第2話

 ふたりが本当に動画を宣伝に利用したんだとしたら。提案したのは沙月爺と桔梗さんどっちなんだろう。どら焼きが人気商品になったように、神坂食堂にも人気のメニューがあったりして。沙月爺がいない時を見計らって食べに行ってみようかな。


「あずさ、買い物を頼んでいい?」


 お店に顔を出したお母さん。

 私に近づくなり差し出された財布。


「お母さん。今日の晩御飯、玲香さんも一緒でいいでしょ?」

「もちろん、食べたいものあります?」

「急には思いつかないわね、私が行っていいなら考えながら買ってくるんだけど」

「お店は玲香さんに任せたいんです。あずさはまだ接客に慣れてないので」


 お母さんもお店にいないくせに。私は働きたいんじゃない。玲香さんのそばにいたくてお店に顔を出してるだけなんだから。


「となるとあずさちゃんが食べたいもので決まりかしら」

「玲香さんが食べたいものがいいんだけどな」

「それなら、あずさちゃんが思いついたものが私が食べたいもの。これでどうかしら?」


 子供を諭すような優しい声。

 まいったなぁ、玲香さんには逆らえないや。自分が大学生だってことが信じられない。


「玲香さんがいいなら、それでいいよ」


 お母さんったらクスクス笑ってる。


 私が食べたいものか。

 何にしようかな。カレーって気分じゃないし玲香さんが喜ぶものにしたい。ステーキは豪華すぎるし贅沢を遠ざけた美味しいもの。お母さんが作ってくれる私のお気に入り……それなら。


「それじゃあ、野菜がいっぱいの煮込みうどんかな」

「煮込みって……あずさったら、さっぱりしたものがいいんじゃない?」


 確かに、今は夏だしね。

 今度は玲香さんがクスクス笑い。ふたりとも、私はお子様じゃないんだから‼︎


「にっ煮込みうどんはいつ食べても美味しいの‼︎ 玲香さん、うどんでいいよね?」

「もちろん、楽しみにしてるわ」

「じゃあ、行ってくる」


 足早にふたりから離れ向かう出口。

 黄昏時が過ぎた町は、もう少ししたら行き交う人達のざわめきに包まれる。


「気をつけてね、あずさ」


 振り向いて見えたお母さんと玲香さん。最初に町を歩くのが私だなんてなんだか緊張する。


「すぐ帰ってくるから。お母さん、美味しいもの作ってよね」


 財布を握りしめて歩きだした。

 明かりが灯る店の群れと私以外誰もいない道。神坂食堂から流れてくる美味しそうな匂い。沙月爺に声をかけてから買い物しようかな。先に野菜を買ってうどんはコンビニで。


「あずさちゃん、今から買い物かい?」


 威勢のいい声に呼び止められた。

 神坂食堂の向かいにある揚げ物屋。声の主は店主の千代おばさん。真っ白な割烹着がよく似合ってる。


「今日の夕飯、うちの揚げ物もどうだい? あずさちゃんにはサービスするからね」

「おすすめはなんですか?」

「鳥の唐揚げ、それとおっきな海老天かねぇ。たった今揚がったばかりだよ」


 優しいなぁ千代おばさんは。これから買いにくる人のために揚げたてを準備するなんて。

 海老天はうどんに合いそうだし買っていこう。


「それじゃあ、海老天をよっつ」

「お気に入りの煎餅、おまけに入れとくよ」


 ガサガサと音を立てて、見せられた4枚の煎餅。千代おばさんの人懐っこい笑みと香ばしい匂い。


 手早く袋に入れられた海老天と煎餅。

 お金を払って受け取ったお釣りを財布にしまう。何処からか響く猫の鳴き声。


「ありがとね、あずさちゃん。さぁて、私はもうひとがんばりだ」

「ここの揚げ物美味しいもん。がんばって、千代さん」


 うどんの具材は何にしようか。大根、椎茸、かぼちゃ、ほうれん草……そうだ、家にちくわはあったっけ。

 町の中、見え始めた町を歩く人達。

 子連れの母親や学生、もう少ししたら仕事帰りの人達が買い物に来るのかな。


 ——オモイデサガシは作られた存在もの


 玲香さんの考える通りならみんな演技をしてる。町を盛り上げて、沢山の人達を呼び寄せるために。黄昏時が過ぎてからの買い物、私も演技をしてるって思われてるんだろうな。知らず知らずのうちに流されちゃってるんだ。もしも……黄昏時に外を歩いてたらどう思われるんだろ。千代おばさんや町の人達に怒られちゃうのかな。


