俺の体に触れてくる北上さん
俺はリップグロスを宙に放り投げた。
銀色の筒は太陽の光でキラキラと輝く。そこへ弾丸が命中する。そこかッ! スナイパーの正確な位置が分かった。
屋上を狙い、威嚇射撃する。
こんなサイレンサーでは弾は届かないだろうが、牽制にはなるだろう。その通り、スナイパーは逃げ出したのか気配が消えた。
「よし、今のうちに逃げるぞ」
「「了解」」
駆け足で現場を離れた。直後、物凄い数のパトカーが集結していた。あれではもう、スナイパーもあの場所にはいられまい。
遠くまで逃げ、安全な場所に避難した。
もうすぐ拠点にしている別荘も近い。
「いったん拠点へ戻って、このことを皆に知らせよう。明日には移動した方がいいかもしれない」
「啓くんに賛成です。謎の男二人が我々を狙っているのですから、危険でしょう」
となれば一刻も早く戻らねば。
周囲を警戒しながらも別荘へ戻った。一応、ここはセキュリティも多いから安全だとは……思いたい。
「おかえりなさい~、早坂くん」
「おっす、千年世。お前だけか?」
「うん、今は私だけだよー。留守番を頼まれちゃってさ。リコたちは出掛けてる」
「マジか!」
「どうしたの?」
俺はさっきあったことを千年世に説明した。もちろん、驚いていた。
「――というわけさ」
「はぁ!? ブランドショップへ行ったら銃で襲われた!? 日本の治安、どんだけ悪いのよ……」
「それには同感だが、敵はサイレンサー付きのハンドガンの男一人と
「そんな……。みんな大丈夫なの!?」
「天音も北上さんも無事だ。それより、リコたちだよ!」
「あ、そっか!」
青ざめる千年世は、スマホを取り出して電話してくれた。無事に繋がるといいが……お?
十秒ほど経って通話が出来たようだ。
『――千年世ちゃん、ご、ごめん……こっち、取り込み中で――きゃ!』
「リコちゃん!? リコちゃんってば……!」
そこで通話は切れた。
「おい、ウソだろ!!」
俺が声を荒げると、天音も「まさか狙われたんじゃ!」と心配そうに声を漏らす。それから北上さんも「まずいですね……」とつぶやいた。
さっきの男達がリコたちを狙ったのか……?
「これ、まずいんじゃない?」
「ああ、千年世。リコたちの位置情報は分からないか」
「分かるよ。お互いに居場所を共有するようにしてるからね。……えっと、リコちゃんたちは……あれ?」
首を傾げる千年世。
腑に落ちない顔をしてどうしたんだか。
俺の代わりに北上さんが千年世のスマホを覗く。すると。
「どうしたのです、千年世。って、ここは『熊本城』ではありませんか」
「熊本城? リコちゃんたち、観光でもしてるの?」
天音が落ち着いた口調で疑問を首を傾げていた。なんだ、危険な目に遭っているわけではなかったのか。
続けて千年世にメッセージが来た。
『ごめん、つまずいて倒れちゃった。痛かったぁ』
「まぎらわしいな、おい!」
俺は思わずツッコンだ。
原因は歩きスマホかよ。気を付けろよな。
* * *
リコたちが帰ってくるまで、俺たちは荷物をまとめることにした。拠点を移さないと、また敵に狙われるかもしれないからな。
自室でひとつひとつ必要なものを梱包していると、北上さんが部屋に入ってきた。
「入りますよ、啓くん」
「どうした、神妙な顔で」
「今回の未知の敵のことです」
「アメリカじゃないのか」
「かもしれません。ですが、確証もありません」
「情報なら得られるさ。そこのサイレンサーで」
テーブルの上には、敵が落としたサイレンサー付きのハンドガンが置かれている。それは『レベデフ・ピストル』と呼ばれる拳銃だ。
「ロシアの自動拳銃……後期モデルPL-15のサイレンサー付きですか」
「さすが詳しいな」
「ということは敵はロシア人?」
「かもな。スナイパーは、恐らく国内でも所持可能なドラグノフ狙撃銃の可能性が高い」
「そうですね。猟銃として認められているモデルもありますからね」
なんにせよ、要警戒か。
みんな早く戻ってくるといいのだが……。
心配していると北上さんが俺をジッと見つめていた。
「ど、どうした……?」
「いえ、その、今日買っていただいた香水をつけてみたのです。嗅いでくれませんか」
そう言って北上さんは、身を寄せて――いや、抱きついてきた。凄く良い匂いがして、俺は頭がクラクラした。なんだこの高級感あるフルーティな甘い匂い。高級ブランドってすげぇや……。
「とても良い匂いだよ」
「では、しばらくこのままで」
「そ、それは……しかしだな」
「大丈夫です。天音さんはお風呂ですし、千年世も夕食を作っているところ。となれば、今しかチャンスはないのです」
その細い指で俺の体に触れてくる北上さん。そんな、大切なものを扱うかのようになぞられると……うぐッ!
「そ、そこは……まずいって」
「ここが弱いんですね」
その甘くとろけるような声も、手の位置も危険すぎるって!
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