第19話 放火魔 円城
計人がしたことは出来る限り放課後、校外で彷徨くことだった。
その甲斐あってか水曜日の放課後、下校途中呼びかけられた。
藤花、計人、メイがいたのは工場脇のジメジメとした裏路地だった。
周囲に人はいない。
「ようよう初めましてだよなぁ」
現れたのは赤い髪にサングラス。ファー付きの皮のジャケットを羽織った男だった。
「あ、アイツは……!」
斡旋所で見た顔なのか一気に藤花が犬歯をむき出しに敵意を露わにした。
「知っている奴なのか!?」
「知ってるもなにも第22位の能力者、『放火魔』円城よ!」
確かに聞いたことのある名前だった。
「地下で有名な『抹殺者』よ! 依頼人のターゲットの排除を行う! しかもコイツは」
「やりすぎちまうから『放火魔』だなんて不名誉な名前を頂いているもんさ」
「コイツが崔原の差し金か」
待っていた。想定していた。しかし喉が干上がる。
そう、この男が崔原の放った刺客なのだとしたら、この男は
「日比野、お前には俺に着いてきてもらう。断ったら、『力付くで』着てもらう」
そう、計人を攻撃するために差し向けられたのだ。
全身の毛が総毛立つのを感じた。
「藤花!? コイツの能力は!?」
「ハッ、つまり答えはノーか」
藤花に問うが円城が割って入る。
「能力ね。そんなに知りたいのなら教えてやる。てゆうか、『放火魔』なんて異名持ちなんだぜ? そりゃ能力は――」
「超高熱の火炎放射よ! 並みの能力者じゃ受けきれないわ!」
「――その通りだぁ!! 『
円城の両の手から暴力的な炎が計人達めがけて殺到した。
「――ッ!!」
光量からして並みの火炎能力ではない。
まして背後には
「……日比野君!」
メイがいる。
崔原は多少の巻き添えは了承しているようだ。
この炎、計人は耐え切れてもメイは大けがを負いかねない。
即座に計人は学生バックに手を突っ込み、何かを取り出した。
そしてそれを前に放つように手を上斜めに振り切った。
「なんだ!?」
円城の目が丸くなる。
――この男は崔原の差し金だ。
瞬間、計人は願った。思考が加速する。
――ならばこの男はオレの『隠蔽』を知っているはずだ。
全てのものを透明にして隠しきる『隠蔽』の存在を知っているはず。
――だからこそ何の迷いもなくバックから何か取り出しのを見て、コイツはオレが某かの対応策をとったと思いこむはずだ――
そう、円城は
――自らの炎を防ぎきるような何かをオレが出したと思いこむはずだ――
それに一縷の願いを託し、上位駆動『
『敵にあると思いこませた物を本当に実在させる』、上位駆動『虚飾悪霊』。
「ッ――!!」
かくして計人の願いは叶った。
『虚飾悪霊』が実体を宿す。
計人の前に紺色のビニールの膜が広がった。
そしてその盾は円城の超高熱の炎を受け流す。
円城が、『自身の炎を受け流す物を取り出した』と思ってしまったことにより紺色のビニールは圧倒的防炎能を有したのである。
「チッ、そんなもんも用意してんのかよ」
「何でも準備って奴は大切だろ」
ホッと一息付きながら返すと、背後でメイが目を丸くしていた。
「……すごい」
円城も自身の炎を守りきった防炎膜が悔しいようで歯ぎしりしていた。
炎は計人達の前で行く手を阻まれ周囲へ飛び散り辺りのものを真っ黒に焦がしていた。
「準備ってのは本当に大事なもんだな」
しばらくは『虚飾悪霊』で生み出した防炎膜は実在する。
計人が防炎布を闘牛士のようにヒラヒラ振っていると円城のこめかみの血管が浮き立った。
「あぁなるほど。こりゃうざいわ。おい、今から本気出してやるから覚悟しろよ。今からその防火の膜なんて意味がねーことを教えてやる」
言って円城はペタリと地面に手をおいた。
「何を」
「言っただろ。今からテメーのちんけな防火布じゃ意味ねーことを教えてやんだろうがよ」
しかし計人としても何を言っているか分からない。
もしやコンクリートを溶かすほどの高熱でも吐き出そうというのだろうか。
だとしたら確かにこの『防炎布』では防ぎきれなそうだが……
