なにがあっても俺が守る

 スコップのおかげで、効率よく穴を掘り進められた。

 汗をぬぐっていると背後から声がした。


「おはよ、早坂くん」

「天音か。おはよう」


「えっと……落とし穴でも作ってるの?」

「いや、これは水溜にしようと思ってね」

「おぉ、そういうことか~。って、そのスコップどうしたの?」


「リコから借りたんだ」

「リコ!? 誰よ、それ」

「彼岸花さんのことだ」

「むぅ……。いつの間にそんな親しい関係になったの」


 天音さん、なんか膨れているような。

 北上みたいに暴走しないといいけど……。


「向こうがフレンドリーなんだ。仕方ないだろ」

「そうなんだ。じゃあ、わたしのことも『まな』って呼んでよ」


「……え」


 突然の要求に俺は、固まった。

 天音を呼び捨て?


 ……んな無茶な。


「呼んでくれないの?」

「いやぁ……天音は天音だからなぁ」

「どういう意味よ!?」

「ん~、なんとなく」


「もー! 意味分かんない。でも、いつか呼んでよ」

「その内ね。――さて、穴掘りはこんなものか」


 深さ・幅共に約一メートルほどの穴が出来た。


 だけど、これだけでは土が崩れてしまう。


 ので、丸太で壁を作らないとな。


「これからどうするの?」

「森とか浜辺へ行って丸太の確保だな。ナイフとスコップがあるから、ある程度なら伐採も出来る」


「わたしも手伝うよ」


「分かった。そういえば、千年世とか八重樫さんは?」

「あ~、千年世さんは八重樫さんのチームと一緒にどこか行ったよ」

「そうなのか」


 黙ってどこへ行ったのやら。

 でも、女子には女子の都合もあるだろうからな。あまり詮索しない方が身の為か。


 となると、こっちはこっちで動くか。


「だから、二人きりだね」

「お、おう。じゃあ、丸太を探しに行くか。そこら中に落ちているとは思うけど」


 俺は穴から脱出し、天音の元へ。

 そのまま森を目指した。



 森はいつも薄暗い。



 アマゾンの奥地のようなジャングルだ。

 湿度も高くて暑苦しい。


 虫も飛んでいて、環境がとても良いとは言えない。虫刺され対策もしないとな。



 自然の摂理によって朽ちた丸太を探すこと――ニ十分ほど。



 いつの間にか浜辺に出ていた。



「海に出ちゃったね、早坂くん」

「こっちにも用はあったからね。流れ着いた丸太とかあるだろうし」

「なるほどね。なにか面白いモノも流れ着いているといいね」

「そうだな。もう少し便利なものがあるといいんだけど」


 更に進むと、人の気配があった。


 む……あれは?



 穏やかな波の中に人がいた。

 ……って、北上じゃん。



「うわっ! 北上さん、裸じゃないか!!」


「…………っ! 早坂くんに、天音さん……どうして!」



 一瞬で顔を真っ赤にする北上。

 まさか、生まれたままの姿で泳いでいたのかよ。


 俺は背を向けた。


 と、とんでもないモノを見てしまった。

 白い肌がまぶしかったし、スタイル良すぎだろっ。なんだよ、あの大きな胸とか大胆なくびれとかさ! エロすぎてビビった。


 動揺していると天音が溜息を吐いた。


「北上さん、なんで裸なの」

「お風呂ですよ、天音さんも入ったらどうですか?」


「は、早坂くんがいる前で脱げるわけないでしょ。ていうか、早く着替えなさいよ……」

「……そ、そうですね。早坂くん、あっち向いていて下さいね」


 俺は手を振って合図した。

 上手く言葉が出てこなかったからだ。


 ……くぅ、手とか足が震えやがる。


 北上の裸が宝具級の威力だったとは……!

