第4話 恋の予感
俺は斜めからの視線を女へ送る。
必殺の流し目だ。
それに呼応するかの様に俺の古田敦也モデルの眼鏡の銀フレームがきらりと光る。
ここで一拍置き、ゆっくりと眼鏡を外す。
「俺の女に
…なれよ。」
銀河万丈風の声と決め台詞。
台詞と眼鏡を外すタイミングと間、全て完璧だ。
これでこの女は俺の虜さ…
と言いたいところだが、女はいない。
「シロタン凄いよ、格好いいじゃないか!」
クロの絶賛を華麗に聞き流し、
「栗栖よ。お前がこの境地に達するには百万年早いが、これを参考にすればお前のような不細工でも何かが変わるだろうよ。
まずは実践してみろ。
話はそれからだ…」
「ありがとうシロタン!」
栗栖が細い目を見開き、瞳を輝かせている。
あぁ、放課後だ。
放課後はいつもだいたい、ブラックファミリーは会合を開いている。
会合と言っても、それぞれがその日あったことや他愛もないことを話すだけのものだ。
場所は高校の近くにあるダンキンドーナツかサンテオレ。
今日はダンキンドーナツだ。
栗栖の悩み相談は案の定、恋愛相談だった。
何処ぞの店の女に恋をしたとかで、どう告白すればいいのか、という悩み相談だ。
この類の悩みなら恋愛プロフェッショナル、今世紀最後のプレイボーイとの異名を持つ俺ならば解決の糸口見つかるかもしれない。
そのことから俺に白羽の矢が立って、この場で女の落とし方を実演して見せたわけだ。
こんな役目は俺にしか出来ない。
何せブラックファミリーには冴えない奴揃い、年齢=童貞しかいないからな。
え?俺はどうなのかって?
それは神のみぞ知るってやつだ。
能ある鷹は爪を隠すって言うだろ?
つまりはそういうことだ。
お前らが俺を見て判断すればいい。
そして俺を感じてみろ。
話はそれからだ…
俺ははっきり言って伊達男でしかも色気のある二枚目だ。
誰に似てるかなんて例え様がない。
都会的な洗練と野性味もある、俺の前はもちろんのこと、俺の後に続く者がいないほどの孤高の伊達男だ。
それに比べてブラックファミリーの面々と言えばなぁ。
ファミリーの領袖であるクロは…
かなり、かな〜〜り良く言えばジャニーズ系だ。
しかし例えるならジャニーズJr.止まりで誰からも知られずに辞め、二十年ぐらい経った現在は普通の会社員をしている風の冴えない男って雰囲気だ。
次に栗栖。
言うまでもなく不細工。
くたびれたゴルフボールみたいな顔をしていて、さらに小太りだ。
妻殴り。
半透明みたいなリーゼント頭、通り魔で捕まった男風の風貌。
言うまでもなく不細工。
糞平。
妻殴りが通り魔風なら糞平は爆弾魔風。
ただし爆弾を自作しようとして家が焼けて助け出される間抜け風不細工。
榎本。
正直言ってどんな顔してるのか、忘れるほど印象に残らない顔。論外。
パリス。
ちょっと欧米とのハーフと言うかクォーター的な雰囲気もあるが、足が臭いから論外。
そうだ。高梨がいたな。
高梨はファミリーではましな方だ。
卒業アルバムを母親に見せて、この子はいい男ね、と言われる系だ。
若干写真写りがいいだけの奴。
本当の二枚目である俺の足元にも及ばないレベルだ。
唯一、高梨が俺に勝るのは身長ぐらいだな。
今日はパリスと高梨は会合に来ていない。
パリスは元々、会合に来ることが珍しいぐらいだ。
高梨は最近退院したらしいが、体調が悪くて高校へは暫く来れないという話で欠席だ。
ブラックファミリーってのは冴えない男らの集まりだ。
そんな中、俺だけレベルが違うからな。
話も合わないし価値観も合わない。
正直なところ、退屈だ。
俺はコーラを一気に飲み干す。
それからレジカウンター内の女の店員に向かって流し目を送る。
そして右手を上げ指を鳴らす。
それに気付いた女の店員がLサイズのコーラを持ってくる。
ここは常連だからな、俺のこれで店員はコーラを持ってくる。
これは俺が並み外れた伊達男だからこそ、為せる業であろう。
コーラを飲もうとした時、クロと栗栖の話が聞こえてきた。
栗栖が惚れたという女の話をしているようだ。
「その女性とは何処で会ったの?」
「駅近くのサンデーサン。
そこの店員だよ。」
「ここからすぐじゃないか。
最初から告白は怪しまれるだろうから、ちょっとずつ栗栖の存在を知ってもらうのがいいと思う。」
クロにしては常識的な意見だ。
栗栖レベルの不細工が最初から俺の真似をしたところで撃沈間違い無し。
下手したら通報ものだからな…
「まずは今日これからサンデーサンに行ってみようよ!」
「うっ、うーん。」
クロの提案に栗栖は顔を真っ赤にしている。
急な提案に躊躇しているのだろう。
「今日は存在を知ってもらうだけだから、恥ずかしがらなくても大丈夫だよ。」
そんなクロの言葉に栗栖はなかなか首を縦に振らない。
いい加減、焦ったくなってきた。
「栗栖よ。その調子だとこの恋もいつもの様に失敗に終わるぞ。
まずは当たって砕けろの精神でいけ。
話はそれからだ…」
眼力を込めた俺の一言に栗栖は遂に首を縦に振った。
「わかったよ、シロタン!
俺、やってみるよ。」
「よし、これからサンデーサンへ行くぞ。」
俺が立ち上がると皆がそれに続く。
この状況はまさに鶴の一声だ。
やはりこのブラックファミリーの真の領袖は俺なのだ。
クロは俺ほどのカリスマ性を持ち合わせていない。
俺は榎本へ軽く一瞥を投げ、
「榎本さん。ごっつぁんです。」
そう、榎本は留年しているので俺よりも年上、だから 榎本さん なのだ。
しかし何年留年しているのか誰も知らない。
俺はだいたい、ブラックファミリーで飲食する時の会計は榎本に任せている。
だから、ごっつぁん なのだ。
俺のその一言にいつも榎本は若干不満そうな表情をするのだが、そんなことはお構い無しだ。
会計は年長者の特権だからな。
ダンキンドーナツを出ると辺りは夜の帳が降りようとしていた。
振り返ると薄闇の中、栗栖の顔が見えた。
その眼差しは希望に満ち溢れている。
まるで飼い主の前でお座りをし餌を待つ犬のようだ。
そんな栗栖の様子を見て、俺は少しばかりの寂寥感に苛まれた。
あぁ、俺にはわかるのだ。
栗栖のこの恋がいつものように打ち砕かれるってことがな…
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