ONCE AGAIN
摩耶王
前編
庭の倉庫の掃除をしていると、埃かぶったポストを見つけた。
年季の入ったアンティークポストだった。
"POST OFFICE"と書かれた長方形の赤い箱がポールに刺さっていて、何ともスマートな見た目をしている。アメリカとか、イギリスあたりのものだろうか。
母や父の趣味ではないし、きっと誰かから譲り受けたが置き場所に困り、ここへ流れ着いたのだろうと予想する。
母から倉庫の掃除を言いつけられた時にはこんなものがあるなんて聞いていなかった。
そもそもダンボールの山の中をかき分けてようやく出てきたものだ、母の記憶にはすでに存在していなかったのかもしれない。
「ちょっと…いいかも」
母や父のお眼鏡にかなわなかったのだろうが、冬華には違った。
アンティークに明るいわけでも興味があるわけでもないが、このポストには何か、運命の出会いというか、波長のようなものが合うのを感じた。
見た目以上に不思議な魅力を持つポストだった。
休憩に戻ると、冬華は母に尋ねた。
「倉庫から古そうなポストが出てきたんだけど」
少し、愚痴っぽく言ってみせた。
高校生の自分がこういったものに興味があると思われるのは、なんとなく恥ずかしかった。
「ああ、そうだったわ。ごめんごめん」
母が麦茶を差し出すと、自分の分もつぎながら続けた。
「あれねえ、昔お父さんの知り合いの骨董品屋さんがね、お店のスペースを取るから貰ってくれないかって。あの人、頼まれたら断れないから。かといってウチにだって置き場所ないし、頂きものを捨てるっていうのもねえ」
母はどうしたものかしらとため息をついた。
「そんなとこだろうと思ったよ。でもいつまでも倉庫に置いておくわけにもいかないんでしょ?」
要らないのなら自分にくれ、と心の中で付け加える。
「うーん、冬華…いらない? お部屋とかに飾ってみたら雰囲気あっていいんじゃない?」
きた。と冬華は心の中でガッツポーズをする。
「まあ、捨てるくらいならね。私の部屋殺風景だし。 試しに置いてみてもいいよ?」
冬華は麦茶を一気に飲み干し、にやつきそうになるのを必死に堪えて掃除を再開した。
その夜、ポストは父の手によって冬華の部屋へと運び込まれた。
・
部屋の小窓を開けると、秋の夜風が湯上がりの体を冷ました。
振り返ればそこには丁寧に掃除された例のポストが置かれている。
休日を返上して母の手伝いをした甲斐があった。
インテリアの影もない部屋で異彩を放つそれを、冬華は満足そうに眺めた。
「そうだ、鍵あったんだ」
冬華はポストを掃除する際に底面に鍵がテープで留められているのを見つけていた。不思議な模様が彫られた鍵だ。
床に脱ぎ散らかしたズボンのポケットに仕舞われた鍵をひっぱりだすと、早速鍵穴に合わせた。
ゆっくりと鍵を回し、扉を開く。
キキキと擦れる音が冬華を緊張させた。
もしかすると。もしかするかも。
そんな淡い期待が、下腹の辺りをくすぐる。
そして完全に扉を開けきると、冬華は覗き込む様に顔を近づけた。錆びた金属の匂いが鼻をつく。
「…いやまあ、わかってたけどさ」
当然、といったように冬華は肩をすくめる。
少しくらい不思議なことを期待してしまう。そんな魅力がこのポストにはあった。
冬華は再度、ポストの中に何もないことを確認して扉を閉じた。鍵をかけ、学習机の引き出しに仕舞った。
冬華はふと思い立ち、他の引き出しを開けた。
一段、また一段と下がっていき、ようやく目当てのものを見つけ出した。
「おお、懐かしいなあ」
取り出したのは、昔友達との遊びで使っていた可愛らしい動物のイラストがプリントされた児童用のレターセットだった。
「ちょっと子供っぽ過ぎるけど」
そうつぶやくと、冬華は
そしてペンをとり、つらつらと意味もない手紙を書いた。
"こんにちは。素敵なポストに巡り会えて、つい手紙を書いてしまいたくなりました。もう高校生なのにちょっと恥ずかしいけど、この手紙が誰かに届くことを願っています"
冬華は便箋を封筒に入れ、セットの付属のシールで留めると早速ポストに投函した。
カタン、と心地の良い音に聞き耳を立て、満足そうに頷く。
万が一にも家族に見られないように鍵はスクールバッグに隠した。これで学校に行っている間に見つかることはないだろう。