計人が眉を潜めているとその精神を読んだ円城が攻撃的な笑みを漏らした。
「不思議そうだな。仕方ねーから教えてやるよ。てゆーか気がつかねーのか。俺は都市序列22位のスーパー高位能力者だぞ?」
「まさか――」
言わんとしていることを理解し体が泡立つのを感じた。
「『上位駆動』が使えねーわけねーだろ? 発動『可燃変換』!!」
地面につく男の手から白い輪が一瞬のうちに広がった。
白の輪はあっという間に池に広がる波紋のように背後、遙か彼方まで広がり
「『火燕』!!」
先ほどの炎攻撃が連なる。
しかし今度は違う。計人は息を呑んだ。
計人が目にしたのはコンクリートが紙切れのように一気に燃え空気に溶けていく光景だった。
「まさかこれは!?」
「そうだ! 俺の上位駆動は『全ての物体を易可燃性物質に変換する』『可燃変換』! 今の俺に燃やし尽くせねぇものは、ねぇ!!」
「――ッ!」
瞬く間に火の手は計人達の足元にまで及び、三人はコンクリートの下へと落下した。
道のすぐ下には下水道が通っていたようだ。
「クッソ、きたねぇ!!」
計人がぬかるみに足を取られていると、目の前に円城が降りてきた。
「と、いうわけで円城さんは通常駆動『火燕』と上位駆動『可燃変換』を使える超上位能力者でした。で、これからも戦うってことでいいんだよな?」
計人達3人はゴクリと生唾を飲みながらジリジリと引き下がった。
崔原が雇った刺客に狙われる可能性があることは伝えていた。
その際、徹底的に逃げることも共有済みであった。
「抗戦の意はあるようだな」
円城の瞳が暴力的な輝きを帯びた。
◆◆◆
「早く早く! 走るのよメイ!」
「……分かった」
「おいおいまだ逃げるってのか!?」
そこからは地下道を舞台にした逃走戦だった。
「クッ!」
「ハッ! 厄介だよなぁその防炎布は!!」
メイ達が逃げる間を稼ぐために計人は円城の前に躍り出て防炎布を振り炎を防ぎ切った。
自身の炎が意味のない事を悟り円城は即座に距離を詰めてくる。
直接布にさわり『可燃変換』を当てて布を燃え去ろうと言うのだ。
しかし――
「ブヘェ!」
通り過ぎ際、計人が触って『隠蔽』しておいた鉄の棒に円城は足を取られて転がった。
「今の隙に逃げるんだ!」
逃げきれる隙があるなら逃すわけには行かない。
三人はその隙に迷路のようにはりめぐられている地下道を縦横無尽に走り回る。
しかし足音で方向が分かる。
加えて
「来たわよ! 『可燃変換』!」
白い輪が計人達を追い越し地下壁を駆け巡り
「『火燕』!!」
三人と円城の間にあった地下壁という壁が燃やし溶かされる
地上の道路や建物が陥没し地下に落ちる。
「走って! 早く!」
瓦礫が舞う。埃が満ちる。
「見つけたぞぉ!」
それらを無視して円城が最短距離で三人との距離を詰める。
それからも追いかけっこは続いた。
どうやら彼の『可燃変換』は相当燃費が良いらしい。
『異常』を励起し起動する『上位駆動』は大量の異常を要するので乱発出来ないのが常識だ。
だというのに円城はすでに15発もの『可燃変換』を打っている。
これも彼の強みの一つなのだろう。
『放火魔』円城。相当の実力者であった。
そして計人とて、闇雲に逃げていたわけではない。
明確な目的の元、逃げていた。
ハイドスポット『オクトパス』、その付近まで逃げ切ることが今回の目的だった。
しばらくして、『オクトパス』に近づいて来た時、計人は声を張った。
「藤花! 雛櫛! あと少しの辛抱だ! 頑張れ!」
「あと少しってどういう意味よ!? あと少しで地上にでられるの!?」
「違う! あと少しで『ハイドスポット』に着く! 今オレたちが根城にしているハイドスポット『オクトパス』に直通する抜け道型のハイドスポットだ急げ!」
「なんだと!?」
遠くで計人の声を聞き取った円城が息を呑む。
逃がすわけにはいかない彼は、全速力で距離を詰めた。
「早くしろ! その通路を曲がったすぐ右手だ!」
計人の視界の先で藤花とメイが通路の先で右折していく。
計人もすぐにそれに続いた。
