入ってからは打ち込んでないよ。」

「違えよ拓馬。お前は部活動じゃずっとレギュラーで公式戦で結果出してるじゃん。俺はようやくレギュラー格になるのに精一杯だ。それに宗志郎は名家の跡取りか、肩書きがしっかりしてるってこう考えてみるといいよな。」

「隼人、俺は別にそんなんじゃないよ。跡取りちゃあ、そうなるけど...。そんな大袈裟なことじゃないさ。」

「家柄があるってすごいことだと思うけどなぁ。」

 3人でそんな内容の会話を続ける。そんな話はいつしか式典の話えと変化していった。宗志郎は少しばかり下を向き、黙り込む。

「なぁ、隼人。そのボランティアで行く式典って何なんだ?それくらいは知ってるんだろ。宗志郎も知ってるか?」

「ええと、慰霊式典だったかな。確か15年くらい前に起きた何かの事件だったってことは覚えてる。」

「もしかして松代事件?」

「そう、その名前の事件だったと思うわ。....ん?宗志郎も知ってるか?」

「んっ。あぁ、身内に少し関係者がいてさ。少し考え事してた。」

「..そう..なんだ。でも松代事件って何が起きたんだ?」

「確かに大きい事件ってのは聞いてるけど、真相とかは伏せられてるイメージがあるし。」

 その宗志郎の影を落とす表情を不安がりながらも、話の真相を2人は聞いてくる。それに宗志郎は淡々と説明を始める。

「今から、13年前のことだよ。だから俺たちが生まれて3歳の時だ、松代の外れの方にある集落で起きた大規模な行方不明事件。30人以上が一夜で消息を跡形もなくたって、300人以上の死傷者を出した事件。しかも現場一帯は大規模火災に見舞われて、不明の致死性気体が充満してたって言うし。そんな事が起きたもんだから犯人はオカルト集団とか某国の諜報員とかいろいろ謀略の説が多い。」

「それで事件の真相ってのはどうなったんだ?」

「捜査結果は証拠不足で、迷宮入り。だからいろんな風説が都市伝説として一人歩きして今にこうなってるんだ。」

「ふうん。詳しいんだな宗志郎、この事件についてよ。」

「父さんが捜査協力の時に聞いた話をここでしただけだよ。あの時は俺も松代にいたんだ。」

 宗志郎から話さられる内容に2人は唖然とする。その疑わしい事件の話に。宗志郎も何となくそれを察していた。その事件があまりにも不可解であることをよく知っているからこそ。

「...それが今週末で13年経つってこと。だから慰霊式典が

行われる。行方不明の30人の人達も書類上だと事実上の死亡認定を受けているだろうし。」

「...そうだったんだ。結構重い話だったな。ありがとうな宗志郎、何となくで参加する話でもなかったな。」

「いいんだ隼人。俺も事件を知ってもらえばそれでいいんだ。」

 3人は昼食を半ほど食べ終え、別の話題に話を切り替えていたところから別の友人が宗志郎に話しかける。

「あっいたいた。おい、宗志郎。お前の妹がお前のこと探し呼んでたぞ。」

「美奈が?..お呼び出しか、分かった、今いくよ。」

「おっ。妹からの呼びつけか?相変わらず振り回されてるな。」

「うん、そういうことだから。ゴメン拓馬、隼人。先に食べて行ってくるわ。」

「おう。お疲れ様。」

「また後でな。」

 宗志郎はそうすると急いで昼食をかき込み、お膳を片付けて妹の美奈のところへと向かった。呼び出されたのは3階の踊り場であり、階段を駆け上がる。降りてくる生徒を避けて、美奈に話しかける。

「美奈、話ってなに?」

「あっ、宗志郎。ようやく来たのね。今日ちょっと慌てて来たから生徒証忘れちゃって。だから午後の間、少しかして?」

「そんな事か。まぁ、それだったら良いけど。はい。」

 宗志郎は来ていたブレザーの脇ポケットからさっと自分の生徒手帳をそっと美奈に差し出した。それを美奈をパッと取って、スカートのポケットに入れた。この学校では生徒証は証明証としてだけではなく、ICチップが入れられ校内での電子カードや保険証のような複合的な使用目的を持つものだった。