…日記の代わりに、これから毎日手紙を書いてみようか。
そんなことを思いながら、冬華はポストのあるこの空間に心地良さを感じながら眠りについた。
・
それから冬華は毎日就寝前に、手紙を書いてはポストに投函した。
学校や友達、家族、ちょっとした悩みも書いたし時には詩を綴ったりもした。
飽きがくることはなかった。
好きなことを好きなだけ書いて送る。日記とはまた違う、別の満足感があった。
何だか神様に話を聞いてもらっているみたいで楽しかった。
そんな一方通行な文通を始めて、二週間と少し経った頃だった。
その日の夜、なんの気なしに、冬華はポストを開けた。
「へ?」
思わず素っ
目の前に光景に目を疑った。
冬華が毎日投函していた手紙の山が、無くなっていた。
代わりにそこには、ピンクの無地の封筒が一通存在していた。
「う、嘘…」
心臓が早鐘を打つ。
喜びなのか、恐怖なのか。得体の知れない感情の
ついに神様に思いが通じた? それとも両親に見つかったとか? いや、でも鍵は肌身離さず持っていたし両親に変わった様子も感じられなかった。神様だってまるっきり信じていないとか、そういう訳ではないが、だからといってこんなことが本当に起こるなんて予想もしていなかった。
頭は依然冷静ではないが、とにかく確かめなければならない。目の前で起きていることが何なのか、その答えはこの封筒の中にあるはずだ。
こうして見ると、無地の封筒が凄く不気味に見えた。
震える手をポストの中に入れ、封筒をつまみ出す。
わかっていたが、やはり冬華のものとはまるで違う。
中の便箋は二つ折りにされていた。
一呼吸置いて、中身を確かめる。
"素敵な詩ですね。私も昔は書いたりしていました"
明らかに、冬華の手紙に対しての返信だった。
返事が来ていたのだ。
冬華は放心状態であった。
まともに思考が働かなかった。
「返事、書かなきゃなあ…」
しばらくして現実を受け入れ始めると、今度は一方的な手紙を送り付けたことへの罪悪感に苛まれた。
・
冬華は便箋を封筒にしまうと、直ぐに返事を書いた。
内容はもちろん、一方的に手紙を送り付けたことに対しての謝罪だ。
それと、このポストについて質問をした。
このポストは一体どういう仕組みなのか。あなたも同じようなポストを通じて手紙を出しているのか等、思いつく限りの疑問をぶつけた。多少、失礼だとは思ったが聞かずにはいられなかった。
内容を二度ほど確認し、ポストに投函するとそのままベッドに倒れ込んだ。
「詩とか読まれちゃってるんだよね…」
思い出すと、耳が熱くなった。そんなに悪い出来だとは思わないが、他人に見られるのはやはり恥ずかしいものだ。
冬華は枕に顔を埋めて、夢の中へ逃げ込むように就寝した。
翌日、冬華は起床するとすぐにポストを開けた。
「あれ?」
中身は空だった。
思えば手紙を書いたのは夜遅くであったし、まだ読んでいないのだろう。
冬華は深く考えないようにした。
学校が終わると、友人の誘いを断りすぐに帰宅した。部屋へ直行し、ポストを確認したが返事はきていなかった。
もしかすると、手紙が届くまでにある程度の時間を要するのかもしれない。それともあまりにあれこれ聞いてしまったので何か勘に触ったのかも。拭いきれない不安が冬華を襲った。
その後の夕食でも両親と何を話したのか覚えていないし、気が付いた時にはベッドに潜り込んでいた。
・
朝の光が、薄いカーテン越しに差し込む。
冬華は目覚ましより早く起床すると飛びつくようにポストを開けた。
「やった」
そこにはピンクの封筒が投函されていた。
眠気が吹き飛び、みるみる脳が覚醒していくのを感じた。
封筒を開け、手紙を読む。
相手は冬華の手紙の内容から察しがついていたみたいで、一方的に手紙が送られてきたことは全く気にしていないと言ってくれた。
むしろ、冬華からの手紙が日々の息抜きに丁度良かったらしく、よくティータイムのお供に読まれていたらしい。
社交辞令なのだろうか、とにかく不快にさせていなかったのだと知り、冬華は胸を撫で下ろした。
さらにポストについても回答があった。
相手は夫婦で小さな飲食店を経営していて、英国製のアンティークポストをインテリアとして店に置いていたのだという。
