第17話 心構え

 ランニングを再開してある程度の距離を走った俺はあるものを目にしてふと立ち止まった。

 それは、フェルディア伯爵家騎士隊が用いる訓練場である。


 中では騎士達が剣や盾を用いて、熱心に訓練に勤しんでいる。

 その光景を見て俺はあることを考えていた。


(剣、か……)


 騎士達が訓練している様子を見て、剣を振ることは良い運動になるのではないかと考えたのだ。

 普段行っているランニングや筋トレは基礎的なものであり、だからこそ重要でもあるが、流石にそれだけをやり続けることはどうしても飽きがくると考えていた。

 なにも本格的に剣術を学ぶのではなく、素振り程度ならば運動として丁度良いと思ったのである。


(でも、素人が適当にやってもな……)


 ただの運動なのだから適当にやっても良いが、どうせやるのなら正確にやりたい。ただ、興味本位で教えてくれと態々頼むのも申し訳無い。

 そんなジレンマを抱え、どうしようかと考えていると、



「おや、ラース様。いかがされましたか?」


 そう俺に声を掛けてきたのは、騎士隊の隊長セドリックだった。


「こんにちは、セドリックさん。いえ、訓練の様子を少し見学させて貰っていただけです」


 セドリックが声を掛けてきたことに少し驚いたが、騎士隊の訓練場なのだから居てもおかしくはないだろう。


「成程、……ラース様はもしや運動をされている最中でしたか?」


 すると、セドリックがそう問いかけてくる。

 運動着や汗をかいている俺の様子を見て、運動をしている最中だと分かったのだろう。


「ええ、その通りです。……お邪魔でしたら、すぐに行きますが」


「お邪魔などとんでもない。ゆっくりとご覧になって下さいませ」


 訓練の邪魔ではないか尋ねると、セドリックはそう言ってくれた。

 それが本心か社交辞令かは分からないが、許可が取れたのだから居ても良いだろう。


 

 そして、騎士達を見る俺の様子から何かを悟ったのか、


「もしや、剣に興味がおありですか?」


 俺の心情を正確に見抜かれたことに少し驚いたが、隠すことでもないため素直に肯定する。


「そうですね、少し興味があるかも知れません。……えっと、実は今痩せるための運動をしていまして、その中で剣の素振りなどを出来たら良いかな、と考えていたところで」


 俺の考えを具体的に伝えると、


「成程、剣術を習うのではなく、あくまで運動の一貫として素振りをしたいと」


 俺の考えを聞いて、セドリックは少し目を細めながらそう言った。




「……ええ、本格的に剣術を習うのならまずは心構えから学ばないといけませんからね。俺にはまだ早いと思います。……まあ、剣を持つという時点で同じことなのかも知れませんが」


 

 転生した俺であっても、この世界で剣を持つということの意味を少しは理解出来る。

 

 すなわち、剣とは人を傷つけるための道具であり、剣術とは人殺しの為の技術であるということ。

 最もこの世界では人に害を為す魔物も存在するため、対象が人だけとは限らないが命を奪うことに違いはない。

 勿論、それが全てでは無いだろうが、そういう側面があることも紛れもない事実だろう。


 実際に剣を持ったこともなく、前世の記憶がある俺でも表面上だけでもそのくらいは理解出来る。

 いや、平和な現代日本で生きていたからこそ、気軽に学べるものでは無いと思えるのだろう。



 苦笑気味にそう俺の考えを伝えると、セドリックは少し驚いたように目を瞬いた後、ふっと小さく笑って、


「それを理解しているラース様ならば、今すぐ剣術を学んでも良いと存じますが、今はラース様の意思を尊重しましょう。……宜しければ私が素振りの仕方をお教えしましょうか?」


 と、そう提案してくれた。


 それ自体は俺にとって非常にありがたいが、


「非常に有難いお申し出ですが、宜しいんですか?セドリックさんともなると、お忙しいのでは……」


 セドリックは騎士隊長であるのだ。

 俺に指導している時間など無いのでは、とそう尋ねると。


「お気遣い感謝します。しかし、騎士隊長といってもそこまで忙しくはないのです。無論自己鍛錬は怠っていませんが、騎士達のように訓練に参加している訳でもありません。重要なのは事務仕事ですが、それすら補佐の者達がほとんど行ってくれていて、私がするのは最終的な確認くらいなもの。……有体に言ってしまえば中々に暇なのですよ」


 と、苦笑しながらそう言った。


 本来ならこちらを気遣っての社交辞令だと思ったかもしれないが、ここまで明け透けに言われると、流石に本当なのだろうと思える。


 だから、


「成程。では、お願いしても良いでしょうか?」


「ええ、お任せ下さい」


 正式に素振りの仕方を教わるように頼むと、セドリックはそれを快諾してくれた。


「ありがとうございます」


 と、そうお礼を言って反射的に頭を下げようとしたところで今までのことを思い出す。

 アンナは俺が頭を下げると恐縮そうにしていたし、セドリックも伯爵令息として謙った態度は良くないと言っていた。

 それらのことを思い出し、すんでのところで頭を下げるのをやめた。



 セドリックはそんな俺の様子から、またも俺の考えを悟ったのか、満足そうに微笑んでいた。

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