第18話 片方だけ残された靴の切なさ
[見たか?
我々は三人を人質としている。
風間詩郎よ、10分以内に投降しろ。
しなければ10分経過するごとに一人ずつ処刑する。]
映像が磔にされた三人の人質に寄って行く。
三人のうちの二人は知っている。
画面の右は隣のクラスの西松、真ん中はこの入間川高校の校長、左は知らぬ顔だ。
三人は全裸のようだ。
映像が左の男に寄っていく。
画面一杯に男の顔が映し出される。
[風間っ!助けてくれよぅ!]
と、左側の男が叫んだ。
坊主が伸びたような髪型の野球部風の男だ。
男の頬は泣き濡らしたような跡があるのだがな、俺はこいつのことを知らぬ。
知らぬ奴に馴々しく呼び捨てされることは不快だ。
「野球部の堀込だ。」
クロはこいつを知っているようだ。
野球部か…、それなら尚更知ったことではない。
だいたい、体育会系の連中ってのは俺らのような日陰者を蔑むような目で見ているだろ?
こういう時だけ助けてくれ、だなんて都合良過ぎる。
知らね。
映像がまるで舐めるようにして堀込の上半身から下半身へと移動すると、次は校長だ。
校長の顔が画面一杯に映し出される。
[風間君、助けてくれっ!私の末娘はこれから大学受験、孫が幼稚園のお受験なんだ!頼むよ、風間!頼むから投降してくれ!]
「そんなこと俺の知ったことか。」
校長は自分の末娘だの孫の為に俺らが犠牲になれとでも言うのか?
知ったことか。
刑場の露と消えるがいいさ。
校長の上半身から下半身を映していく。
還暦前ぐらいの男の弛んだ醜い裸をアップで映すなんて、黒薔薇党はなかなか趣味が悪い。
次は隣のクラスの西松が映し出された。
西松ってのは通称で、本名は確か西野松彦だった気がする。
常にフェミニンな雰囲気を漂わせ、繊細ぶった鼻持ちならない野郎だ。
顔は不細工。
本人はフェミニンな雰囲気を意識しているのだろうが、皮肉なことに西松は彫刻刀で彫ったような直線主体の顔立ち、早い話が男性ホルモン多めなかんじでフェミニンさとは程遠い。
髪も妻殴りほどではないがハゲかけている。
おっと、これは妻殴りに失礼だ。
妻殴りはハゲ散らかし、西松はハゲかけ、違うカテゴリーだからな。
西松の顔が画面一杯に映し出される。
[なんで僕がこんな目にあわなくちゃならないんだよ!風間!お前が悪い!お前が責任取れ!]
と西松が泣き叫んだ。
知ったことかよ。
例の如く、映像が舐めるかのように西松の上半身から下半身を映していく。
西松の股間を映したところで映像がフリーズしたのか、イチモツがアップのままで固まった。
「黒薔薇党の連中はとことん趣味が悪いな。
俺に
(西松のイチモツはお粗末)
とでも言わせたいようだな…」
「みんな、あそこにえのもとが!」
そんな中、妻殴りが校庭の方へ指を差す。
その指差す方を見ると榎本が校門へ向かって走っていた。
「若本のやっ、じゃなくて榎本の野郎、いつの間に!」
そうだ、榎本は栗栖の屍に爆弾がセットされたことが発覚して以来、姿が見えなくなっていたのだ。
あいつ…、逃げ足だけは早い。
しかしそこが榎本らしいと言えば榎本らしい。
だが、許さん。
この騒動が終わったら、奴を捕まえてシークレットシューズを奪い身長測定をしてやろう。
話はそれからだ…
榎本が校門に差し掛かった時、突如として爆発が起きた。
鳴り響く爆音。
「え?」
榎本の姿は爆煙の中に飲み込まれた。
その煙の中から何かが天高く舞い上がった。
榎本のシークレットシューズの片方だ。
天高く舞ったシークレットシューズは、やがて校庭の真ん中に落ちた。
爆煙が収まった後、その現場には榎本の物は何も残されていなかった。
そう、あの吹っ飛ばされたシークレットシューズ以外な…
「どういうことだよっ!」
堰を切ったようにクロが泣き叫んだ。
「なんで、なんでこんなことになるんだよ!僕はもう嫌だーっ!」
「落ち着け馬鹿野郎っ!お前が取り乱してどうする⁉︎
お前はブラックファミリーの領袖だろうが!」
クロの顔面を一発張り飛ばし闘魂注入したいところだが、生憎手が届かない。
それよりもだ、これは一体…
そこへまたあのハウリングしたようなノイズ音が鳴り響く。
[入間川高校の周囲には百個の地雷が仕掛けてある。
風間詩郎とその仲間達よ。ここから逃げようという考えは起こさないことだ。
お前らは袋の鼠だ。]
「畜生!地雷だとっ!」
何も知らずに外へ出たら、俺たちも榎本みたいになっていたのか…
どうしたらいい⁉︎
奴らと戦う…、なんて選択肢はない。
しかし…、何もせずここに留まり奴らに見つかって捕まるよりは、なんとか逃げきることに賭ける方がマシだろう。
「ここから脱出するぞ。」
「シロタン、待ってよ!西松と校長らはどうするの⁉︎」
とクロ。
「ライブ配信見ただろう?敵は武装しているんだ。
お前はもしかして三人を助けるつもりなのか?」
「でも人質を取られているし、10分置きに一人ずつ殺すって、」
「あぁ、知ってるさ。でもどうしろと言うんだ?
奴らと戦うつもりか?俺たちは丸腰だ。
しかも俺たちは格闘技の経験どころかスポーツの経験さえもない。
俺たちの体育の成績を忘れたのか?」
「でも、」
「でもも糞もあるか。
お前もしかして、生きるか死ぬかの土壇場で俺たちの隠された能力が目覚める、みたいな漫画的な展開を期待してるのか?」
「そんなことはないけど…
そうだ、彼らと交渉しよう!」
「寝言は寝てからにしてくれ。
奴らは俺たちに何をした?
栗栖は人間爆弾にされ、榎本は地雷を踏んでさようなら、だ。
奴らは最初っから俺たちの命を奪いに来てるんだ。とくに俺のな。
そんな連中と交渉の余地などあるものか。」
「それでも、
それでも!
それでもっ!それでもそれでもーっ!
西松たちの命を見捨てることは出来ないよぅっ!」
感極まった感のあるクロの叫びだった。
しかしだな、
「人質三人の言い草を聞いて無かったのか?
三者三様の身勝手さを聞いて何とも思わなかったのか?
あれが奴らという人の本質だ。
それでも助けたいなら、お前一人でやれ。
でも……、
お前は何もやらないだろう?
クロ、お前の本質はそれなんだよ。」
クロの顔が茹蛸のように真っ赤に染まった。
何も言えないだろうよ。
これは事実だからな。
そんな中、不意に屋上のエレベーターの扉が開いた。
中から現れたのはヅラリーノと黒頭巾に黒装束の集団だ。
黒薔薇党の連中か…
ヅラリーノは俺に毛根ごと抜かれた拳大のハゲを隠す為に、何処ぞの野球帽を被っている。
その絶妙な滑稽さに思わず笑いそうになる。
そんな中、ヅラリーノが口元を歪め、
「やっぱり屋上にいたか。
風間、残念だったな。」
ヅラリーノの調子に乗ったような表情と口ぶりで強気になっているのが窺える。
どこまでも品性下劣の野卑た野郎だ。
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