そしてある朝、店先を掃除していると何となくポストが気になり、中を開けると一通の手紙が届いていたらしい。イタズラ防止の為に投函口は塞いでいたので、最初は不審に思ったという。
それから冬華同様、何か超常的現象が起きているのを理解はしたが、その仕組みは分からず状況はこちらと同じだった。
しかし、一方的な冬華の手紙から一つのルールを見出していた。
それは、手紙が届くのは投函した翌日の朝だということ。これは冬華が手紙を日記代わりにしていて、日付を記載していたことが推察の助けになったようだった。
さらに冬華の手紙は、毎日朝六時きっかりに届いていた。
そして自分が投函した手紙については深夜0時を過ぎると消える。ポストを開けたまま、手紙を投函して一日録画をしてわかったことだった。
かなり詳しく検証したようだが、このことは旦那には話していないらしい。 きっとどうかしていると思われるし、本人自身冬華から返事がくるまでは自分がおかしくなっているのかもと疑っていたのだという。それに、現在はあまり夫婦仲が良くない
ので揉め事は出来るだけ避けたいとのことだった。
「…ふう」
どうやら思った通り、手紙が届くのにはタイムラグがあるようだった。
深夜に消え、早朝に届く。
つまり往復まで二日かかるということだ。
まるで誰かが手紙を配達しているみたいに思えた。
手紙を読み終えた冬華は送り先が神様や幽霊の類ではなく自分と同じ普通の人間だということに安堵していた。
冬華も、夢見がちな方ではあったし返事が届いた時は実際嬉しい気持ちもあった。
しかし同時に恐ろしくもあったのだ。
自分が得体の知れない何者かと通じてしまった恐怖に、少からず怯えていた。
なので相手も同じ状況であったということに親近感が湧いたのだ。
それにしてもこの相手は随分と簡単に情報をくれるな、と冬華は思ったがこちらがあまりに緊張感のない手紙ばかり送るものだから警戒心が薄れたのだろうか。最初は戸惑っていたはずだし、現に帰ってきたのは一通、詩に対する感想だけだった。それ
は実験的な意味も含まれていたのかもしれない。
そして冬華はあることに気付いた。
「そういえば、向こうの名前とか知らないな。ていうかこっちも名乗ってなかったかも」
あくまで日記という立ち位置で投函を続けていたので、基本的なところが抜けていた。
せっかくこうしてコミュニケーションをとることが出来たのだし、もう一度自己紹介から始めようと冬華は考えた。
"沢山の情報をありがとうございます。ポストに関しては知らないことが多くて驚きました。それと、遅れましたが私の名前は島村冬華と申します。差し支えなければ、お名前を教えて頂きたいです"
こんなものだろうと、冬華はペンを置く。
一息ついて、ちらりと時計を見ると遅刻寸前だった。
冬華は手紙を投函し、急いで身支度を済まして家を出た。
・
「例のポスト、気に入ってるの?」
夕食時、母が尋ねてきた。
冬華は突然の質問に味噌汁を吹き出しそうになる。
「な、何で急に? まあ、普通に置物として悪くないと思うけど」
なるべく平静を装ったつもりだが、思わず声が上擦ってしまう。
「冬華があんな古いポストをねえ。ああいうの興味無いと思ってたから少し意外よ」
気にせずに母が答える。
「父さんは助かってるけどな。捨てるのは悪いし、そこそこ値段もしそうだし」
今度は父が答えた。
「あのポスト、使ったことある?」
冬華は少し間を開けて尋ねてみた。
「使うって? 手紙を入れたりってことか? 意味ないだろう、郵便屋がくるわけでもないのに。まさか冬華、ごっこ遊びでもしてるのか?」
「するわけないじゃん。何となく聞いただけだよ。言い方しつこい」
確かにその通りなのだが、父の小馬鹿にした態度が冬華を少しだけ不愉快にした。
本当のことを言ってみようか。喉元まで言葉が出かけたが、ぐっと飲み込んだ。
万が一両親に見せて、この現象が無くなっていたりしたらそれこそ頭のおかしい子だと思われてしまう。向こうと同じように、これは当人同士の秘密にしておくのが無難だと思った。
夕食と風呂を済ませると部屋に戻りポストを眺めた。相変わらず、吸い込まれるような魅力を感じる。
