ヤンデレvsメンヘラ
みんな睨み合って今にも衝突しそうだ。
戦争でも始まるんじゃないか。かなり危うい空気感だ。頼むから平和的に話し合ってくれよ。
気が乗らないが、俺は平和の使者になるべく挙手した。
「みんな、ここは落ち着いて話をしよう」
なだめてみたが――効果なし。
俺はどうやら蚊帳の外らしい。
これはもう女子たちだけの戦いということか。男である俺に入る隙は……ない。
けど、どうやって決着をつけるつもりだ?
俺は近くにいた北上に聞いてみた。
「なんですか、早坂くん。え、この場をどう収めるかって? そんなの決まっています」
ブンッとナイフを取り出す北上は、ヤベェ目つきで微笑を浮かべた。こえぇぇ……ていうか、殺し合い!?
「まてまて。それでは血みどろの戦いになってしまうだろうがっ。バトロワだけは勘弁してくれ」
「これが一番手っ取り早いと思ったのですが」
「北上さんって、たまに狂人になるよね」
「そ……それほどでも」
「いや、褒めてねぇし!?」
なぜか照れる北上。やっぱり、ちょっとズレてるなあ。
今に始まったことでもないけれど。
「ちょっと、早坂くん。北上さんと何を話しているの」
「あ、天音。いや、だから話し合おうって」
「うーん。そうしたいのは山々なんだけど……決めないと一生終わらないと思う。だから、早坂くんが選択して」
つまり俺が誰と風呂に入りたいか決めない限り、場は収まらないと。
「天音さんの言う通りね」
八重樫も納得してるし。
他の女子もうなずいた。
マジかよ。俺が決めるのか。決めるしかないのか。
天音、北上、千年世、桃瀬、八重樫、ほっきー、リコの中から……ひとりを。
んな無茶な!
誰かひとりなんて……。いや、強いて言えば天音なのだが、リコとの約束もあった。約束は破れない。それに、北上が“自分を選べ”と睨んでくるからなあ。下手すりゃ刺し殺される。
困ったぞ。
困った。困った。マジで困った。どうする、どうすりゃいい。誰か教えてくれ、最適解を。
……いや、自分で決めるんだ。
そうだ、ここは“先約”があるんだ。それを守るべきだ。男として。
「みんな、聞いてくれ。俺はリコと入る」
「ええッ!?」「……」「リコちゃんと!?」「しょんなぁ……」「うそぉ……」「なんでリコなんです?」
「あー、実はリコとはそういう約束なんだ。そもそも、スコップはリコの所持品なんだ。スコップがなければ穴は掘れなかったし、サメも倒せなかった」
それが事実だ。
だから俺は決めたんだ。
みんな、これで納得してくれるといいんだけどなぁ……。
などと不安を感じていると、なにか影がすっ飛んできた。……え、なに?
「……がァ!?」
いきなり視界がグルグルして俺は押し倒されたらしい。何が起きたんだ。
「早坂くん、彼岸花理瑚とお風呂に入るだなんて許さない」
「き、北上さん……うわ、ナイフ! ナイフが首元に!!」
感情のない表情で俺を脅す北上。めちゃくちゃ怖ッ!
ビビっていると、リコが声を荒げた。
「ちょ、北上さん! リコって決まったんだよ。そういうの止めてくんない?」
「彼岸花理瑚は黙っていて下さい。それとも、あたしと命を懸けて勝負しますか」
「ふぅん。いいけど後悔するよ」
「自信があるようですね。まあ、命までは取りませんよ。一分間のキックボクシングルールでどうですか」
「10点法なし、スリーノックダウン・KO勝ちでどうかな」
「……詳しいですね、彼岸花理瑚」
「まあね。やってみれば分かるよ」
あの自信たっぷりの表情。リコって、まさか格闘技経験者なのか。
「ねえ、ちょっと」
「天音……どうした」
「どうした、じゃなくて。止めなくていいの?」
「もう止めるのは無理そうだ。俺が言っても北上さんから刺されるし」
「も~…。こうなったら、これは北上さんとリコちゃんの戦いね」
「天音は止めないのか」
「あの二人の異常な闘志を見せられたら……無理でしょ。あれは次元が違うわ」
「悪いな。その代わり、天音とは入るから」
「本当は一番が良いけどね。でもいいよ、早坂くんのこと信じてるから」
天音は天使だ。寛容な精神で俺を許してくれる。この優しさには頭が上がらない。
……さて、そうなると北上とリコだが。
二人とも少し離れた場所に移り、向かい合っていた。静かに睨み合い……恐ろしい殺気を漂わせていた。
悪鬼羅刹かよ。
本当に殺し合いでもするんじゃないかと、俺はヒヤヒヤしていた。
「いいのですね、彼岸花理瑚」
「こっちはいつでも構わないよ」
二人とも見事なファイティングポーズを見せた。北上もリコもガチ勢っぽいぞ。やべぇ、この試合どうなってしまうんだ。
少し――いや、かなりドキドキしてきた。
暴力は好きではない。
好きではないが、不覚にもこの先を見てみたいと俺は思ってしまった。
「二人とも、一応ケガのないように気を付けてくれ」
俺はせめてもの願いでそう言葉を送った。
その刹那、リコの右ストレートが炸裂。あまりに早いパンチに全員が固まった。……な、なんだ今のスピード。
ぜんぜん見えなかったぞ。
だが、北上は腕でガードしていた。……やっぱり北上もバケモノだ。
「……っ!」
「どうしたの、北上さん。今の痛かった?」
「い、いえ。少し驚いただけです。彼岸花理瑚……あなたはかなりの実力があるようですね。ですが、あたしの父は元
「だから、何よッ!!」
今度はリコのキックが続く。あの身のこなし、やはり只者ではない。きっと何か格闘技をしていたに違いない。
学校では将棋部らしいけど、それは嘘だったのか。それとも、ただの趣味なのか。それならいいけど、リコは謎が多すぎる。
押されている北上だが、ついに反撃した。
「強い蹴りです。ですが、そこに“迷い”がある。“恐れ”もある。いったい、なにをそんな不安に感じているのですか?」
まるでカウンセラーのように北上は、リコを分析した。ちょ、今のでそんなに分かるのかよ。
「……い、意味わかんない! リコはそんな迷いだとか恐れなんてないわ。
ボディブローが北上に入ろうとするが、彼女は今までとはまるで違う動きで回避した。ちょ、まて……今まで本気じゃなかったのかよ。
リコも凄かったが、北上も更に上をいった。リコの破壊力とスピードのあるパンチとキックを全て
「焦りも見えていますよ、彼岸花理瑚」
「うるさいッ!! この!!」
北上の顔目掛けて拳を捻るリコ。これは避けられないか……全員がそう思ったが、北上は避けつつも、リコの顎にカウンターを入れた。
打ち上がる拳とリコの体。
リコは地面に倒れてダウン。
……これは“KO”だな。
「そこまで! この勝負、北上さんの勝ちだ」
俺はストップを掛けた。
しかし、リコが急に立ち上がってポケットに手を伸ばしていた。な、なんだ……?
「これでも食らえ、
ちょ……ええッ!?
リコのヤツ、そんな防犯グッズを使うとか……!
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