「ありがとう。これで午後の体育でレンタル出来るわ。」

「体育の持ち物まで忘れてたのかよ.....。」

「えぇ。宗志郎が家出た時も寝てたでしょ。その後、母さんの怒号起こされて、慌てて来たからいろいろ荷物の準備確認できなくて。」

「父さんじゃなくて母さんだったか...。ちゃんとしてくれよ。寝坊も大概にしろよ。」

「何度も言ってるじゃん、朝は苦手だって。」

「はぁ..。まあいいや、放課後になったらちゃんと返してくれよ。」

「分かってるわよ。ちゃんと返すから。」

「気分気のままだな。」

「そう?」

「そう。」

「....ねぇ、宗志郎。もう少し付き合ってくれない?」

「...?まぁ、まだ時間あるからいいけど。」

 とりあえず本来の目的を果たす事ができた美奈は宗志郎を屋上に誘う。2人は3階の踊り場からまた階段を上り、普段からフリースペースとして開かれている屋上へ出た。そこは自販機とベンチだけが置かれている何も無い場所だが、景色は良く、長野の中心街の建物と果てしない信州平野が延々と続いていた。

 宗志郎は屋上のベンチに腰掛け、生徒証で買った炭酸を飲む。美奈はフェンスに腰に寄りかかり、景色を軽く眺めながら宗志郎に話しかける。

「今週末の話って聞いてる?」

「どうしたんだよ急に。俺は父さん達と一緒に行くことにしてる。姉さんは生徒会のボランティアでって。美奈は?」

「私もお父さん達と行くわ。」

「んじゃあ一緒か。でもどうして?」

「なんかあの事件の起こった季節になると不思議と思い出すのよ。」

「美奈もか。やっぱ姉弟妹で考えることは同じだな。」

「お姉ちゃんも?」

「うん。姉さんも今朝、生徒会で橘さんと話して松代事件のこと話題に出てたら暗い顔してたし。」

「そう...なんだ。ねぇ、宗志郎?おじいちゃんが弱ったのって松代事件以降じゃなかったっけ?」

「先代が?老衰が激しくなったのはあれくらいからだったね。」

「何か関係してるのかな?」

「さぁ。時期は近いけど、考えすぎじゃない?」

「そうかなぁ。....でも何となくそんな気がするのよね。」

「なんとなく、かぁ。勘がそう言ってるの?」

「わかんない。でも、それに近いかも...私もお姉ちゃんも奈々もそういうのあるんだよね姉妹で。だから今朝、お姉ちゃんが暗い顔してたのもそれがあるんじゃない?」

「そう....なのかな。予感が働きやすい体質?」

「宗志郎も、そういうのある?」

「予感より直感だったらあるかな。体育の時とかこっちの選択取ったらマズいなって。パッと来て、パッと消える奴だからわかんないけど。....後、霊感体質は否めないかな?」

「見えるんだ。」

「美奈は?」

「私も。」

「....。やっぱ俺たち兄妹だな。」

「確かに。」


 キーンコーンカーンコーン

 

 鐘がなった。昼休みを終える鐘である。2人は同時にその音を聞いて屋上にある時計を見た。

「あっ。もうすぐ4限が始まる時間じゃない?宗志郎そっち大丈夫?」

「ヤバいこっちも体育だった。早く急がないと!」

「バイバイ、気を付けてね。時間に間に合うといいね。」

「ったく。そっちの忘れ物の尻拭いで遅刻は最悪だ。帰ったらなんか奢れよ!」

「覚えていたらね。」

 宗志郎は急いで階段を降りた。少しふと振り向けば美奈はゆうゆうと宗志郎が置いていった炭酸の空き缶を捨てて階段を歩いていた。

 教室についた宗志郎は急いで更衣室で着替えてグラウンドに向かう。着替える途中、更衣室には誰一人として居なかった。静けさが不安を掻き立てる中で、なんとか4限の授業に遅刻せずに間に合った。普段、自分が立つ列に位置に急いで立ち、整列する。