そう思わせるのも、あのポストのもつ不思議な力の一つなのかもしれない。そもそも冬華には母の言う通り、こういう趣味は持っていなかったのだから。
中の手紙は、学校から帰宅してすぐ確認した時にはまだあったので、恐らく向こうの推察通りなのだろう。あとは0時に手紙が送られるのを待つだけだった。
ふと、冬華は思い出したようにスクールバッグから新しく買ってきた便箋と封筒を取り出した。
コミュニケーションがとれた今、あんな児童用のものを使う訳にもいかなかった。
時計を見る。針は丁度八時を指していた。手紙が送られるまであと四時間もある。
考えれてみれば、学校へ行っている間ポストは無防備なわけで、鍵を持参しているとはいえあのポストも随分年季が入っているし、母が触って何かの拍子に鍵が壊れ、中身が見つかることだってあるかもしれない。
念には念を置いて、手紙は夜出すことにしよう。冬華はそう決め、適当にスマホで時間を潰した。
時刻は0時を回ろうとしていた。
冬華はポストの中にある封筒の動きを逃すまいと、波の上を旋回する鳥のように眼を光らせる。
一秒が一分にも感じられた。それでも冬華は集中を切らさなかった。
そしてついに時計の針が真上を指した。
――瞬間、封筒が姿を消した。
「うわっ」
思わず声が出る。
浮くとか、溶けるとか、粒子になるとか、そういった演出などはなく、ただ忽然と姿を消したのだ。
まるで初めからそこに何もなかったようだった。ここまで超常現象を体験した冬華でさえ、夢だったのではないかと疑いたくなるほどだ。
音もなく物が消えるというのは思っていた以上に不気味で、その得も言われぬ恐怖に冬華は肩を震わせながら夜を過ごすことになった。
・
「ねえ、最近なんか冬華おかしいよ。ずっと上の空でさ」
購買のサンドウィッチを片手に友人の
彼女は向かい合わせた机の先で、怪訝な面持ちをしている。
「ごめんね、ちょっと考え事しててさ」
「考え事~? 何か悩みとか抱えてるんじゃないの? 相談のるよ」
「ありがと。でも悩みとかじゃないんだよね、ちょっと自分でもよく分かってないんだけど、多分ポジティブな感じ」
「男か」
菜摘が茶化す。彼女なりの気遣いなのだろう。
「残念、不正解」
「ちぇ~」
菜摘はこれ以上深入りしてこなかった。
彼女は冬華の複雑な表情を見て、何か察したのかもしれない。
残りのサンドウィッチを口に放ると野菜ジュースで流し込み、後は他愛のない話題をふってくれた。
冬華は心の中で謝罪しながら弁当をつまみ、会話を楽しんだ。
菜摘になら、と冬華は考えたがやはり言葉が出なかった。
初めて超常現象を目の当たりにしてから時間が経ち、ぼんやりと捉えていた非日常だったが、今は鮮明に見えてしまっている。それにつれ冬華の中の不安や恐怖といった感情も着実に大きくなっていた。特にこうしてポストから離れ、日常の中で生活しているときが一番不安定だった。
こればかりはどうしようもないし、相談も出来なかった。とにかく今は手紙が届くのを待つしかなかった。
「菜摘、今日カラオケ行こっか」
「お、マジ? 調子出てきたじゃん」
嬉しそうにする菜摘を見て、冬華はホッとした。数少ない友人は大事にしたかった。
・
冬華は便箋を開いたままベッドの上で固まっていた。
寝起きだがちゃんと頭は起きている。夢じゃないし、見間違いでもなかった。
驚き過ぎて言葉が出なかった。
もう一度、冷静に手紙を読み返す。
"丁寧にありがとう。でも、もっと砕けて話さない? 折角の出会いだし。冬華ちゃんと友達になりたいな。もう三十四だし変な感じだけど。それと、冗談じゃなく本当に本当なんだけど、私も島村冬華っていうのよ。結婚して今は三浦の性を名乗っているけど。こんな偶然あるんだね。びっくりしちゃった"
冬華の手から便箋が滑り落ちる。
これは、本当に偶然なのだろうか。
同じポストを所有する同姓同名。
何か変だ。
偶然とか、運命とか、そんなことで片付けられないほど出来すぎている。そもそもこのポストだっておかしい。手紙が消えて届くって。有り得ない。
考えれば考えるほど、冬華は背筋が寒くなっていくのを感じた。
これはポストのせい? それとも神さまのイタズラ? いずれにせよ、何かあるんじゃないか?
