第2話 罪が財貨の街

「君たちはこの国に来る前にどれだけの罪を犯してきたんだい?」



開口早々、門番にそう尋ねられた。


「え、罪?」


「ああ。君たち旅人にはそう聞くのが通例なんだ」


「ハナどうする? 正直に答えちゃう?」


半透明の少年はその小さな少女に問う。


彼女の名前は華蟷螂。


黄緑色のワンピース姿の女の子で、背中に大きな鎌を担いでいた。


「うん。正直に答えるよ。だって、もう野宿はいやだもん」


白い装束姿の少年は、少し長めの茶髪を揺らせながらため息をついた。


「そうだね。殺人、強盗、窃盗、暴行、詐欺、誘拐。あとは……わかんないや」


「放火もだね」


「おお! それは素晴らしい!」


門番は笑みを浮かべた。


「この国では罪が通貨となっているのです。これだけの外貨を持っている旅人は珍しい!歓迎します!」


門番は二人を中へ通した。


そして、大量の金貨を渡してくれた。


「どうぞお好きにお使いください。この国では罪が通貨です」


二人はその金貨の重さに驚いた。


「……これだけあったら、なんでもできちゃうね。どうする? この国に移住しちゃう?」


「忘れないで。あくまでも目的は敵討ち。あの男の情報が少しでも集まれば……!」


「でもまあ、とりあえずは宿屋だね。情報集めはそこでゆっくり……」




ドガァアアアアン!




突然、大きな爆発音が二人の会話を遮った。


その方向を見ると、黒い煙が見える。


どうやら宿屋からのようだ。


二人は急いで現場に向かった。


するとそこには、宿屋の前で倒れている少女とそれを介抱する少年の姿があった。


「建造物破壊、おめでとうございます」


駆け付けた救急隊員らしき人たちと一緒に、軍服らしき姿に身を包んだ複数人の人間の姿があった。


彼らはその建造物破壊をした人間に対し、袋を出した。


「被害者は二名。金貨二十枚です」


「へへっ。ありがてぇや」


担架で運ばれる少女は、どこかへと連れられて行った。おそらく病院だろう。


「狂っている」


華蟷螂は呟いた。


「うん。でもどうして、罪が通貨になるのに、こんなに治安はいいんだろうね。ハナ」


自分達がこの国に来た時に一度疑ったように、犯罪が多発していてもおかしくはないはずだ。


宿屋の目の前にいたあの少年も、見たところかなりの重傷を負っている。


しかし、目の前の軍服の人間たちは笑顔を浮かべながら、宿屋の前で騒いでいる。


店の中にいたお客さんたちも警察らしき人間たちに誘導されて外に出ている。


中には店を壊してしまった男性に感謝をしている人もいるくらいだ。


「あの! お姉ちゃん旅人ですか? 助けてください!」


介抱していた少年がこちらへと走ってきた。


ハナは一瞬だけ背中に手を伸ばすも、彼に敵意がないことを悟り、彼と同じ目線になるよう膝を地面へと置いた。少年の両手は擦り傷でいっぱいだった。


「大丈夫? 薬草いる? いっぱい持ってるから」


少年は首を大きく横に振った。


そして、彼はハナの服にしがみついた。


その衝撃でハナはバランスを崩し、尻餅をついてしまうが、ハナは少年を優しく抱きしめた。


その彼の体は震えていた。


きっと怖い目にあったのだろう。


しかし、なぜ彼がこの宿屋の前にいたのだろうか? ハナと半透明の少年は顔を見合わせるが、答えは出ない。


「この街のせいで……お母さんが……お母さんが」


少年は涙をボロボロと流していた。


そして、彼はハナに泣きついたまま言葉を溢し始めた。


ハナは彼の髪を優しく撫でながら、彼の言葉を聞いていた。


少年の後姿を見つめていたが、ふと再び宿屋へと視線を戻した。


そこにはもう誰もいなかった。


ただ瓦礫の山があるだけ。


ハナの服にしがみついたまま、泣き続ける少年を立ち上がらせると、ハナはその宿屋へと近づいた。


瓦礫の山となった宿屋。


「どうしよう。宿屋が無くなっちゃったんじゃ、僕たち休めないよ」


ハナは少年に一枚の金貨を渡す。


「泣き止んで。これで泊まれる宿屋さんに移動しよう。場所、教えてくれるかな?」


ハナは微笑む。しかし彼女が持っている金貨の数を見て、驚愕の表情を浮かべた。


「大罪人……!? どうして旅人がこんな大金を持っているんですか!」


彼はすぐさま、その金貨をハナに返す。


「あんたたちはこのブロックにいていい人間じゃない!最下層の罪に汚れてる!」


彼は金貨を握りしめたハナの手を払い、駆けだした。


その顔は涙でグチャグチャだった。


「あーあ。行っちゃったね。また今日も野宿?」


「勘弁してよ。もう……あ、でも」


ハナは宿屋の瓦礫の山から、あるものを見つけた。


それは、この国の地図だった。


「へぇ……罪によって住むことができるブロックが決まってるんだ」


ハナは、この国の仕組みをある程度理解すると、地図を眺めながら言葉を漏らした。


「なるほど。罪が多い人間、大金持ちは最下層のブロック、そうじゃない人々も分類させて、住めるブロックが決まってるんだ。なるほど。たしかにそうすれば、犯罪と治安の両方を維持できる。よく考えられてるね」


