夢のような甘いキス

 拠点へ戻り、俺は今度こそ眠った。

 疲れていたせいかアッサリと夢の世界へ――。



 久しぶりに夢を見た気がする。



 毎日学校に通う夢。

 いや、あれは“記憶”か。



 一年前。



 退屈で代り映えのしない毎日。退屈しかない授業。なぜ非日常はやってこない? なぜ俺はこんなにも、つまらない人間なんだ。


 ただ、時に身を任せる日々。


 家に帰ればゲームとかネット。ただ、それだけのルーティン。



 災害は起きて欲しくない。

 戦争も起きて欲しくない。


 平和が一番だ。



 でも、平和すぎても刺激が足りない。



 ある日、俺は『サバイバル動画』にハマった。

 冒険家のベア・グリルスという元特殊部隊の男が世界中を飛び回って、僻地でナイフ一本でサバイバルするというものだった。


 俺は直ぐに魅了され、サバイバル知識を蓄えていった。



 多くの知識を取り入れたが、実際にサバイバルすることはなかった。そんな緊急事態になることもなかったしな。


 ベア・グリルスのように自ら自然に飛び込む他はないのだが――そこまでの気力は湧かなかった。



 俺は所詮、その程度の男だったのだ。

 ただの知識野郎だ。


 結局、これを活かすことなんて――。



「――そんなことはない。早坂くん」

「なんだ、天音。そこにいたのか」

「うん。ずっと傍にいるよ」



 笑顔を向けてくれる天音。


 ……あぁ、そうか。


 これは俺の夢・・・だったな。



「天音、俺は……必要な人間なのかなぁ」

「なんでそんな風に言うの」


「え……」

「わたしには早坂くんが必要だよ。君がいなくなったら……生きていけない。こんな孤島でどうやって生活すればいいの」


「……な、なんかリアルすぎる夢だな。天音、これ本当に夢か?」


「なに言ってるの。ここは現実世界だよ」

「――なぬッ!?」



 意識をしっかり持てば、俺は天音に膝枕されていたらしい。



「しっ! 静かに。まだ朝早いから、みんな寝てる」

「あ、天音……どうして」


「早坂くんの寝言が聞こえたからね。最初はうなされてるのかなぁって思ったけど」

「……うわぁ、恥ずかしい」



 なんてこった。俺ってそんな寝言を言っちゃうタイプだったのか、知らなかった。

 顔を熱くしていると天音はクスクス笑った。



「大丈夫だよ。秘密にしておくから」

「俺、なにを言っていた……?」


「ネガティブな発言は多かったね。早坂くん、マイナス思考すぎでしょ。もう少し物事をプラスに考えてもいいんじゃないかな。でも、普段はそんな感じしないけど」


「あー、それは過去の俺だ。昔の俺は卑屈だった」


「そうなんだ。変わったんだね」

「それは……そうだ。この島に来てからな」



 天音との出会いがキッカケだ。

 もしこの漂流がなかったら、俺はずっと退屈人間だったろう。なんの面白味も無い男で一生を終えていた。


 けれど今は、天音を特に守りたいと思う。


 救われた分、俺も天音を救う。



「そっかそっか、それは良いことだよ。早坂くん、隣の席の時、すっごく退屈そうだったもん」

「なんだ、見てたのか」

「まあね、隣の席だもん」


「俺も見てたよ、天音を」

「うん、知ってる。たまに視線を感じていた」


「バレていたのか」

「胸もチラチラ見られていた」


「……うぐっ。それに関しては申し訳ない」

「いいの。今は全部許してあげられるから。……それに、お礼もまだだったね」


「お礼?」


 そう言い返すと、天音は俺の頭を優しく撫でてくれた。



「いつもお世話になっているから、日々の感謝……」



 顔を近づけてくる天音は、そのまま俺にそっとキスを――。



「――――――」



 甘くて、脳がビリビリした。


 これで二度目のキス。


 これが天音の気持ちなんだ。なら俺は、それに応えなくちゃ。そもそも、俺の気持ちだって……。


 顔を離し、俺は好きを告白しようとした――のだが。



『――ォォォ』



 なにか音がして、俺はハッとなった。



「これは前にも耳にしたような」

「な、なに!? どうしたの、早坂くん」



「この不気味な音だよ」

「音? よく分かんない」



 洞窟の奥かと思ったけど、外のかもしれない。俺はそのまま立ち上がり、洞窟の外へ。

 夜明けを迎えそうで外は明るくなっていた。


 ……ここからだと海の様子は見えない。



「天音、浜辺まで行くぞ」

「え? うん」



 俺は天音の手を引っ張って森へ入った。

 まだ薄気味悪いけど、ルートは頭に叩き込んだ。矢印の目印もつけたしな。これでもう迷うことはない。


 足早に向かうと、浜辺に出た。



 日が昇り始め、少し暖かい。

 ……いや、それより『音』の正体だ。



 もしかして……。



「あれは“船”じゃないか!?」

「え……ちょ、マジじゃん!!」



 水平線の彼方に浮かぶ小さな船。あれは間違いない……『貨物船』だ!!


 良かった、ここは船の通る海域なんだ。



「お~~~い!!」



 叫んでみるが、当然声なんて届かない。



「さすがに気づかないと思うよ。あ、そうだ! 早坂くん、あれだよ。狼煙っていうのかな。なにか燃やして煙を炊くの!」


「それだ! ファイアースターターはいつも持っているからな」



 俺は直ぐに乾いた枝を集めた。

 そこへ向けて火花を散らしていく。

 あっという間に火がついたので、俺は更に枝を燃やして火力を上げた。



「わたしも枝を集めるね!」

「頼む、天音」



 急いで浜辺に落ちている枝とか燃えそうなゴミを集めた。どんどん燃やして煙を上げまくるんだ。上手くいけば船に気づいて貰えるかも。


 だが、必死な活動も虚しく――船はいつの間にか姿を消していた。



「……間に合わなかったか」

「今の気づいて貰えなかったかな」

「微妙だったな。火力もたいしたレベルではなかったし、焚火とは言えない規模だった。くそぉ……次回は浜辺にも薪を置いておくか」


「あぁ、ショック……。でも、仕方ないよね」

「すまない、天音。もしかしたら脱出するチャンスだったかもしれないのに」

「気にしないで。わたしは早坂くんと一緒なら、どこでもいいから」


 手を握られ、俺はドキドキした。今日の天音さん、優しい……。

 今までこんな見つめてくれなかった。

 引っ張ってくれるなんて、俺はチョロいから一瞬で虜になっていた。


 これがアイドルのパワーかぁ。強いな。


「ありがとう、天音。……ま、せっかく浜辺に来たし、少しのんびりするか」

「そうだね。――って、早坂くん……!?」


 俺は天音の手を引っ張って、座らせた。

 今度は俺が天音に優しくする番だ。



「天音だって疲れているだろう。俺が癒してやる」

「え……でも」

「なにも考えるな。俺に身を委ねてくれればいい」


 俺が天音を膝枕した。

 彼女の頭は小さくて、髪もふわふわだ。


 天音は嬉しそうに目を細め、俺に身を委ねてくれた。


 しばらく、こうしていよう。

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