第19話 呼び捨ての荒野

「ヅラリーノか、お前もその黒薔薇党とやらに加入したのか?

お前の様な小物に相応しい居場所が見つかって良かったじゃないか。

それは置いておくとして、折角金払って植えた髪をわざわざ抜かれに来たのか?」


「黙れ、豚野郎!これまでのカツラの恨みを晴らしてやる!」


「来いよ、ハゲ。今度はその頭皮を焼き尽くし、植毛不能の完全な不毛の荒野にしてやるよ。」


と挑発したものの、敵はヅラリーノ含め

十人ぐらい。

しかも自動小銃等で武装している奴もいる。

対するこっちは俺とクロと妻殴りと糞平とパリス。全員丸腰だ。

そういえばさっきから糞平の姿が見当たらない。

糞平の姿を探すと、奴は栗栖の爆破現場付近で体育座りして途方に暮れてやがる…

こっちは四人か。

しかしこういう時、クロは使い物にならないからな。三人か…

厳しい…


途方に暮れかけた時、エレベーターの扉が再び開くとそこには高梨がいた。


「詩郎!みんな伏せて!」


そう叫んだ高梨の手には自動小銃が握られていた。

ヅラリーノと黒薔薇党員らは背後からの声に振り返り、誰もが突然の高梨の出現で呆気に取られる。

この隙にとばかりに、高梨の手にある自動小銃の初弾が発射され、黒薔薇党員の一人が倒れた。

それを見た高梨が目を大きく見開き、悪戯っぽい笑みを浮かべる。


この一瞬に近い予期せぬ出来事によって、狐につままれたような気分になったのだが、俺は腕の力のみでなんとか車椅子から崩れ落ちるかのように降り、高梨の言葉通りに地面へ伏せる。

それを見計ったかのように高梨の物と思われる銃撃音が連続で鳴り響く。


俺の頭上を数回に渡って銃弾の風を切る音が聞こえる。

生きた心地がしないはずなのだが、今この瞬間は違う。

俺は安心感に包まれていた。

そうだ、いつも高梨はこうなのだ。

どんな時も俺が困った時に颯爽と現れ、なんとかしてくれる。

高梨はそんな奴だ。

しかしなぁ…


銃撃音が止み静寂が訪れた。

俺は恐る恐る頭を起こし、周囲を見渡す。

クロと妻殴りとパリスも伏せていて無事なようだ。

その一方、黒薔薇党員らは高梨の不意打ちによって全員が戦闘不能に陥ったようだ。


「詩郎、大丈夫?」


高梨は俺をシロタンと呼ばずに詩郎と呼び捨てにする。

これがたまらなく不快なのだ。


「あぁ、無事だ。」


「よかった!ちょっと待ってて。」


高梨は倒れている一人の黒薔薇党員に近付き見下ろす。

見下ろされた黒薔薇党員は僅かに息をしていた。

高梨はそれを確認すると、手にしていた自動小銃の引き金を躊躇なく引き、とどめを刺す。

他に少しでも息のある黒薔薇党員のどどめを刺した後、俺の元へ来た。


「これで一旦、安心だよ。

間に合って良かった!」


高梨は座り込む俺を抱き起こし、車椅子へと移乗させる。


「詩郎、怪我してない?」


見上げると感極まったかのように高梨は涙を流していた。

高梨はいつもこの調子だ。


「バス事故から足はこの調子だが、他は無傷だ。

それよりもお前こそ、ずっと学校に来ていなかったが大丈夫なのか?」


「うん もう完全に回復したよ。」


「それはよかったな。

それは置いておくとして、その銃はどうしたんだ?」


「これ?ここに来る途中で黒薔薇党員から奪ってきたんだよ。」


と、高梨は泣きながらも屈託の無い笑顔を浮かべる。

バス事故以来の再会だが、まぁ相変わらずと言えば相変わらずだ。


高梨聡。別名異名の類いは無い。

身長約180センチの痩せ型で手足の長いモデルのような体型に、顔は若手二枚目俳優的な雰囲気を持つ。

ブラックファミリーで一番のイケメンだ。

しかしイケメンという言葉で語るには、どこか違和感がある。

イケメンとするには冴えなさ過ぎるし、どこか垢抜けない雰囲気を放っているのだ。


だとしてもだ、突然現れて一瞬のうちに黒薔薇党員らを倒し、僅かに息のある奴を躊躇なく一人ずつ仕留める様を思うと

少しばかり戦慄する。

しかし、その行為についての是非はどうでもいいだろう。

俺たちはこの場を生き抜いたのだ。

それで充分だ。


「高梨君、久しぶり。

身体の方はもう回復したの?」


クロだ。

クロは元々、痩せ型で貧弱なのだが、今はより貧弱に見える。

顔もこれ以上ないぐらい青白いことから、高梨の行為を見て吐いたのだろう。


「この通り、もう回復したよ。」


高梨が誇らしげに自動小銃の銃口を天に向け構えた。

そんな高梨を見るクロの眼差しは微妙な雰囲気を放つ。

高梨に恐れをなしたのだろう。

クロの言動から判断するとそれも無理のないことなのだが、元々からクロと高梨の関係は微妙なのだ。

クロだけではない、妻殴り、若本…じゃなくて榎本、糞平とも微妙な空気感がある。

何故なら高梨はブラックファミリーの一員なのだが、そもそも俺の後に付いてきているだけなのだ。

何故、俺に付いてくるのかは知らぬ。

この入間川高校へ入学し、知り合った時から俺に付いてくるようになった。

最初は邪魔なだけだったのだが、高梨は何かと気が効くことがわかって以来、奴の好きなようにさせている。


そういえば過去にこんなことがあった。

高校の帰りはいつも高梨と一緒なのだが、俺が高梨に何も言わず、クロと栗栖と妻殴り、糞平と一緒にダンキンドーナツへ行ったものだから、電話してきて今どこにいるのか?等と問い詰められたことがあった。

高梨にはそういう面倒臭い一面がある。


過去の事は置いておくとして、問題はこれからだ。

高梨が現れたことでなんとかこの場を切る抜ける事が出来たが、これからこの局面をどうやって切り抜ければいいのだろうか…

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