無人島、再び

 ガタガタと揺れる飛行機。

 かなり不安定だが……大丈夫なのだろうか。


 隣に座る北上なんか、珍しく震えているし。


「ちょ、大丈夫か。北上さん」

「…………っ」


「お、おいおい。そんな顔するなんて珍しすぎだろう。無人島では自信満々だったじゃないか」

「じ、実は……飛行機はちょっと苦手でして」

「そうだったのか。知らなかったぞ」


 俺の手を握ってくる北上さんは、なんだか気弱で今にも泣きそうだった。こんな風に怯えることなんてあったんだな。

 珍しい光景を見つつも、俺も内心では少し不安があった。


 このプライベートジェット、実はオンボロなんじゃないだろうな。


 空は青い。

 特に悪天候という心配はなさそうだが。


「乱気流とかじゃないよね」


 後ろの席の天音がそうつぶやく。

 ああ、飛行機にとっては天敵だ。


 乱気流に巻き込まれれば、飛行機は操縦不能に陥ることもある。下手すりゃ、墜落だってありえる。


 だけど、こんな場所で?


 いや、ありえるのか。


晴天乱気流エアポケットかもね……」

「琴吹さん、詳しいね」

「まあね。それより今は祈った方がいいかも」


 確かにな。それに、雲行きがいきなり怪しくなってきたぞ。ま、まさか……嵐じゃないだろうな。


 今日の天気は『晴れ』だったはず。


 ちゃんとネットとか気象情報も得ていたのだが。


 だが、飛行機が進む方向は黒い雲に覆われていた。……嘘だろ。


 俺は立ち上がって操縦室へ向かい、マーカスに聞いてみた。



「マーカスさん、天候が悪化していますよ。どうします?」

「計画に変更はないよ、ハヤサカ。君たちを無事に送り届けてみせる」


 カッコイイ言い方をしているが、本当に大丈夫なのだろうか。

 機体がグラグラ揺れ始めているし、なんか信用できなくなってきたぞ。


「ところで、島まであとどれくらいです?」

「飛ばしてきたからな。あと十五分というところだ」


 早いな。もうそんな近いのか。

 飛行機だから当然かな。


 俺は席へ戻り、みんなにそのことを知らせた。



「そろそろ着くらしい」

「もうなんだ。意外と早いんだね」



 とはいえ、飛び立ってから一時間以上は経過していた。ぼちぼちなのは確かだろう。

 到着に備えていると、周囲が真っ暗になっていた。



「ちょ……ねえ、これヤバくない!?」



 大伊が不安気に外を見つめる。

 外は嵐になっていた。

 強い雨が窓を叩く。


 強風のせいで機体は酷く揺れていて……気分が悪くなってきた。乗り物酔いってレベルじゃないぞ、これは。


 ジェットコースターだ。



「……北上さん、これはどうなっている! 天気は良いはずでは」

「そ、そうですね。調べた時は間違いなく晴天でした。なのに、なぜ」


 やがて、機体は上下に激しく揺れた。



「うわ!!」「きゃ!!」「……くっ」「ちょ……マジ!?」「し、死ぬでしょ、これ!!」「……ひぃっ」



 これ、下手すりゃ墜落するだろ。

 もういい、お宝よりも命の方が大切だ。

 俺は再びマーカスのところへ向かった。


「マーカスさん! 引き返せないのか!」

「残念だが、もう島の目の前でね。強行突破する」


「な、なんだってええええええええええ!?」



 ギュゥゥゥン……と、恐ろしい轟音を鳴り響かせ、プライベートジェットが降下していく。そんな乱暴な!!



「まずい、肝心なことを忘れていた」

「え!? 肝心なこと!?」


「この島には滑走路がねぇ・・・・・・!!」


「ちょ……え、え、ええッ!? マーカスさん、プライベートジェットってそのまま降りれないの?」


「無理だ。十分な道がないと止まれないんだ。ヘリコプターじゃないんだぞ」


「どうするんです!?」


「仕方ない、森へ突っ込む」



 あの俺たちがよく道として使っていた森か。

 って、マジかよ!!


 それって墜落じゃないか!!


「せめて砂浜は!?」

「高波で危険すぎる。それよりは森へ突っ込んだ方が生存率が高いだろう」


 なんでそんな落ち着いているんだ、この人。


「どうすればいい!」

「ハヤサカたちは席に座り、ベルトを締め……姿勢を低くしているんだ。いいな」

「わ、分かったよ、マーカスさん」


 俺は言われた通り、みんなにも指示を出した。

 それからだった、プライベートジェットは森へ突っ込んで……バラバラに吹っ飛んだんだ。


 激しい衝撃で俺は意識を失った。



 * * *



 ある日の帰り道。

 女の子が狙われていた。


 その子はウィンターダフネのアイドルで……みんなの憧れだった。


 天音 愛のことは、俺は知っていた。


 知っていたけど、知らない振りをしていた。



 人気故に、ストーカーも多いことも知っていた。



「おい、お前……やめろ」

「あぁ!? なんだ、てめぇ」



 これが最初で最後のケンカだった。

 俺はサバイバル術で鍛えた肉体で、そのストーカーをぶちのめした。思えば、そいつは倉島だった。


 なんで忘れていたんだろうな。


 そうだ、倉島は天音を盗撮しまくっていた異常者だ。


 多分あれからだろうな、倉島が狂ったのは。


 幸いなことに、俺は殺されなかったけど船を転覆させるという恐ろしい計画を倉島は立てたんだ。



「――ありがとう」



 覚えている。

 天音の声だ。


 俺は一度だけ、天音に会っていたんだ。

 それも隣の席になる前の一年前に。


 あぁ、だから天音は俺のこと知っていたし、好きになってくれたんだ。


 思い出した。

 思い出したよ。



 ……意識を取り戻すと、頬が冷たかった。そういえば、もう冬前だ。今はそれなりに寒いんだよな。


 目を開けると、目の前は炎に包まれていた。


 プライベートジェットは真っ二つに割れ、無惨な姿に。


 よく生きていたな、俺。


 他のみんなは!?


 真っ二つになった機体は木々の間に引っ掛かったらしく、それで助かったようだ。運が良かったな。


 下手すりゃ即死だったぞ。


 森の奥の方に天音と北上の姿があった。



「二人とも! ケガは!?」


「……うぅ、早坂くん」

「天音、痛いところはあるか」

「へ、平気。なんとか生きてる」

「良かった」



 北上も無事みたいな。

 他のみんなの姿はない。


 この分だと、マーカスは……怪しいかもしれない。いや、嘆くのはみんなの無事を確認してからだ。


 俺は天音と北上を安全な場所に移し、残りの大伊と琴吹、草埜、そしてマーカスを探しに出た。



 くそ、どうしてこう島に近づくと不幸な目に遭いやすいんだよ。



 それから、マーカス以外の大伊、琴吹、草埜を発見。みんな無事だった。よく無事だった。重傷者はおらず、軽傷だけ。


 装備や食料も無事だった。


 着陸が酷かったものの、なんとかなったな。



 でも、これではもう帰れないじゃないか……!



 本州にいるリコたちに連絡を取るしかないな。

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