 あれは反則チートだ。反則チート



 しばらくすると悲鳴が上がった。



「きゃあああ! 助けて!!」



 何事かと振り向くと、そこには学校の制服を着た男がいた。

 茶髪ピアスの不良系だ。


 天音と北上が人質に取られてしまっていた。しかも、北上は下着姿のままじゃないか。



「お~っと、動くなよ!」

「てめぇ……! 天音と北上さんを放せ!!」


「放せぇ? お断りだ。アイドルの天音と下着ギャルを独り占めとかズルくねぇ!? しかも、お前、複数の女といたよなァ! 昨日、見ていたぜ。

 だからよ、少しくらいお裾分けしてくれたっていいよなぁ……?」


 ギロッと俺を睨む男。

 ……まてよ、コイツは八重樫が言っていた『倉島』ではないだろうか。多分そうだ。


「倉島だよな」

「なんだ、俺を知っているのか! 俺はお前を知らねえけどな」


「やっぱりそうか。同じ漂流者として協力した方が身の為だと思うが」


 俺は一応、協力を煽いでみた。

 天音の優しさに感謝しろよな。


 ――だが。


 倉島は邪悪に、そして愉快そうに笑うだけだった。



「クク、クハハハハ……! 協力だぁ!? ふざけるな。いっそお前をぶっ殺してもいいんだぞ。

 ここは無人島だからな、女共を性奴隷にして毎日ハッピーライフだ!」


「お前……」


「ここは無人島だぞ。つまり、やりたい放題ってワケ! お前こそ、こんな美人がいるっていうのに指一本も触れてなさそうだな。……どぉれ、この俺が天音を味見してやろう。お前は指を咥えて見ているがいい!」



 ニヤニヤ笑う倉島は、天音の胸に触れようとした。

 天音は「助けて」と涙ながらに訴えかけてきた。



「……止めろ、倉島」

「あぁん!? てめぇごとき雑魚に何が出来る」


「最後の警告だ。止めろと言った」


「友達もいなさそうな陰気くせぇ野郎が、俺に楯突こうなんて百年早――ぐふぉおおおおおおおお!?」


 気づけば、北上が裏拳をかましていた。

 倉島は完全な不意打ちを食らったんだ。


 チャンスだ。



 俺は、入手していた丸太を握りしめ、猛ダッシュで倉島の元へ駆け寄り、怒りのまま突撃。



「天音を泣かせるんじゃねぇ!」



 倉島の鳩尾みぞおちに丸太をねじ込んだ。

 ヤツは俺の一撃で吹き飛び、浜に何度も体を打ちつけて――岩に激突。




「がはあああああああッッ」




 俺を雑魚と侮っていたようだが、それは大きな間違いだ。

 サバイバルオタクの俺は、むしろ体を極限まで鍛えまくっていた。


 毎日、腹筋・背筋・腕立て・スクワットをしていたのだ。あとマラソンも欠かさずに。


 あの冒険家ベア・グリルスに憧れたからこそ、今の俺があるんだ。


 筋肉こそパワーなのだ。



「ちなみに、俺の親父が総合格闘技MMAの現役選手だ。よく格闘術を教えてもらっていたが……丸太の方が強かった」

「…………」


 倉島は目を回し、倒れていた。


 幸い、深刻なダメージはないようだが、頭上にヒヨコが回っている。ありゃ、しばらくは立ち上がれないだろうな。



「「早坂くん!!」」



 倉島を見下していると、天音と北上が抱きついてきた。……感触!



「ふ、二人とも!」


「助けてくれて、ありがと! ……怖かったよう」

「あたしも襲われるかと……。下着だったので不安でした」



 北上は、今も下着姿じゃないか。

 ていうか、あの裏拳はマッハぎて見えなかったぞ。

 実は何とかなったんじゃ……?


 けど、俺は二人から抱き着かれて感謝されて嬉しかった。守れて良かった。



「天音も北上さんも怪我はないよな」



「うん、わたしは平気」

「あたしもです。ですが、あの男は……いったい」



「ヤツは、八重樫さん達が言っていた『倉島』だ。救命ボートを掻っ攫ったという」



 二人は驚いて、引いていた。



「例のヤツね。わたしと北上さんを襲うし、最低ね……」

「救命ボートを独り占めしただけでなく、女子を襲おうとするだなんてゴミクズ野郎ですね」



 天音も北上もご立腹だった。

 そりゃ、そうだな。

 しかし、この倉島をどうしたものか。


 放置ってわけにもいかないしなあ。


 網ロープで捕らえておくか。


 俺は、腰に引っ掛けていた網ロープを取り出そうと――したのだが。



 倉島が急に意識を取り戻し、立ち上がった。



「クソッ!! 計画変更・・・・だ!!」



 背を向け、全力疾走していく倉島。

 嘘だろ、あんな頭を打ちつけていたのに、もう回復したのか。



「ま、待て……倉島!!」

「うるせえ! 俺は生き残ってみせる!! 邪魔するんじゃねえ!!」



 威勢の良い割には、涙目で去っていった。

 なんなんだ、アイツ。



「追いかけますか、早坂くん」

「大丈夫さ、こっちは七人いるし。なにがあっても俺が守る」


「さすが早坂くんです。そういうところに惚れちゃうんです」



 まだ下着姿の北上が抱きついてくる。

 ……こ、これは近づぎるってレベルじゃない。



「ちょっと、北上さん! 早坂くんにべったりしないで! 彼は、わたしのなんだから」


 二人ともバチバチし始めるが、俺が止めた。



「ストップ。丸太を回収して拠点へ戻ろう」


「「はぁ~い」」



 なんとか静まってくれた。

 ふむ、なんとなく扱い方が分かってきたような。

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