妖精の噂を証明せよ4

 フィクィさんが去っていった後、少ししたら、シャロさんはムクッと起き上がり、たぬき寝入りをしていたことが分かった。そしてこう一言。

「……質問は?」

「いっぱいありますよ」

ボクは、順を追って説明してほしいとお願いする。

「そうだね。……ったく君は知らないとはいえ、厄介な問題に関わらせてくれたね」

「厄介な問題?」

そう不機嫌そうに言ったシャロさんは、マリィさんに向けて手を差し出す。マリィさんは何も言われていないが、スッとポケットから棒付きキャンディを取り出し、シャロさんに渡すのだった。

シャロさんはそれを咥えると、カランと一回口内で鳴らし、話し始めた。

「とりあえず、トワソン君。具合はどうだい? 酔いは冷めたかい?」

「酔い? まだ少しだけ頭が痛いですけど、大丈夫ですが……」

「そうか。ならいい。まぁ少量だろうし、帰る頃には頭痛も治まるだろう。」

と、シャロさんは再びマリィさんに手を差し出すと、マリィさんはポケットから小さな透明の容器を出し、シャロさんに渡した。

「これ、なんだかわかるかい?」

「え?」

よく見ると、中に粉らしき物が詰まっていて、その色は不思議と見る角度で変わっていた。

ボクは何処かで、この変わる不思議な色を見た気がしていた。

「あっ、これって……、妖精の羽根?」

「半分正解だ。正確に言うなら、妖精の羽根から落ちる鱗粉りんぷんと言ったところか。」

「へえ……。鱗粉自体に色がついているんですね。すごい」

「君ねぇ」

と、呆れ顔でシャロさんは言った。

「これは、普通に流通している物だよ。シェカントでも買える。」

「そうなんですね。知らなかったです。」

「そうだろうね。あまりにも知らなさそうだ。」

シャロさんは、呆れ口調のまま続ける。

「この世界の一般常識的として教えるが、これには作用がある。そのための品物でもあるが……」

「作用ですか?」

「あぁ、妖精の鱗粉は『幻惑』作用を持っている」

「幻惑、ですか」

「そう。普通は魔物討伐やらに役立てて使うんだろうね。君はそれを被ってしまったのだよ。」

「え、どこで……」

と言いかけて自分の行動を振り返る。

被ってしまった。のなら、妖精の羽根が動いたとき。それはつまり──

「あ…………」

確かにボクは至近距離で羽根を見てしまっていた。好意による事故という他ないが。

(なるほど、それでフィクィさんは謝っていたのか。)

一つ疑問点は晴れた。

「幸い、君にかかった量は少量だったからね。大事にならなくて済んだよ」

「……すみません。」

知らなかったとはいえ、ボクは自分の軽率だった行動を悔い改めた。

「少量の場合の効果は、中途半端な悪夢を見せたりすること……だったかな。いい夢だったかい?」

わざとらしく、シャロさんは訊ねてくる。

「あんまり覚えてはないんですけど。たしか、元の世界の夢……だったような?」

「ふぅーん」

訊ねた割には、あまり関心を示さなかった。


「ボクが倒れた理由は分かりましたが。フィクィさんの目的、依頼はどうして受けなかったんですか?」

 ボクは最大の疑問をぶつける。

シャロさんが面倒くさがりなのは最初から知っているが、どうも今回の拒否の仕方は断固といった姿勢があったから、気になった。

「単純に、関わりたくなかったから、だよ」

さっきもしきりにそう言っていたが、関わりたくない。の詳細は話そうとしない。

シャロさんは、舐めていたキャンディをボリボリ噛みだし、こうポツリと言った。

「まぁもう、関わってしまったのだろうから、仕方のないことだけどね……」

「?」

「だとしても、『彼』はもう来ないと思うよ」

何に対しての、だとしても、なのかボクにはわからなかったが、シャロさんの中で続いていたのだろう。そこには触れず、思ったことを言った。

「彼って、フィクィさんのことですか? 出直す。と言ってましたが、どうしてそう思うんです?」

「そういう決まり、だからだよ。彼が持ち込んだ事件も、結局それに関係しているしね。」

やはり何を聞いても具体的なことは話さず、このときのボクには何が起こっていたのかも、何が問題なのかも、さっぱりだった。

「質問は終わりだね? お疲れ。トワソン君、今日は帰っていいよ」

「え、あ、はい……」

そう言われて、ボクは消化不良ではあったが、今日は帰されたのだった。


 翌日、その翌日、そしてそのまた翌日。ボクは、いつもと変わらない日常で、配達が早く終われば、シャロさんの屋敷で掃除を手伝うことを続けていた。だが、これまでの日々と違う部分もある。

あの日、フィクィさんと出会った日から、毎日屋敷へ代わる代わる依頼をしに来る人達がいたことだった。

その人達は皆、不思議な羽根が生えていて、毎日シャロさんに頭を下げて懇願しているのだった。

シャロさんは相変わらず応じず、依頼を受けない姿勢をとっていた。


 今日もシャロさんに依頼を頼みに来た人がいたが、追い返され帰っていった。その人が帰ったのを確認してボクはシャロさんに聞く。

「こんなに毎日頼まれているのに、依頼を受けないんですか?」

「ワタシは毎回、これ以上来るなと伝えているよ」

それでも毎日訪ねてくる彼らには、よほどの事情があるのだと思えたが……なんて考えていると、シャロさんはボクに聞いた。

「トワソン君、気付いているかい?」

「え? 何をですか?」

「……彼らは毎日来ているが、ここに二度訪れた者はいないんだよ。」

「え?」

そういえば、そうだった。

フィクィさんが帰った日から、毎日妖精の人達は訪ねて来ているが、同じ人を見ていない気がする。もちろんフィクィさんも見かけていない。

「……なんでそうなんですか?」

「ワタシが言ったことは、他の奴らに伝わってないからさ」

「それって、どういう……?」

シャロさんは少し考えているのか、間をあけると、こう提案した。

「……明日も彼らは来るだろうね。君も事件の概要を聞いてみるかい?」

「いいんですか?」

ボクは今回の依頼内容を聞かされていなかった。それはわざとシャロさんが避けていたと思っていたから。ボクはとても気にはなっていたし、その提案は少し嬉しかった。

その様子を察したのか、シャロさんはこう付け加える。

「別になにも喜ばしいことはないと思うが。君もワタシの助手として、そろそろ参加して欲しくなっただけだよ」

「じゃあ、依頼を受けるんですか?」

「……どうだかね。ただ、こうも毎日来られてはワタシも迷惑しているんだ。そろそろおしまいにしてもらいたいからね。」

シャロさんは、相変わらず色んな意味を含ませたまま、肝心なことは何も言ってなかったが、明日になれば分かるのだとボクは自分に言い聞かせ、その時を待ったのだった。

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