「でも大金を持っている人ほど治安の悪い生活をしなきゃならないのは本末転倒じゃないかな?」


「知らないよ。それがこの街のルールなんでしょ? 」


「大金持ちほど、資産を守るために警備員を雇ったり、金庫を買わなきゃいけない。ダイヤとかで資産を守るのもいいね。でも、警備員が裏切ったり、金庫や装飾品が偽物の可能性もある。本当に、お金が信用にならないパラドックスだね」


二人は納得をしながらも、頷いた。


「じゃあ、その治安の悪いブロックでねぐらを探そうか。とりあえずハナは身体を休めなきゃ」


「そうだね。じゃあ行こうか」


ハナは地図を折りたたんで、それをポケットにしまった。


この国では東西南北に四つのブロックに分かれていた。


一番治安のよいAブロックから、逆に治安の悪いDブロックまで。時計回りに分かれていた。


そしてAブロックとDブロックの間には、大きな壁で遮られているのだ。


ハナたちがいたAブロックからDブロックへと移動すると、門番に睨まれた。


しかし賄賂を渡すと、笑顔で入れてくれた。


「賄賂も悪いことだけど、こんな軽微なものじゃ、金貨は貰えないんだ」


「派手な罪を犯す必要があるんだね。さっきみたいに建物を壊すとか?」


軽口を叩きながら門をくぐると、まず強烈な異臭が漂ってきた。


「な、なにこれ?」


二人はあまりの異臭に鼻をつまむ。しかし、その臭いは鼻だけではなく目や口にも入り込んできた。


彼女は目をこすりながら辺りを見渡す。


するとそこには、地面に寝転がり、まるで人間とは思えないような奇声を発する人々の姿があった。


「これは……」


「狂ってる」


ハナと半透明の少年は同時に言葉を漏らした。


彼らは皆一様に痩せこけており、目は虚ろだった。


そして彼らの服には不釣り合いな、装飾品……それも高価なものばかりで身を包んでいた。


「これじゃあ宿屋どころじゃないね。一回戻るか、それともまた野宿するか……」


「ハナ、あそこ」


半透明の少年が指さした先には、大きな屋敷があった。その屋敷には、まるでおとぎ話にでてくるような立派な門があり、そこから中が見渡せた。そこにはたくさんの人々がいる。


「あの中に宿屋があるかもしれないね」


「うん!行こう!」


二人はその屋敷の門を潜った。


するとそこには、先ほどの街とは打って変わって、綺麗な庭や建物が広がっていた。


しかし……


「これは……」


「ひどい」


その庭や建物には、たくさんの人が倒れていた。


皆痩せこけており、目に生気がない。


「薬物中毒、でも、これ、村にいたときと見覚えがある」


「うん。故郷の村で見た薬物中毒と同じ症状だよ」


もしかして、両親を殺したあの男が関わっているかもしれない。


そう思った彼女は、その屋敷のドアを勢いよく開けた。


「あの! 誰かいませんか!」


ハナは屋敷中に響き渡るように叫んだ。


すると、奥の方から一人の男性が現れた。


どうやら家主らしい。


「旅の者か。すまない。今この屋敷は閉鎖中なんだ。また日を改めて来てもらえるかな」


「あ! あの!」


そんな華蟷螂の声も聞かず、家主はドアを閉めてしまった。


「ここで出回っている薬について知りたいんです。あと、今日の宿も」


そう言うと、再びドアが開いた。


「そういうことなら仕方がない。どうぞ。中へ」


家主も疲れた表情をしていた。


そしてハナと半透明の少年を屋敷の中へ案内した。


その屋敷は、一言で言えば「豪華」だった。


床はフカフカな絨毯が敷き詰められており、天井にはシャンデリアがあった。壁紙もとても綺麗で、まるでお城のような雰囲気だった。しかし、やはり目に入るのはその床に倒れている人々だ。