「あずさちゃん、なんだけど」

「え?」


 千代おばさんに言われるまま振り向いた先。見えるのは黒ずくめの男の人。暑くないのかな、夏なのにコートを着てるなんて。


「見慣れない人だと思ってさ。悪いね、引き止めちゃって」

「いえ、気になりますよね。観光でここに来るとしたら午前中のはずだし」


 風に揺れる黒髪と綺麗な顔立ち。頬に見える赤いものは……傷痕? 何かに食いちぎられたような。


「何か用か?」


 声をかけられ体中がどくりと音を立てる。

 冷ややかな声と私を見る目。向けられた威圧感。

 どうしよう、怒らせちゃったかな。


「用がないなら、何を見てる。この傷か」

「……ごめんなさい」

「謝ることはない、その反応には慣れているからな。聞きたいことがある」

「なんですか?」

「泊まれる場所を教えてほしい。旅館やホテル以外でね」


 何を言ってるんだろう。

 宿泊が目的の場所。それ以外に泊まれる所があるはずはないのに。


「あずさちゃん」


 千代おばさんが小声でポツリ。


「新手のナンパかもしれない、気をつけて」

「聞こえている、ご婦人」

「ひっ‼︎」


 苛立たしげな声と、千代おばさんの怯えた声に挟まれた。なんだか動きづらい……まいったな。


「人がいない場所を探しているだけだ。奇異な目で見られるのは気が散るからな」


 沙月爺の顔が浮かんだ。

 沙月爺は言いそうな気がする。『僕の家に泊まればいい』って。困っている人をほうっておけない、沙月爺はそういう人だから。


「もう1度聞く。泊まれる場所はあるか?」

「思いあたる場所はどこにも」

「そうか、わかった」


 近づいてきて、綺麗な顔が私を見下ろす。

 香水の匂いと差し出された名刺。



 月刊ミステリーショウ

 霧島愁夜きりしましゅうや



「ミステリーショウって?」

「売れないオカルト雑誌、僕は編集部の人間だ」

「それじゃあ、ここには取材に?」

「取材……か」


 形のいい唇が緩み『ククッ』と笑う声が漏れる。


「妖魔とオモイデサガシ、僕は手がかりを探している。君、何か知っていることは?」


 私と玲香さんが考えてることは同じ。

 妖魔もオモイデサガシもいるはずはない。この人に話せることなんて。


「いえ、私は……きゃっ‼︎」


 腕を引かれ足がもつれた。倒れかけた私への『やれやれ』という呟き。


「あずさちゃん、大丈夫かい?」


 驚く千代おばさんと揚げ物屋に訪れる人達。


「これから忙しくなるのだろう? 商売の邪魔をするつもりはない。ここから離れる、わかるな?」

「私には、話せることは何も」

「離れると言っている」

「買い物の途中なんです。早く帰らないと」

「店に向かえばいい。歩きながら話せ」


 言われるままあとを追う。

 ついていく訳じゃないけど、八百屋さんもコンビニも歩いていく先にあるから。

 町を歩く人達。

 すれ違う誰もが驚いている。私の前を歩く人……霧島さんを見て。


「手がかりって言ってましたよね。町のことやオモイデサガシ、記事にするんですか?」

「僕は休暇を利用して来ただけだ」


 振り向きもせず霧島さんは言う。


「長くいるつもりはない、目的を果たすことにしか興味はないからな」

「目的?」

「復讐だ。僕を喰らった妖魔への」

「……妖魔?」

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