間違いなく消される

 遠見先生は事務所に案内してくれた。

 小さなオフィスデスク。その上にパソコンが一台。まるでバイトの面接にでも来たような気分に陥った。


「……し、失礼します」

「早坂くん、そんな緊張なさらずに。まずはコーヒーでも」


 机に置かれているコーヒーメーカーにカップを置き、コーヒーを注ぐ先生。それを俺のもとに。おぉ、いい香りだなぁ。


「ありがとうございます」

「お菓子もどうぞ」

「なんかすみません」

「いいんですよ。早坂くん、君はまなちゃんを救ってくれました。命の恩人です」

「いえ、救ってくれたのは先生ですよ。俺の方こそ感謝です」


 それに艾の適切な処置のおかげもある。衛生兵としての役割を全うしてくれた。彼女のおかげで天音は感染症だとか、そういう危険な病気にもならず、対馬ここまで来れたのだ。

 仲間の力は偉大だ。俺一人では到底無理なことだった。


「そう言っていただけると闇医者をやっている甲斐があります」


 えっへんと先生は誇らしげに胸を張った。天音によると遠見先生は、アメリカで致命的な医療ミスをしてしまいクビになったらしい。そのことは日本の医学会にも噂が広まってしまい、肩身の狭い思いをしていたという。


 だが、天音の父親が手を差し伸べてくれたようだ。裏で援助し、今は闇医者として活動し、対馬を拠点にしているようだった。その実績はかなりあるようで“奇跡の外科医”と呼ばれているそうな。


 その異名の通り、天音を見事に手術し治療してくれた。


「それで、話とは……?」

「ええ、実は拠点を移転しようと思うんです」

「拠点を?」


「はい。現在、対馬に移って一年になります。ですが、最近は刑事が聞き込み調査をしていたり、不審者が徘徊していると聞きます。そろそろ潮時かなと感じているのですよ」


 そうか、そうだよな。俺ですらヤバい気配を感じているほどだ。中道の件もそうだ。あんなヤツがこれから、どんどん送られてくると思うと幸先が思いやられる。

 ずっと対馬に滞在するのは厳しい。

 それに『エシュロン』によって位置やその他の情報を捕捉されている可能性が非常に高い。

 俺たちはある意味では“丸裸”も同然なのだ。

 遠見先生が警戒する気持ちも分かる。


「そうでしたか。俺もそう感じていました。だからそんな長い間、対馬にいる予定はないです」

「なるほど、では意見は一致していると思ってよさそうですね」

「そう思ってくれて大丈夫です。懸念点があるとしたら、天音です」


「愛ちゃんの容態は安定しています。このまま安静にしていれば回復するでしょう」

「本当ですか!」

「この私が保証しますよ」


 よかった。天音は無事に退院できるようだな。いや、その前には病院を出るかもしれないが。状況によるな。

 だけど、このままだと完治を待たずして出ることになりそうだ。


 すでに戦いは始まっていると思った方がいい。油断すれば命を落とす。


「先生はこれからどこへ?」

「残念ながらまだ決まっていません。もしかしたら海外ということも」

「マジっすか。日本人の患者が困るんじゃ……」

「第一に己の命が優先ですからね」

「それもそうですね」


 確かに先生にもしもがあったら大変だ。正規の医者ではないので、仕方ないといえば仕方ない。


「早坂くんも気をつけてください。最近の世の中は物騒だ。戦争や不況、物価上昇……増税。そんな暗い話ばかりです。うんざりですね」


 ……そうだ。先生に『八咫烏』のことを聞いてみるか。


「先生ちょっと聞いてもいいです?」

「なんでしょう」

「八咫烏という組織に聞き覚えはありませんか?」


 そう聞くと遠見先生は腕を組み、表情を硬くした。……な、なんだ、怖いな。


「なるほど、やはり今回の件は“秘密結社”が絡んでいましたか」

「知っているんですね」

「もちろんです。こういう界隈にいると噂をよく聞くんですよ。ほら、そっち・・・の患者さんも来るので」


 闇医者の遠見先生を頼ってくる人物もいるということか! そうか、そう意味では闇医者は頼りになる存在だし、向こうから寄ってくるわけか。


「なにか思い当たることが?」

「……八咫烏は危険すぎますね。海外へ移住することをおススメします」

「そ、そんなヤバいんですか……」


「間違いなく消されるでしょうね」


 ハッキリと先生は言った。というか、青ざめてないか……。そんなにヤバいのかよ。


「分かりました。ありがとうございます」

「いえいえ。彼らは日本中を監視しているので、かなり手ごわいですよ」


 やっぱり何かしらの方法で監視をしているんだな。

 相手にするだけ俺たちの損な気がしてきた。ならば、さっさと日本を脱出する方が得策だ。そうだな、無理に戦う必要はない。

 生き残る方が先決だ。

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