第25話 噂など関係なく

 俺の噂に関するやり取りを終えた今、店の空気は何とも言えないものになってしまっている。

 なので、


「妙な空気にしてしまいましたね、すみません。商品を見せて貰っても良いですか?」


 空気を変えるために店の商品を見せて貰うことにした。


「え?ええ、勿論」


「ゆっくりとご覧になって下さい」


 急な話ではあるが、元々俺達は客であるため断るはずもない二人。

 了承も得られたことだし、どんな品があるか色々と見させてもらおう。


「アンナも好きに見ていて良いよ」


「はい」


 態々俺に付き添わず自分で店の中を見ても良いとアンナに伝えると、素直に頷いてくれた。

 

 この雑貨屋に入った時からもそうだが、今のアンナはどこか考え事をしているというか、悩んでいるような様子であり、静かだ。

 初めは身分が上の俺の立場を立てるためや住民との関係は俺が自分で何とかすると言ったことから気を遣っていると思ったし、多分実際にそうだったのだろうけど、今の様子はまた少し違う感じもする。


 とはいえ店の中で事情を聞く訳にもいかないし、別に深刻そうな様子ではないため、帰ってから話を聞けば大丈夫だろう。

 今は二人に言ったように商品を見よう。



 雑貨屋というだけあって、並べられている商品は多種多様なものだった。

 値段は少し高めかもしれないが、その分どれも品質が良いため妥当と言えるだろう。

 初めの印象通り、やはり良い店だと思う。


 ただこの店に入ったのは、あくまで見慣れない店があり何の店か気になったという理由からなので、特に欲しいものがある訳ではない。

 アンナも一通り見て回って、特に何かを買う気はないのか、入り口の近くに立ち俺のことを待っているようだった。

 

 まあ、メイドという立場で率先して「あれが欲しい」と言うのは、この空気では難しいだろうから仕方ないが。


 とはいえ、


(この流れで何も買わないのは、流石にな……)


 二人には迷惑を掛けてしまったし、これで何も買わないで帰る程、俺の心臓は強くはない。

 何か良いものはないだろうかと見ていると、一つの商品が目に留まった。



 それは現代日本でいうハンドクリームのようなものだった。

 とはいえこの世界では、前世程のクオリティのハンドクリームがある訳ではないので、いわば軟膏のようなものだろう。

 それでも何か香料を使っているのかほんのりと良い香りがして、保湿などの効用があるのなら凄く良い商品だと思った。


「これは、保湿用の軟膏ですか?」


「ええ、水仕事などで手が荒れてしまう女性向けに作られた商品で、花が香料として使われているので良い香りもするお勧めのものです」


 商品のことを聞くと、説明は女性が行ってくれた。やはりこういうことは一般的には女性の方が詳しいのだろう。


 説明を聞いてやはりこれは良いものだと思った。

 普段離れの家事を多く行ってくれているアンナは手が荒れることもあるだろう。

 俺もなるべく手伝うようにはしているが、それでも負担で言えばアンナの方が圧倒的に多い。

 炊事や洗濯、掃除などで水仕事も多いからこれは丁度良い品だろう。


「少し試してみても良いですか?」


「ええ、勿論」


 試しで使っていいか尋ねると快諾してくれた。

 少しだけ手に取り馴染ませる。手触りは良く、確かに花の良い香りもする。


「……アンナ、ちょっと良いかな?」


「はい、どうされましたか?」


「これをちょっと試してみて欲しいんだ」


 ハンドクリームも人の肌には合う合わないがあるだろうし、贈ってから問題があってもいけないため、先にアンナにも試して貰う。

 アンナも少しクリームを手に取り、俺と同じように馴染ませ、確かめる。


「俺はこれを買おうと思っているんだけど、どう思う?」


 ここでアンナのために買うと言うと、また遠慮してしまう可能性があるので、あくまで俺が買うと受け取れるように告げる。


「はい、質感も香りも良くて、素晴らしい商品だと思います」


 アンナは純粋に俺が欲しいと受け取ってくれたのか、素直に購入を勧めてくれる。

 アンナが使う上でも問題はないみたいだし、購入で決まりかな。


「ではこれを頂きます。おいくらでしょうか?」


「ありがとうございます!小銅貨8枚です」


 

