第10話 影の必然
いや、俺の流し目決め顔画像をまた誰かがネットに晒したのだろう。
コメント欄を見てみろ。
死ねとかキモいとか書かれているはずだ。
コメント数はかなりの数だ。
さっと見回してるのだが、どのコメントも俺を絶賛している…
どこにも死ねとかキモいといったワードが見当たらない。
そんな事があるものか⁉︎
俺は生まれてこの方、貶され馬鹿にされることはあっても褒められたことなど…、殆ど無かった。
結局のところ、俺は子供の頃から肥満児なのだ。
それも並外れた肥満児だ。
人は俺の体型を見て「リアルスヌーピー」と言う。
俺はそれを脂肪じゃなくて全て筋肉だと言い張っているのだが、真実はただの脂肪に過ぎない。
怠惰かつ自堕落な生活の証さ…
体重は小学校卒業時に100を優に超え、中学校の健康診断では体重計一台では計りきれず、二台を横に並べてそれに乗り測定。
その二台の体重計の合計で体重を測定していたのだ。
それでも俺は好きな物を好きなだけ食うという、ワイルドでロックンロールなライフスタイルを貫き通したお陰で、高校入学時には糖尿病と痛風のダブルで一歩手前、血圧は200を超えていた。
そんな調子だからな、俺はガキの頃から周りの奴らの恰好の餌食だ。
何の餌食かなんて言うまでもないだろうよ。
苛めや弄りだ。
脂肪が乗っていたとはいえ、それでも顔はわりと二枚目だったのだがな、高校入ったと同時に顔面神経麻痺になった。
体型に加え、顔までもネタの仲間入り。
最早、俺は歩くネタの宝庫。ネタが服着て歩いてるようなものだ。
そんな俺がだ。
俺が…、人から賞賛を浴びている。
にわかには信じがたい。
「こんなこと、あり得ない…」
黒薔薇婦人が俺の背後から近づき正面に立った。
俺は車椅子に座っているから見上げる角度になるのだか、見下ろしてくる黒薔薇婦人はとてつもなく高く神々しく目映い。
黒薔薇婦人は自分の物と思われるスマートフォンの画面を俺に差し出す。
「これを見て。」
スマートフォンの画面は某動画投稿サイトのようだ。
その動画の画面には高校生ぐらいの眼鏡を掛けた女子の顔が映し出されている。
画面の中の女子がカメラで撮ってる奴や、周囲にいる連中と楽しそうに話している。
輝かしい十代の楽しげなひと時、といった光景か。
俺を筆頭とするブラックファミリーの面々には無縁の光景だ。
輝くといったことに無縁の俺達には常に澱んだ雰囲気が漂い、俺達が笑う事と言えば、クラスで楽しそうにしてる奴らの失恋の噂や、誰が教師に殴られただの万引きで捕まっただの、不幸話が中心だ。
下衆だろう?
俺達はクラスの中の厳選された下衆野郎、日陰者の集まりなのだ。
しかしだな、光ある所には必ず影がある。
その逆も然り。
俺達の存在は必然なのだ。
それは置いておくとして、黒薔薇婦人は俺にこんなものを見せて何がしたいのか?何が言いたいのか?
動画の中の眼鏡女子が不意に黙り込み横を向き、再びカメラの方へ視線を送り、
「話は、それからだ…」
と言った。
そして眼鏡を外した。
そこで動画の再生が終わった。
「え?」
これは何なのだ?
「わかったでしょ?これが今の貴方の影響力。」
にわかには信じがたい…
「何かの偶然じゃないのか?」
「動画のタイトルと再生回数を見て。」
言われるがままに動画のタイトルと再生回数を見る。
「嘘だ。」
タイトルは[ヒロタンの真似をしてみた]、再生回数は
見えない。
突如として俺の視界の全てが歪んで見えないのだ。
寒くもないのに身体が小刻みに揺れ、そして俺の頬に熱い何かが流れ落ちる。
これは何なんだ?
「貴方、少しは自分の魅力に気付いたらどうなのかしら?」
頭上からの声がまるで天から降ってきた優しい音色のように聞こえた。
しゃくり上げるような何かが呼吸を乱す。
俺は精一杯の声を振り絞り、
「あんたは一体、何者なんだ?」
「私?
私はただ、綺麗なものと素敵なものが好きなだけ。」
何て気取りに気取った女だ。
しかしだな、あの俺の物真似は無い。
タイミング、呼吸、全てが出来ていない。
そして何よりも眼鏡を外してから台詞を言うのに、そこが逆になっている。
話にならない。
あんな稚拙な真似で再生回数が万単位なんて、俺は納得が出来ない。
そうさ…
俺の真似をするならば、俺をもっと見ろ。
そしてもっと俺を感じてみろ。
話はそれからだ…
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