第4話 これからは一緒に

 女の子の微笑み一つで悩みが晴れるなど、我ながらなんとも単純だと思う。

 

 それでも、今後どうすれば良いか右も左も分からなかった俺に生きる指針を与えてくれたアンナは、紛れもなく恩人だ。

 

 今後、ラースとして生きていくということは一先ず決まっている。


 そして、彼女が仕えてくれる上で、恥ずかしくない主人になる。

 

 ならば、迷惑を掛けた人々に謝罪し、誠実に生きることで、これまでのラースのイメージを払拭するということが当面の目標だ。


 

 今後の展望が見えたことで、一気に気分が軽くなった。ラースを許し、受け入れてくれたアンナには感謝してもしきれない。


「ありがとう、アンナ。すごく嬉しいよ」


 そういって、再び頭を下げる。

 アンナが困ることは分かっていたから、今度はすぐに上げた。


「はいっ」


 弾んだ声で返事をし、煌めくような笑顔を向けてくれるアンナ。

 


(転生して初めて出会ったのがアンナさんで、本当に良かったな)



 

 

 と、良いムードになりほっとしたせいか、なぜアンナを探していたのか、ふいに思い出した。

 いや、思い出してしまったと言うべきか。

 すなわち、お腹が空いたということである。


(………このタイミングで言い出しづらいな)


 こんな真面目な会話をし、お互い良い雰囲気になっているのに、食事があるかなどと言い出すのは中々にハードルが高い。


 どうしたものかと、一瞬考えていると、


「……あっ、ラース様。お腹は空いていませんか?丁度今お食事の用意をしていまして、もうすぐ完成するところだったのですが」


 悪い訳ではないが、妙な雰囲気になったことをむず痒く思ったのだろうか。

 話題を変えようと、アンナがそう言ってくれた。


(アンナさんっ)


 自分から言い出しにくかったことを、アンナの方から言ってくれたため、非常に助かる。

 心の中でスタンディングオベーションをしながら、何気ない様子で返事をする。


「そうだね、実は丁度お腹が空いていたところだったんだ。ありがたく頂くよ」


 そう言うと、調理の続きをしようと調理場へ向かおうとしたアンナだったが、なぜか戻ってくる。


 どうしたのだろうと思っていると、一瞬躊躇いがあったような気がしたが、アンナが口を開く。


「あの、申し訳ありませんラース様。食事をお作りしますので、少々時間を頂けませんか?」


 と、そんな事を言ってきた。だが…


「えっと、作ってもらえるだけでありがたいから、全く構わないけど、もう完成するところだったんじゃなかったかな?」


 アンナは先程「もうすぐ完成するところだった」と言っていた。ならば、わざわざそんな事を言いに来なくても良さそうなものだが。


「えっと、そうなのですが…新しいものをお作りしようかと…」


 どうやら先程まで作っていた品ではなく、新しく作ろうとしているらしい。

 別に失敗したから作り直そうとしている感じでもないが、


(まあ、アンナさんが新しく作るって言っているんだ。大人しく待とう)


 アンナには何か考えがありそうだし、これ以上問い質すより、黙って待っていた方が良いだろう。


「分かった、楽しみに待っているよ」


 そう告げると、アンナは嬉しそうな顔をし、今度こそ調理場へと入っていった。




 なぜ、アンナは料理を新しく作ったか。 

 その答えは、運ばれてきた料理を見てすぐに気が付いた。


(なるほど)


 

 まず、前提となる話をするがラースは太っている。

 別に想像を超えるほどの肥満体型という訳ではない。だが、目に見えて太ってはいる。

 十人が見れば、九人は太っていると言うだろう。

 

 悪童であるラースは運動などしないし、なにより出された料理を素直に食べない。

 嫌いなものがあれば、全く手を付けないため偏食になっている。

 