「……これは?」


「この屋敷の主人だよ」


家主の男性はそう言うと、一番豪華な椅子に腰かけた。


「部屋が余っている。金貨を差し出せば、泊めてやらんでもない。金貨四枚だ」


それくらいの余裕ならある。


彼女が首を縦に振ると、家主の男性はため息を吐き、テーブルの上にあるコップの水を飲み干した。


「この国は、どんな薬物が流行ってるのですか?」


ハナの質問に、家主の男性はゆっくりと口を開いた。


「そうだな……君はアセトアミノフェンという物質を知っているかい?」


「鎮痛剤の一種だね」


半透明の少年は呟いた。


「この国では簡単に買うことができる。そして、ある特殊な方法によって……それは毒にもなる。その毒は……この屋敷の主人のように、人を狂わせる」


「え?」


ハナは驚いた。


「それってどういう……」


しかし家主の男性はそれ以上何も語らなかった。


そして、ハナは金貨を四枚渡した。


「さあ、もういいだろう。私も仕事があるんだ。研究のね」


彼はハナと半透明の少年をとある部屋へと案内した。


「その薬……いや、毒は水溶性だ。それに少量でも簡単に人を狂わせることができる。例えば……井戸に入れるとか」


家主の男性は、その部屋の棚から瓶を取り出した。


「ほら。水に溶かすとすぐに溶けてしまうんだ。だから、井戸に入れても誰も気が付かない」


ハナはその小瓶を受け取った。


すると半透明の少年が口を開いた。


「でもさ……そんな簡単に手に入るなら、みんな使ってるよね?」


「この国の……特にDブロックは酷いものだが、Aブロックも関係ない。なんせ、人からそれを奪って、犯罪が金になって、そして薬物によって多幸感を得る。そしてまた犯罪に走る。金が手に入る。そんな負の連鎖が、この国を蝕んでしまった」


家主の男性は頭を抱えた。


「この毒は……この国の罪なんだ。誰も裁くことができない。だから私はそこで研究をしているんだ」


ハナは小瓶を握りしめる。


そして、半透明の少年にこう告げた。


「明日、この国を出よう」




翌日。


ハナと半透明の少年は、屋敷を出ようとした。


「ありがとうございました」


ぺこり、とお辞儀をして、持っていた金貨百枚程度を全て豪華なテーブルの上に置いた。


そしてDブロックと外の世界を遮っている壁の門番に、旅人が外の世界に出ることを告げると、彼らはなんの疑いもなく、ハナたちを通してくれた。


「本当に……いいのですか?」


門番はそう言ったが、もうハナと半透明の少年は外の世界へと歩き出していた。


そして、Dブロックから出ようとしたその時だった。


「待て!」


後ろから声が聞こえた。


振り返ると、そこには昨日の門番がいた。


「その旅人を捕まえろ! そいつは大罪人だ! 金を渡さなければならない!」


彼はそう叫ぶと、腰に差していた剣を引き抜いた。


しかし、ハナはそんな剣など眼中にせず、背中から大鎌を取り出し、遠心力を使って彼の足を切断する。


悲鳴とともに彼はその場に倒れ、その切断された足から勢いよく血が吹き出てきた。


「は?」


ハナの攻撃は予想外だったのか、他の門番たちも動かなくなった。


そのまま、他の人間の身体を刈り取る。


回りながら、首を、腕を、膝を、足を、次々に切断する。


そして、四人とも無力化させたときだった。


「おい! なにしてんだ!」


警備隊が駆けつけたのだ。


ハナは鎌をしまい、ぺこり、とお辞儀をした。


「お金はいりません。だから、この人たちを、罪のない人々を供養してやってください」


ハナがそう言うと、警備隊は驚いた。


「え? でも……大罪人って……」


そんな彼らにもお辞儀をして、ハナと半透明の少年は再び外の世界へと歩き出した。


「いいのかい?」


半透明の少年はハナにそう尋ねた。


「うん。いい」


二人は手を繋ぎながら、外の世界へ再び歩き始めたのだった。


「あ、そういえばさ」


ふと、半透明の少年は口を開いた。


「あの家主の人、なんであんな薬の研究をしてたんだろう?」


「それは……私もわからないよ」


二人はもう後ろを振り返ることなどなかった。


「アセトアミノフェン、それがあの男を繋ぐ鍵になるのかもしれない」


ハナはポケットの中に入っていた、小瓶に手を伸ばした。


「あ」


少しばかり金貨が残っていた。


「しまった。全部置いてきたつもりなのに」


「どうする? 返しに行く?」


「いやいい。別に犯罪で手にしたお金なんて、いらないよ」


「それもそっか」


二人は、外の世界へと歩き出した。







復讐は、果たして罪なのだろうか。


あの国ではいくらの金になるのだろうか。


二人は知らない。でも、敵討ちの旅は、まだ始まったばかりだ。

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