 ちなみに、この世界での貨幣は当然だが前世とは異なる。

 小銅貨、銅貨、大銅貨、小銀貨、銀貨、大銀貨、金貨、白金貸があり順にその価値が上がっていく。

 とはいえ、大銀貨や金貨なんて貴族やそれに準じる人達が主に使うものであり、白金貸など王族や大貴族、それこそ国家間のやりとりで使われるような貨幣である。 

 

 と、それはともかく、

 

「分かりました」


 値段を聞き、お金を取り出そうとすると、


「ですが、折角ラース様が初めてお越しになった記念ですので、少々お値引き致します」


 と、そんなことを言ってくれる。

 その気遣い自体は本来有難いものだが、


「ありがとうございます。ですが、お二人もお店を始めたばかりということですし、そこまで気を遣わなくて大丈夫ですよ」


 引っ越してきたのも最近ということは、今は色々と物入りだろう。

 また、そもそもラースは伯爵令息であり、平民からしたら少し高いものでも余裕で買えるだけのお金は持っている。

 まあ、本来ライルとセレスのお金であり、何も俺が凄い訳では無いのだが。


「ですが、……その、先程のお詫びもありますし」


 成程、どうやら二人としては俺の噂を言ってしまったことに罪悪感を覚えているようだ。

 確かに最初にそのことを溢してしまったのは男性だが、詳細を掘り下げたのは俺のため、二人は全く悪くないのだが。


「先程の件なら俺は本当に気にしていませんので。お二人も忘れて頂けると、助かります」


 そう告げるも二人はまだ気に掛かっているのか、晴れない表情をしている。


 

 …………仕方ない、か。

 あまり言いたくは無かったが、二人を納得させるために苦笑しながら、


「後は、そうですね。……一応、女性への贈り物でして、値引いて貰う訳にもいかないので」


 アンナに聞こえないようにこっそりと告げると、それだけでも意味が分かったのか、少し驚いたように目を瞬いた後、


「ははっ。それは確かに値引く訳にはいきませんね!」


「ええ、そうですね。かしこまりました」


 二人は笑みを浮かべ、納得してくれた。

 


 噂や俺との会話でぎこちない感じだった二人も、やはり前のラースを知らないことは大きいのか、大分リラックスした様子で接してくれた。

 他の多くの人とは違う反応を俺も嬉しく感じ、楽しく買い物をすることが出来た。


 そしてハンドクリームの会計も済み、二人に挨拶をして店を出ようとすると、


「あの、ラース様!」


 唐突に、そう俺を呼び止めた。

 何だろうと思っていると、


「……あんまり深くは分からないですけど、やっぱり今日接したラース様は凄く良い人だったと思います。誰がなんと言おうと、俺はそう感じました!」


「ええ、そうね。少なくとも今の時点で悪い人なんて思うことは出来ません。…………後は、将来はもっと良い男になると思います」


 と、そんなことを言ってくれる。


 

 今後の付き合いで判断して欲しいという俺の考えは分かっているけれど、それでも今日接した、今の俺の印象は良かったと伝えてくれたのだろう。


「………はい。ありがとうございます」


 そんな二人の言葉が心に染み、嬉しい気持ちが胸に込み上げる。

 改めてお礼を言い、今度こそ店を後にする。

 

 転生して、初めての街。

 住民の人達の反応から気分が沈むこともあったが最後は最高の形で買い物を終えることが出来たと、そう感じた。


 

 女性の最後の台詞に関しては、アンナは一人、首を傾げていたけれど。

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