夜明けのマーメイド 「救いようがない」

帆尊歩

第1話 「救いようがない」

「わー」

朝方、夜明けと共に娘の砂羽が、大声を出した。

僕と美智はびっくりして、砂羽を見る。

砂羽はすごい寝汗で泣き叫んでいる。

僕と美智は具合が悪いのかと思って、娘の砂羽を確認する。

小学校に上がる前の子供が、こんなに大きな声を出すという事に驚いた。

「どうした。砂羽。大丈夫か?」砂羽はまだ泣いている。

妻の美智は砂羽の小さい体を点検する。

どこかにぶつけたのか。

おなかとかが痛いのか。

特に異常がないことを確認すると、美智が優しく言う。

「どうしたの。恐い夢でも見たの?」砂羽はしゃくりあげながら、頷いた。

「人魚姫がね。人魚姫がね。泡になって、お空に飛んで言っちゃったの」

ああ、と僕は思った。

昨日は、僕と美智、砂羽の三人でディズニーランドに行ってきた。

そのノリで、僕は人魚姫の話を砂羽にしてあげた。

砂羽は本当の人魚姫の話があまりに悲しくて、ショックを受けていた。

そのせいで夢を見たということらしい。

「でもね砂羽。人魚姫はね。真実の愛を貫いて、自らの意志で、泡になったんだよ、偉いだろう」

「いや、いや、子供に言っても分からない話だから」と横にいる美智が突っ込んできた。

「真実の愛って何」と砂羽が尋ねて来た。

さてどう説明したらいい。

と思い、僕は美智の顔を見る。

美智の顔には、知らんと言う文字が書かれていた。

「いいかい、砂羽。砂羽は王子様、好きかい?」

「大好き」

「あたしも大好き」美智が口を挟んでくる。

「イヤ美智は良いから。そもそも僕という者がありながら、王子様を好きになって、どうするんだよ」

「でも王子様に、プロポーズされたら、行っちゃうな」とりあえず美智の言葉は無視する。

「いいかい、砂羽、人魚姫も王子様のことが大好きで、少しでも側に行きたくて、その美しい声を差し出して、足をもらった。でも王子様から愛されないと死んでしまうんだ。なのに、王子様はほかに好きな人が出来た。さあどうする」

「ぶんどる」だから美智はだまれ。

「いや。砂羽はあたしの娘だから。絶対に同じように思うはずよ」

「はい、はい」

「で、人魚姫は大好きな王子様が幸せになるなら。と身を引こうとした。美しいだろう。自分のより相手の幸せを願う。これが真実の愛だ」

「真実の愛には、諸説あります」とまた美智が茶々を入れる。

「でもね、人魚姫には、ママのような、ぶんどる体質のお姉さんが何人もいてね。」

「いて」美智が僕の後頭部をたたいた。

「夜半、窓をたたく音が聞こえた。人魚姫は何かと思って、窓の外を覗くと、お姉さんたちがいた」

「短剣を持って来たんだよね」

「良く覚えていたね、で言う、(人魚姫よ。この短剣を王子さまの胸に刺すのじゃ、されば、また元の人魚に戻ろうぞ)ってね」

「なに時代劇になっているのよ」またしても美智。

「かくして人魚姫は王子様の寝室へ、寝息を立てる王子様の胸に向かいて、刃を突き立てる人魚姫、ああ、なんと美しい寝姿じゃ、これが、わらわのものとなるなら、ほかに何を望ぞもうか。オイ、オイ、オイイー」

「おおーい、泣き真似するな。おまけに歌舞伎になっているぞー。人魚姫、自分の事をわらわなんて言わないでしょ。」

「人魚姫は愛する王子様を殺すことが出来ない。王子様を殺すくらいなら、自分が死ぬ、これが人魚姫の真実の愛なんだよ」

「五歳児。理解してないぞー、ていうか、あたしも理解してないぞー」

「美智には理解出来ないだろうな」

「彼の幸せ。

他の女と一緒になるのが彼のため。

だから自分が死んで彼の幸せ。

そんなのまっぴらゴメンだ。そんなんなら二人殺して。あたしだけでも生き延びてやる」

「悪魔かお前は。砂羽、ママみたくなったらだめだぞ」

「砂羽、王子様に愛される女になる」

「いいわね、それでこそママの娘だわ」

「美智は黙れ」

「でもね砂羽。そんなことしたら、人魚姫が泡になって。死んじゃうんだぞ」

「じゃあパパは、砂羽が王子様に捨てられて。悲しんでもいいの」

「違うんだ砂羽、そんな事を言っているんじゃないんだ。パパは真実の愛の尊さを知ってもらいたいんだ。だって砂羽が王子様と仲良くなったら、人魚姫が泡になって死んでしまうんだぞ。人の不幸の上にある幸せなんて、本当に幸せとは言わないぞ」

「それは違う」またしても美智。

「一つの幸せの裏には一つの不幸があるのよ、いえ一つの幸せの裏には二つの不幸がある場合もある。自分が幸せをつかむために、人の不幸を容認しなければならない時があるのよ」

「誰の話をしているんだよ美智」

「一般論よ」

「そんなこと五歳児に教えるな」

「砂羽、いい砂羽が王子様に愛されることによって人魚姫が死んでしまう。でもそれも仕方のないこと。強く生きるの」

「砂羽が王子様に愛されたから。人魚姫が泡になったの。人魚姫、ごめんなさい」砂羽が泣き出した。

「砂羽そういうことを乗り越えて、女は強くなるの。強く生きるのよ」

全く、救いようが無い。

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