ぐちゃぐちゃな思考の中、冬華はハッとする。
机の一番下の引き出しを乱暴に開けると、積み重なった参考書の下に隠していた彼女からの手紙を取り出した。
それは彼女からの初めての手紙だった。
"素敵な詩ですね。私も昔は書いたりしていました"
全身から汗がどっと吹き出す。
想像力豊かな冬華は、現状を踏まえた上である答えを導き出した。
「…未来の、わたし?」
有り得ない、とは言えない。これまでの出来事が既に理解の範疇を超えているのだ。もう一つや二つ、不思議があってもおかしくない。
冬華は途端に強烈な不安に駆られた。両親に打ち明けてしまおうか。それか菜摘に相談するか。
いやでもしかし仮にこんな話を誰かにしたとして、何とか信じて貰えたとして、その先どうなる? きっと両親も菜摘もそんな不気味なポスト捨ててしまえばいいと言うだろう。
確かにそうすれば事は簡単だ。あとはこれまでのことは夢だったのだと自分に言い聞かせて、時間が過ぎればいつもの日常に戻れる。
しばし考え、冬華はペンをとる。
"驚きました。正直、嬉しいような怖いようなという気持ちです。ややこしくなりそうなので、三浦さんと呼ばせて頂きます。私も三浦さんとお友達になれたら素敵だと思います。ただ、その前に一つ確認しておきたい事があります。変なこと言いますけど、私と三浦さん、同姓同名ではなく時間軸の違う二人、という可能性って考えられませんか? 本当に変なこと言ってごめんなさい。ポストのこともあって、なんだかそういう風に感じてしまうんです。お返事待ってます"
これでいい。
他人に相談するより当事者に聞いてしまうのが一番だ。ポストの件でも彼女は冷静であったし、きっと今回も何か突き止めてくれるはずだ。
・
三浦さんから返事が届いたのは三日後だった。
冬華は手紙を見つけると、思わず目頭が熱くなった。手紙がこないことが、 一人取り残されたようでとにかく不安だったのだ 。
ポストがあるこの部屋で、三浦さんが唯一の支えになっていた。
"遅くなってごめんなさい。ちょっと、家に帰れない用事があって手紙が書けなかったの。私と冬華ちゃんが同じ人間だって件だけど、私もそう思う。最初、冬華ちゃんの名前を聞いたときは、私の文通相手が人ではない何かなんじゃないかって恐ろしくなって、つい試すような手紙を書いちゃったけど、今回の手紙で冬華ちゃんは私と同じ立場なんだってわかった。冬華ちゃんを信用するし、協力もする。試しに、ご両親の名前とか住所とか確認してみるのはどう? もちろん、ある程度伏せてもらっても構わないわ"
冬華は手紙を読み終えると、すぐに返事の準備をする。
三浦さんは信用できる。冬華はそう確信した。
"私も三浦さんを信用しています。母は
これで答えがわかる。そう思うと、冬華は憑き物が落ちたように体が軽くなるのを感じた。
彼女はきっと未来の自分だ。冬華は確信していた。むしろ、そうであって欲しいと願ってさえいた。もしそうならこれほど面白い体験はない。
朝、ポストを確認すると三浦さんからの手紙がきていた。
動悸がする。緊張しているようだ。
"全て冬華ちゃんの言う通りだったみたい。間違いないわ。冬華ちゃんと私は同じ人間。私、過去の自分と文通しているのね。でも、前に冬華ちゃんからきていた手紙の内容を見ると、私の過去とは違うのよね。そもそもポストを手に入れた経緯も違っているし。時間軸というより、そもそも世界そのものが違っているのかも。こっちの日付は2003年11月4日だけど、そっちはどう?"
"こちらも2003年です。現在、11月5日になります。時代に違いはないみたいですね。ここまできて疑うこともないんですが、試しに三浦さん、ちょっとお会いしてみませんか?"