通路の先の壁の中央部には案の定赤銅色の鉄門があった。
計人の言っていた『ハイドスポット』だ。
これを抜ければ直接オクトパスにでることが出来る。
すかさず計人達はその門に身を滑り込ませた。
「待てぇぇぇぇぇぇ!!」
遅れて辿り着いた円城が血眼で計人達へ追いすがる。
このままでは彼もこのハイドスポットに入ってきてしまう。
そういう勢いだった。
しかし――
「ブヘェ!」
計人が『隠蔽』で隠しておいた瓦礫に足を取られ盛大に地面に転がる。
あたりに血をまき散らす。
しかしそれでも彼はすぐに体制を立て直し、立ち上がろうとしていた。
「計人」
その姿で意を決したように藤花は計人に向き直った。
「私が奴を止めるわ。だから計人とメイは逃げて」
藤花の表情は決意に満ちていた。
「だから計人! 早くお願い!」
言われて計人はその『頭』をなでる。
「ありがとう。恩に着るよ藤花」
言うだけ言うと計人はその重い門扉を閉ざした。
計人達が去った地下道ではようやく円城が立ち上がっていた。
「で、お前が俺とやるってわけ」
「えぇ、そういうことになっているみたい」
こうして都市序列111位の柊藤花と都市序列22位の円城の戦いが始まったのだ。
「……ひ、日比野君、柊さんが……!」
暗い坑道状の空間を駆け抜けながら、メイはすっかりパニックに陥っていた。
何も知らなければ当然だ。
だが言葉を継げる前に目の前にすでに新たな門扉が現れた。
すでに百メートル以上走っていた。
ひとまずこの空間にいるのはまずい。
「大丈夫だ! 全て後で話す!」
言って計人はそのドアを開け放ちその奥に身を滑り込ませた。
そして出た先は
「ほえええええええええええ! こんな所にドアがあったのかよ??」
『オクトパス』のリビングに計人とメイが突然現れて太一は目を丸くしていた。
実際に計人達がたどり着いた先は『オクトパス』だった。
「へ~あんなとこにも出入り口があったのね」
隠し扉のようになっていた扉にしきりに感心するマロンに対し計人は告げた。
「いや、今までは「なかった」よ」
――なぜならこれは『虚飾悪霊』で作り出したものだから。
『あと少しで『ハイドスポット』に着く! 今オレたちが根城にしているハイドスポット『オクトパス』に直通する抜け道型のハイドスポットだ急げ!』
地下道での台詞。あの時から計人の策は起動していた。
「あ、消えちゃった」
程なくして案の定ドアは『消え失せた』。
「……これは、どういうこと?」
目の前で空気に溶けるようにして消え去った抜け道にメイは目を丸くした。
「オレの能力だよ」
対する計人は息を整えながら答えた。
「『虚飾悪霊』、『敵にあると思わせた物を実在させる』オレの上位駆動だ」
もうここまでくれば明かしても問題ないはずだ。
◆◆◆
「なんだこりゃぁ?」
計人達が去ってから数分後、地下道。
地面には体中から血を流す藤花が転がっていた。
序列22位と111位の戦闘はやはり22位の方に軍配が上がった。
ようやく敵対者を倒しきった円城はいつの間にか姿を消していた門扉を探していた。
門扉が消え去ったのはおおかた計人の『隠蔽』によるものだろうと検討をつけたのだ。
手当たり次第に壁を触っていく。
しかし一向に見あたらない。
業を煮やした円城は静かに呟いた。
「……『可燃変換』」
白い輪が周囲に広がる。
いくら『隠蔽』で入り口を隠そうとも、あたり一帯を燃やし尽くせばチーズの穴のようにルートは出てくると判断したのだ。
「発動『火燕』……!」
円城が向かう壁一帯に火の手が回り、周囲一帯のものをみるみる消し去っていく。
しかし――
「なんだこりゃぁ?」
あるはずのルートも消え去っていたのだ。
「どーなってるんだこりゃぁ!!」
何かしらの計人の能力に違いない。
「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
円城の怒声が坑道に轟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます