第17話 現実補正《リアルマインコレクト》
一つ、作戦が未達になった。
藤花に頼んでいた『ファントム離反者候補の捜査』と『怪盗メリーとの接触』。
うち、『離反者候補の捜査』が失敗に終わったのだ。
翌日、火曜日の放課後のことだった。
「皆が皆、崔原虎鉄に忠誠を誓っているみたいで裏切りそうな奴なんていなかったわ」
「……そうか」
多少は想定していた事態ではあった。
「まぁ残念だな」
だから計人はあっさり頷いた。
『離反者候補の選定』はそこまで重要な情報ではなかった。
計人の勝利条件はいくつかあり、最も重要なのが『崔原虎徹』の撃破であり、そのための策はすでに打たれている。『週刊アビリティの偽記事掲載』だ。
だから現状、最重要の一手は成功しており、あとは崔原と対峙する、そこまの道筋・ルートを整えるだけ。
『ケルベロスの各個撃破』、もしくは『ケルベロスに気がつかれず崔原に対峙する』ルートを確保すればいいのである。
先日のケルベロスとの対戦で計人は彼ら3人組とやり合うのは不可能だと断じていた。
だから計人は『ケルベロスの各個撃破』を行いたいし、それが無理ならケルベロスはスルーして『崔原虎徹のみを倒す』だけでも良いと考えていた。
崔原さえいなくなれば、『ファントム』に大勢の能力者が押し寄せる。そうなれば数時間も持たないであろう。
どの道必要になるのが『誰にも気がつかれずに幽霊団地に忍び込む』ことであり、それを確かな物にするのが藤花に頼んだ『離反者候補』と『怪盗メリーからもたらされるトラップ情報』である。
「だけど、裏切り者候補がそもそもいないなら仕方ないわな。いいよ、ないなら別に」
「その程度で済むなら良かったわ。ファントムの情報を聞き出しても『石里』と『一条』の仲が悪い、くらいしか情報出てこなかったから。どうしようかと思ったわよ」
「あの二人仲が悪いのか」
一条は『絶対の槍』という何でも貫く一撃無双の槍を発生させる都市序列79位の能力者。
石里は『灰色世界』というコンクリートを操る都市序列61位の能力者である。
確かに、言われてみれば一条と石里は口論をしていた気もする。
「それと『怪盗メリーとの接触』は待って頂戴。あと少しでたどり着けそうなの」
怪盗メリーからもたらされる『幽霊団地のトラップ情報』は何より必要なものだ。
『ファントム離反者候補』などとは比べものにならない程に重要だった。
◆◆◆
「それで、結果を聞こうか」
同日深夜。プールが入りそうな程横にも縦にも広い空間。
一面に赤い絨毯が敷かれた間の一段と高い場所に設えられた金色の玉座に崔原虎鉄は顎を手に置き座っていた。
「ハッ! それで結果ですが……!」
絨毯に片膝立ちになり頭を垂れる中性的な顔立ちをした男はタラリと汗を流した。
「申し訳ございません……! 雛櫛メイが保護している子供達の捜索しましたが、その足を掴めませんでした……!」
「そうか……」
想定していた結果とはいえ実際に聞くと悲しくなる。
結果を聞き崔原は大きくため息をついた。
仕方ない。崔原はゆっくりと立ち上がった。
「……ッ」
放たれた殺気に頭を垂れる男が目を見開いた。
周囲にいたファントムの幹部も同様に固唾を飲んだ。
「で、ですが! いくつか発見もありました!」
「なんだ。言って見ろ」
「雛櫛メイと日比野計人は同じ隠れ家に住み、今も学園に通っているようですっ! ハイドスポットを使っているのでしょう! 彼らの住処は分からず終いでしたが彼らが今も学園に通い続けているという情報は手に入れることが出来ましたっ!」
このままではマズイと察した男はなけなしの成果を告げるが、それでは不足だった。
「そうか、ご苦労だったな。『人生』」
崔原はすでに処遇を決定していた。
「ッ!?」
瞬間、自身の顔にフシューと臭気が当たり、男は目を剥いた。見るとそこには巨大な竜の顔。
金色の目をした赤い鱗に覆われた体長30メートルはある巨竜の顔面がそこにはあった。
(これが都市序列第7位、『
あまりのリアルさにまるでそこに実在するようだ。
しかしこれは『幻覚』。
そしてこうして攻撃された理由は明白だ。
(オレは失敗した!)
すぐに状況を判断すると男は崔原に向かい攻撃を発した。
今までも何度もこのような修羅場はくぐり抜けてきた。
例え相手が都市序列7位の強敵でもやることはかわらない。
「『
男が腕を斜めに振ると、そこから無数の風の刃が発射された。
どれも生身ではとても受けきれない切れ味を有する男の必殺技にして得意技だった。
「ほう、反撃するのか」
対する崔原の瞳孔が散大した。
崔原の前に、一瞬のうちにゴブリンのような棍棒をもった醜い子鬼が現出する。
ゴブリンは一気に男めがけて駆けてきた。うち数体に『風刀』があたりその首をはね飛ばす。
「こしゃくな!」
幻覚なのだから透過するはず。
だというのに、わざわざ首を飛ばすなど手の込んだ芸当をした崔原に奥歯をかみしめる。
言外に余裕だと伝えようとしているのだろうか。
「キシャーー!!」
新たな風刃を発生させる前にゴブリンは男のすぐ手前にまで近づき、高く跳躍しそのゴツゴツとした棍棒を振り上げていた。
(フン、相手にする必要はない。どうせこれは幻覚)
と、無視して再度崔原に攻撃を見舞おうとしたときだ
「え――!?」
ゴッツンと棍棒が男の脳天を抉った。
「キシャーー!!」
転がった男をたちまちゴブリンが包囲し棍棒でめったうちにしていく。
(な、なぜ――)
薄れていく意識の中、男は問うた。
「なぜゴブリンが幻覚じゃないかって?」
めちゃくちゃにふるわれる棍棒の先で崔原虎鉄が見下ろしていた。
「簡単なことだ。オレは都市序列第七位の能力者。上位駆動が使えないわけがない」
(じょ、上位駆動……そ、そうかこの男の上位駆動は、幻覚を操作するこの男の上位駆動は……!)
悔しさで顔面をしかめる男に崔原は冷徹に言い放った。
「幻覚を本当に実在させる異能『
棍棒がめったうちに振るわれる先には崔原。
そしてその奥にはギョロリとした黄色い眼をした先ほどの竜が、自分を覗き込んでいた。
「こいつも、幻覚だと思うか?」
竜が大きなアギトを開いた。ぬめり気を持った鋭利な刃がゾロリと並んでいる。
(まさか――)
崔原がやろうとしていることを知り、男が息をのんだ。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
しかし男の断末魔の叫びを無視し竜は殴りかかるゴブリンもろとも男を一飲みにした。
◆◆◆
「密偵を雇うのは失敗だったな」
密偵の男を倒しきり再び玉座に座ると崔原はぼやいた。
「まあこれも一重に俺の見通しの甘さか。『プロジェクト』を進めるに当たってまさか誰かを追う必要が出る、などとは露ほども考えもしなかった」
「しかし崔原様のプロジェクトは完璧です! 今回はイレギュラーでしょう」
崔原が肩を落とすと石里がすかさずフォローに入った。
「あぁ確かに今回は想定外だ。相手が『隠蔽』という物隠しのスペシャリストだった。だが密偵まで雇ったのに空振りとはなかなか堪える。例え」
崔原はメイの子供達の安全を脅かすような発言をしていた。
「俺に子供達を襲う、そのような気がなくともね」
「最初から崔原様は子供達を襲う気はありませんでした。あくまでポーズ」
「やったとしても俺たちケルベロスが周辺うろついて圧を与える、程度の予定だったっしょー」
「全くのその通りだよ女城、一条」
緩フワウェーブの女城とラフな格好の一条に言い当てられ首肯した。
「そもそも雛櫛メイを我が軍門に下らせるとして、もし最初から物理攻撃を是としているのならば、最初から雛櫛を狙っている」
「バイト先に出られなくするという遠回しな策からも窺いしれそうな話ですが」
「彼らは分からなかったようだな。全く、俺は雛櫛のあの高貴な魂に惚れたというのに。その高貴な魂が、仕方なしに俺と共に生きる未来を選択するのを待っているというのに。直接攻撃を仕掛けては天秤に掛ける暇もないだろう」
「ハーやっぱりボスの考えはぶっとんでんなー」
「おい一条口を慎め!」
「良いんだ石里。全くその通りだ。悪趣味さ。だが今後とも方針は変えない。雛櫛を始め子供達には肉体的危害を加える気はない。行うのは心理攻撃。もしくはその友人達への攻撃だ」
「だから、崔原は雛櫛達がどこに行こうと気にしてはいなかった。しかしほんの一週間前に状況が変わってきた」
「その通りだ女城。雛櫛の家を襲撃した翌日、雛櫛の寮を訪ねてみるともぬけの殻。加えて先日一緒にいた男は過去に71位の能力者も倒したこともある者で、その日のうちにここ『幽霊団地』にたどり着き、その上『ケルベロス』、お前たちを退けて見せた」
「「……ッ!!」」
自身の失敗を咎められ女城と石里が身を固くして黙り込む。
「しかも回復能力持ちっぽいしなー」
「……!」
あまりにも責任感の欠ける台詞に石里が一条をギョロリと睨んだ。
「回復能力とは確定ではないが某かの上位駆動の片鱗を見せた。もともと雛櫛に手を出す気はなかったが、出そうにも出せなくなってしまった。そしてそのような者が近くにいるからこそ」
「崔原ちゃんは密偵に頼まざるを得なかった。さすがにそんな奴が隠したとなれば探しておくに越したことはない。で、うちに索敵能力者はいなかったし、メンバーも少なすぎて索敵に回せなかった」
「そして腕が立つと売り込みに来ていた序列80位の能力者に依頼してみたが今し方の結果だ。依頼してから丁度一週。期待していたのだがな」
「それで、どうしますか」
未だに頭を垂れる女城に問われ、崔原は舌なめずりした。
「すでに新たな手は考えてある。実のところ先の密偵から重要な情報は聞き出せた」
「と、いいますと」
「雛櫛が今も登校しているという情報さ。つまりは彼女にとって学校に行く、『基本支給金』を得るというのはとても大切なのだろう」
「では……」
「あぁ、まずは学園に通えなくする……!」
翌日・水曜日。その放課後。
校門を出ると二人組の少年、ファントムの下部メンバーの男が立っており、計人達を見つけると尋ねてきた。
『崔原の元に来る気になったかどうか』を。
それにメイが首を振って答えると二人は肩を竦めた。
「なら伝言がある。『なら手を打つだけだ』とのことだ」
二人組は崔原の伝言を伝えるとえっちらおっちら去っていった。
そして崔原が次に打ってきた手は予想外の物だった。
翌日、木曜日、学園に登校すると入口に人だかりが出来ていた。
蜂の巣をつついたかのような騒々しさだ。皆口々に何か言い合っている。
「……どうしたのかしら」
メイが怪訝な顔で様子を見やる。
「さぁな」
「ま、行ってみれば分かるでしょ」
三人は人だかりを掻き分け人だかりの中心に進んでいった。
「なッ――」
そして玄関に張り出されていた紙を見て、言葉を失った。
『保護者』をやるメイにとって、『基本支給金』は必要不可欠なものだった。
『基本支給金』は規定日数以上学園に通うことで得ることが出来る。
だから――
『第二十七高校の皆様へ
この度、都市序列第七位、私、崔原虎徹は皆さまの学園を『自警』しようと心に誓いました。
つきましては『自警費』として一人月二万Abyを徴収したいと思います。
徴収は明朝より開始いたします。くれぐれもお忘れなきよう』
と、書かれた紙が張り出されていたのだ。
そう、『保護者』をやるメイにとって『基本支給金』は必要不可欠なものだった。
それを彼らは断ちにきたのである。
このような張り紙をすれば、誰が原因なのかなどすぐに分かる。
計人達は学校に通いづらくする、それが彼らの策なのだ。
ここは自治を子供達で組織された『自警団』に任せている能力都市。
『自警団』にも処理できない案件は『斡旋所』に行き、『斡旋所』でも処理できないとなると放置される。
崔原はまさに放置されるレベルの能力者である。
崔原の悪辣非道な行いを知っている学園の皆は崔原の指示に従うしかない。
こうして翌金曜日から本当に徴収は始まり、今回の一件の原因と目されるメイを始め計人達は敵意の視線にさらされ続けることになった。
だが何も不幸な出来事ばかりは続かない。
一つの進展もあった。
「計人、待たせたわね」
それは金曜日の放課後のことだった。
「怪盗メリーと接触できるわよ」
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