"いい考えね。そうしたら20日はどう? 日曜日だから冬華ちゃんも学校お休みでしょう? 場所はそうね、〇〇駅前の噴水公園にお昼十二時で。本当は冬華ちゃんの家の近くまで行きたいんだけど私免許もってないの"
"わかりました。場所と時間、大丈夫です。私、学校の制服で行きます。日曜なので多少目立つと思います"
全て順調だった。あとは実際に約束の場所へ行って、三浦さんが居なければ”そういう”ことだ。しかし、もしも居たらどうしようか。もはや散々超常現象に振り回されて、いまさら疑うわけではないが、常識で考えれば三浦さんは同じ世界に存在しているだろう。その時はお互い夢をみていたのだと笑い合えるだろうか。
・
約束の日がきた。
冬華は自分で指定した通り、制服に袖を通した。家を出る際、母親に変な疑いをかけられたが、制服ディズニーみたいなものだとごまかした。
本人だと証明出来るように、学生手帳とこれまでの手紙を鞄に入れた。
電車に乗り、目的の駅につくと急に緊張し始めた。
気を紛らわす為にイヤホンで音楽を聞いた。
駅を出て、公園まで歩く。街行く人々が別世界の人間のように感じられた。これからもう一人の自分に会おうというのだ、変な感覚になるのも仕方がないのだろう。
公園に着くと、指定した噴水のある場所へ向かった。日曜日ということもありそこそこ人が見られた。子連れの母親が、ママ友同士で井戸端会議を楽しんでいた。
待ち合わせの時間まで二十分ほどあった。異様に喉が乾き始めたので、近くの自販機でお茶を買った。飲みながら、三浦さんを待った。
やがて時刻がきた。三浦さんらしき人は見当たらない。イメージに似た背格好の女性をみると咳払いをしたりしてアピールしてみせたが、特に声を掛けられることもなかった。
約束の時間から三十分程経過した。買ったお茶はもうなくなっていた。
三浦さんは大人だ、なにかと忙しいこともあるだろう。冬華はしばらく待とうと思った。
近くのベンチで腰をかけ、こんなこともあるだろうと用意していた文庫本を読んで暇を潰す。
背伸びして買った硬派なミステリーだったが、これから大人の自分と会うという奇妙な体験を前にして頭に入るわけもなく、同じページを何度もいったりきたりした。
気がつけばママ友たちは居なくなり、かわりに同じ年齢くらいの男の子数人が噴水前にたむろしていた。
時折意味もなく大きな声を出すので、イヤホンで耳栓をする。
さらに三十分。男の子たちも居なくなり、読んでいた小説も急展開を迎え始めた。内容はほとんど入っておらず、読み進めるのも勿体ないと感じて本を閉じた。
これ以上は待っていてもこないだろう。やはり、三浦さんは別世界の私なのだ。
そう確信し、ベンチから腰を浮かせると、噴水前でなにやら不自然に視線を泳がせている女性がいた。
デニムに、ネイビーのカーディガンを羽織っていて、シックな大人の女性といった印象だった。
女性は肩を震わせていた。十一月後半にしては随分薄着であった。慌てて準備をしたのだろうか。なぜ?
冬華は女性に近づく。
女性も冬華に気づいた。
「あの」
先に声を掛けたのは冬華だ。
女性は冬華に反応はしたものの、突然声をかけられて少し驚いた、という様子だった。
「…もしかして、三浦さんですか?」
冬華が小声で言った。
「え? あ、そうですけど…」
「あ、あ、私島村です。島村冬華」
女性の反応から違ったかと思っていたので冬華は面をくらった。
ついに会えてしまった。自分自身に会えてしまった。興奮し過ぎて、続きの言葉が
出てこない。
「そうですか。それで私になにか? というより何故名前を? どこかでお会いしました?」
女性は怪訝な顔をしていた。
明らかに冬華を不審がっていた。
「え? あれ? 三浦さんですよね? 三浦冬華さん」
「ああいえ、私は
「え、あの、すみません、人違いでした。すみません」
「…いえ、別に」
冬華は顔が一気に熱くなった。思いっきり間違えてしまった。よく見れば女性に冬華の面影は微塵もなかった。
冬華は逃げるように公園を後にした。去り際、男性が女性を呼ぶ声が聞こえた。
やはり三浦さんは別の世界の私だ。この世界に存在していない。これでわかったんだ。良かったじゃないか。
帰りの電車、暖房の効いた車内で冬華は顔を隠すように俯いていた。
・
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