「な..なんとか..。なんとか間に合った。ハァハァ。たく、美奈のやつ。」

「加藤、紀伊、小牧、島、瀬在いるか。」

「は..はい。」




 体育の時間が過ぎ、やがて今日の授業は終わった。美奈から生徒手帳を返され、放課後の時間、宗志郎は一人でさっさと学校をでた。

 そして、長野市街の道路に出ると駅のある中心とは少し離れた場所のエリアに向かう。そこはマンションや少し高いビルが立ち並ぶエリアだった。取り分け、このエリアは長野市街でも一番高い高層マンションが存在し、そのマンションからはどの方角も満遍なく景色を見渡せる。宗志郎はその高層マンションに入る。そのマンションの名は「信濃ハイム」。彼はその信濃ハイムのキーを持っていた。一見すると住人ではない人が住居に侵入してくるような光景だが、そのマンションの玄関口にある「定礎」の文字が彫られているプレートには「瀬在」という文字も一緒に彫られていた。ここは瀬在家の所有する建物の一つであった。

 宗志郎は慣れた要領でエレベーターに乗り一気に最上階に登る。そのエレベーターの表記には「38階」の表記がディスプレイされていた。エレベーターを出て、開かれた広い吹き抜けの部屋に出る。その部屋は広さや装飾品などからして客人を招く為のVIPルームであることは想像に難くなかった。しかし、宗志郎はその部屋に目もくれず、奥にある階段に進んで廊下の奥に行く。段々と窓からさしてくる光の光量が少なくなり、廊下はくらい。最奥にある扉を宗志郎は開く。

 

 開いた扉の先には強い風が待ち受ける。そこは外だった。信濃ハイムの最上部、上空から見ればヘリポートと認識できる大きい開けたスペースが屋上の中央にあった。宗志郎はヘリポートにつながる階段を上り、建物の中心軸の辺りで立ち止まる。そして、スッと掛けていたメガネを取り、ブレザーのポッケにしまう。その瞳を眉間に力を入れると同時に虚に視線を合わせた。

「やっぱり。色が変わってる。」

 手を空に上げ、掌を広げる今度はそれに視線を合わせた。風が吹く中で宗志郎は微動だにせず「ソレ」を測り続けた。

「....流れも変わってる。....近いな。場所は、戸隠?いや野尻湖か?...やっぱり九頭龍....というよりかは戸隠山がポイントか。」

 今度は上げたその掌を「ソレ」の流れている方向に向かって手を下げる。弧を描き、その流れの源流の方向に手が下がった。信州を一望出来る高層マンションの屋上で指し示されたその方向は県の北側、それも相当な秘境と言える九頭龍や戸隠の方向だった。ここから直接、それらの山が見えるというわけではない。ただ、生まれ育った場所の土地勘と「ソレ」の流れが正確に言い当てさせた。

「...いにしえの霊山、普段ならあんな流れが澱むようなことはないのに。...本当に来るんだ。あそこから。」

 宗志郎はその方角を鋭い目つきで見つめる。今はソレが来ない。だけど近いうちにあの松代のときみたいに、という予感が宗志郎の心の中で蠢いた。

「んっ。電話......。父さんから?」

宗志郎のブレザーの内ポケットに入れていたスマートフォンから着信音がなる。電話の相手は宗志郎の父、宗睦であった。宗志郎はすかさずスマートフォンを取る。

「もしもし。父さん。」

「出たか宗志郎。今どこにいる?」

「父さん...今、信濃ハイムの屋上にいるよ。」

「...そうか。何か変わったものでも見えたのか。」

「ずっと見えてたよ。今日、1日中ね。空の色が変わっていた。の色と流れが、姉さんや美奈も何となく感じ取ってたと思うよ。」

「....やはり、お前には変わって見えたか。今日の空は。」

 宗志郎は今日、1日を通してずっと空を観察していた。彼には見えないものが見えた。別に幽霊などその類のものに近いかもしれないが、もっと根本的に人とは相容れないものだ。彼はそれを「妖気」といった。その妖気は今日、信州平野の空を不気味に流れていたらしい。とある霊山くずりゅうから。

「正確だな、お前の目は。」

「父さん?..どうしたの?」

「今朝、防衛省管轄で松本の駐屯地からの報告がきた。妖気の異常の濃度の異常レベルの値を示したそうだ。」

「...それって!」

「奴らがじき目覚める。妖隗ようかい、俺たち瀨在一族の宿業、この現代に逆行して蠢く魔性の存在。宗志郎、お前は奴らを切ることができるか。」

「....。切るさ。切ってみせる。断ち切ってみせる...もう13年前の悲劇はごめんだ。」

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