傍–カタワラ–
@shu_cream_3216
高校2年 秋
短い廊下の奥から私を起こす声がする。もうこんな時間かと頭上の目覚まし時計を見て思った。この目覚まし時計はいつからか音を発さなくなり、気づけばインテリアの一部と化していた。
「りつ。いつまで寝てるの」
「いま行くー!」
小さな自室に響き渡る声で返事したが、もう一度布団に潜り込んであと五分だけ闇の中にいさせてくれと願った。
寝ぼけて霞んだ視界の中、短い廊下を感覚だけで歩く。洗面台で顔を洗ってリビングに出ると昨晩の魚の残りを焼いた匂いがする。
「貰い物のお菓子、うちにあっても太るだけだから友達に分けてあげなね。保冷バックに一緒に入れておく」
「あげる友達なんていないよ」
本当のことだ。私は学校に行けば友達に机を囲まれるなんて類の女子じゃない。辺りを見渡せば他人の迷惑なんぞ知る由もないといった声で騒ぐ五人や、校則で禁止されているスマホを手に話す四人がいる。心の片隅にはあんな風になんでも語らえる友達がいればな、なんて思ってはいるが、入学式の日に生まれたグループはクラス替えの後も変わることなく、私が馴染むこともなく、気づけば高校生活の折り返し地点を過ぎていた。最近、ぎりぎりスマホのない時代も生きた私が言いたいことが山ほどあると感じる。変容した学校組織では俗に言う一軍女子や二軍女子は入学式の日に確立されているし、虐めは気付けば暗黙の了解の中で消えることのないものと変化した。『虐め撲滅』なんてうわ言をへつらえる教師がいたとする。その教師は生徒の手によっていずれ辞任を余儀なくされるだろう。年齢に関係なく、言葉ひとつで他人の人生を左右できる時代が既に到来しているのだった。
こんな日々にうんざりしたまま、ある程度の耐性をつけた私は食べもせず、あげる予定もないクッキーが入った保冷バックをリュックに押し込んで家を出た。
「立花おはよう。今日も調子悪そうだね」
校門をくぐった辺りで話しかけてきたのは中学から知り合った萩尾 琳寧。彼女は私が一人でいるからか同情で話しかけてくるようなお節介だった。しかし、彼女のおかげでなんとか学校で一日何も話さないなんて日は無くなった。少しだけ感謝している。
「そういえば、クッキーあげる。貰い物だけど」
「えーっ!いいの?なんか今日は得した気分」
思った以上のリアクションにこちらが驚かされた。彼女はありがとうやごめんとありきたりな言葉はなぜか口にしない。その代わり、予想を遥かに超えた嬉しそうな表情やリアクションで他人を絶対に不快にはさせない。こんな朝も悪くないなとぼんやり考えている内に、教室に着いた私の前から琳寧は消えていた。一日の大半は一人でいる。琳寧以外は私を空気のように扱うし、以前に比べて苦しいと感じることも無くなった。一人でいることが使命かのように、ただ本を読んで没頭する自分に自惚れている。休み時間は先程の授業を復習し、それが終われば本を読んで過ごす。私は典型的な孤独だ。
今はもう怖くない。むしろ、一人でいることに魅力を感じている。かつては琳寧よりも友達がいたはずだったし、順風満帆だった。家族に愛されて育ち、それなりに良い成績で、中の上くらいの運動神経があった。厭、今もそこそこの学力と運動神経はあるはずである。ただ、表には出せなくなった。以前のように出したくはなくなった。私が変わり始めたのはいつ頃だったのだろうか。
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