 いつも料理を作ってくれているアンナにも、自分の好きなものばかりを作るよう指図していた。


 しかし、今アンナが持ってきてくれたものは野菜がたっぷり挟まれたサンドイッチだ。

 普段ラースに出している料理とは全く違う。


 恐らく、先程もラースの好物を作っていたが、俺が改心したと言ったため、ちゃんとした食事を食べてくれるかもしれないと思ったのだろう。


 その証拠にアンナは緊張した表情をしている。


 安心させるためにも、早く食べるとしよう。


「とても美味しそうだね。有り難く頂くよ」


 そう言ってサンドイッチを口に運ぶ。

 お腹が空いていたこともあるが、アンナの腕が良いのだろう、そのサンドイッチはとても美味しかった。


「すごく美味しいよ、作ってくれてありがとう」


 そう言うとアンナはほっとした表情を浮かべた。



「………今まで好き嫌いばかり言っていたことも、改めて謝るよ。本当にごめん」


 料理の感想も伝えたため、食事に関して今まで文句ばかり言ってきたことを謝罪する。


「いえっ、私がラース様がご満足出来る品を作れなかったせいですので」

 

 すると、アンナは慌ててそんな事を言う。


「そんな事はない、アンナの料理は本当に美味しいよ。……今まで文句ばかり言ってきた俺の言葉なんて、信じられないかもしれないけど」


 アンナが自らを卑下したため、その言葉を即座に否定したが、ラースにそんな事を言われても信用できないだろうか。


(どの口が言ってるんだって話だよな…)


 すると、


「そんなことありません!……確かに、ちゃんとした食事を召し上がらないことを不安に思ってはいましたが、…今は美味しそうに召し上がって下さいましたから、えっと……とても嬉しいです!」


 途切れ途切れではあったが、本心からそう言ってくれていることが伝わってくる。

 

 この子は本当に、どれだけ優しいんだろう。


「……うん、ありがとう」


 アンナの思い遣りが心に染みて、より一層美味しく感じられる。

 

 そうして、残りも食べてしまおうと考えたところで、あることを思いつく。


「そうだ、アンナはもう食事は取ったかな?」


「いえ、まだですが…」


 俺の質問の意図がよく分からなかったのだろう、首を傾げながら、そう返答する。


「じゃあ、もしよければ一緒に食べないかな?」


 すると、俺の言葉を聞いたアンナは


「出来ませんっ、メイドである私がラース様とお食事を共にするなど」


 分かっていた反応ではあるが、やはり恐れ多いと言わんばかりに頭を左右に振る。

 しかし、この件に対してもあの理論が通じる。


「さっきも言っただろう?この離れには俺とアンナの二人しか居ないんだ。体面的なことは気にしなくても良いよ」

 

 貴族の常識的には、メイドや使用人と共に食事を取るなどあり得ないことである。


 しかし、前世の感覚からすれば誰かが側に控えていながら、一人で食事をすることには抵抗がある。


(というか、ただ黙って見られながら食事なんて、落ち着かないから絶対に嫌だな)


 強制するつもりはないが、今後アンナとの関係をもっと良いものにするためにも、出来ることなら一緒に食べて欲しい。


「それはそうですが、………しかし」


 俺の言葉に納得はしているが、やはりまだ抵抗がある様子のアンナ。




「……さっきも言ったように、俺はこれから今までアンナにしてきたことへの償いとしても、誠実に生きようと思っている。でも、それと同時に出来ればアンナと、もっと親睦を深めたいとも思っているんだ。だから、その第一歩として、これからは一緒に食事をしたい」


 アンナは俺の言葉に真剣に耳を傾けてくれている。きっと、どうするか悩んでいるんだろう。


「もちろん、アンナが良ければなんだけど……」


 無理矢理一緒に食べさせるのでは意味がないため、あくまでアンナの意志で決めて貰いたい。


 


 数秒考え込んだ後に、アンナは、



「……はい。では、もし許されるのであれば、ご一緒させて頂きたく思います」


 微笑みながら、そう言ってくれた。

 その表情からは、本当に一緒に食事をしても良いと思ってくれたことが伺える。


「そうか!……ありがとうアンナ」


 受け入れてくれたことで、つい大きな反応をしてしまう。

 そんな俺の反応を見て、アンナはくすっと、小さく笑みを浮かべた後、


「では、私の食事を取って参りますね」


 そう告げて、再び調理場へと向かった。

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