第34話 『旅をする上での忠告』

 長かったスノータウンでの生活、そして魔女の修行。

 これらを経て、ようやくルーシーは見知らぬ世界をニコラと共に巡るーー長い旅が始まった。


 荷車を引くロバがすぐにバテてしまわないよう、荷物は極力少なめに詰め込んでおいた。

 それでも馬とは違い、ロバの歩みは人間の徒歩とさほど変わらない。故に基本的には二人共、荷車には乗らずに歩いていた。


「結局歩くことになるのなら、馬の方が良かったのではないでしょうか」

「確かに馬の方がロバに比べて速度は段違いだろうが、別に先を急ぐ旅でもないからね。私がロバを選んだ理由は、必要な餌の量だよ。馬は体が大きい分、餌の量もたくさん必要になってくるんだ。だから急がない荷運びに最適なのはロバだと、私は思ってる」


 ルーシーは、てくてくと隣を歩いているロバを見た。

 小ぶりな荷車とはいえ、それ自体の重さもそうだが、そこに更に必要最低限の荷物も載せている。それでもロバは見た限りでは平気そうな表情で、のんびりと歩いていた。

 旅慣れしていないルーシーは、そういうものなのか……とニコラの言葉をそのまま信じる。


「それでもこれから先、荷物が増えたり荷車に私達が乗ることが増えるようであれば……。その時は馬に変更する可能性もあるけどね」

「この子の前でそんなお役御免になるかもしれないなんて言い方、しないであげてください」


 意地悪そうに軽口を叩いたニコラに、ルーシーはすかさず批難した。

 ロバもニコラの言葉を理解したのかしてないのか、気持ち歩みが早くなったような気がする。

 くつくつと笑うニコラを一瞥しながら、ルーシーはロバを宥めながらご機嫌を取るように話しかけた。


(人間に対しても、それ位のことをしてやれないものかね)


 明らかに人間と動物に対して、態度の差があるルーシーのことが気にならないわけではない。

 人見知りの激しいルーシーのことだから、それを克服した方が良いと思ってはいるが。いかんせん彼女の全てを理解したわけではないニコラは、あまり踏み入ったことを口出し出来ずにいたところがある。

 それに自分が言えた義理じゃない、という思いもあった。ニコラ自身も人間に対して寛大な心を持っているわけではない。だからこそ、人間より動物に対して接する方が優しくなれるルーシーのことを、否定出来るはずもなかった。


 でもいつかは、克服してもらわないとーー生きていく上で辛い思いをするのはルーシー自身だということも、ニコラにはわかっていた。

 これはその為の旅路でもあるのだから。

 スノータウンに住む人々は、文字通り「人が良すぎた」ところがある。人間不信な部分を強く持っているルーシーが安心して魔女の修行に励むには最適な環境ではあったが、ニコラの考えとしてはそれだけでは不十分過ぎる位だ。

 ルーシーが健やかに、幸せに今後の生活を送って行く為に必要なことは、世間というものを知ることが欠かせない。人間に対する警戒心、魔女に対する尊敬に近い感情、そういったものを改めないといけなかった。


 世界には様々な人間がいること。

 同じように、魔女にも様々な趣味嗜好を持った魔女がいること。


 そして生きていく為に必要な知識も、常識も、ルーシーは身に付けなくてはいけない。

 近い将来、ルーシーの隣にいるのは自分(ニコラ)じゃないとわかっているから。

 ほぼ無言で歩き続けて半日ーー。

 スノータウンから一番近い最初の村が、そろそろ見えてくる頃だった。

 ニコラはそろそろか、とでも言うように。タイミングを見計らうように、ルーシーに話しかけた。


「もうしばらくしたら、一番最初の村……テセンテに着く。しばらくは魔女に対して好意的な土地柄が続くから、そこんとこは安心するといい」

「テセンテ……。大きい村なんですか?」

「いや、スノータウンとさほど変わりないね。だけど辺境のスノータウンと違って、町に一番近い村だ。流通が盛んになってるから、スノータウンとは比較にならない程、人々が行き交っているよ。この村で大抵の品物は手に入れてるから、少し面食らうかもね」


 人が多い、そう聞いてルーシーは少し表情が曇ってしまった。

 わかってるーー、いつまでも人間に対して臆病になっているわけにはいかないと。しかしルーシーは本能的に人間を敬遠してしまうところがある。生前の記憶もあるものだから、どうしてもそういった感情は拭えない。

 だけど好奇心もある。およそ栄えた村や町という場所を行き来したことがないだけに、どのように賑わっているのか。そういった興味は確かにあった。

 怯えてしまう心と、好奇心で膨らむ心、両方の気持ちがせめぎ合ってルーシーの表情はどっちつかずのものになっている。そんなルーシーを見て、ニコラは釘を刺すように忠告をした。


「色んな感情で忙しいところ悪いが、ルーシー。お前に先に言っておきたいことがある」


 あまりに改まって言うものだから、ルーシーは思わず授業のスイッチが入ってしまって「はい!」と背筋を伸ばして返事をした。

 それをチラリと目の端で確認しつつ、顔は前を向いたままニコラは言葉を続ける。


「確かに私達の旅は、世界を知る為の、人や魔女を知る為の、お前の修行に必要なことを学ぶ為に……。そういった知見を深める為に始めたものだ。だからこそ勘違いしないで欲しいことがある」

「勘違い……、ですか」


 一体どんなことを言うのか、ルーシーには見当も付かなかった。

 ニコラは一息ついてからゆっくりと、今度はルーシーの目を見て話し始める。


「他人に深く関わるな。その村の、町の、国のやり方や考え方。揉め事、諍い、そういったトラブルは旅をしてたら避けては通れないものだ。だからこそ、よほどの事情がない限り、自分から関わろうとしないこと。いいね? 私達は別に人助けをする為に旅をしてるんじゃない。そこんとこを勘違いするんじゃないよ」


 ニコラの表情は真剣そのものだった。

 嫌味も、軽口も、何もない。正真正銘、本当の忠告だ。

 笑いも何もない真剣な眼差しに、ルーシーは今までにニコラから感じたことのない圧を感じる。

 これは本当に、冗談抜きの話だ。旅を続ける為の必須条件だとでも言うような、そんな重みをルーシーは感じていた。ゴクリと生唾を飲み込みながら、ルーシーは反論することもなくコクリと口元を引き締めながら頷く。

 肩掛けカバンの紐を、無意識に力強く握ってしまっていたせいか。自分でも信じられない位の手汗をかいている。

 本当はその真意を聞きたかった。

 もっと詳しく、具体的に、なぜいけないのかを訊ねたかったが、ニコラの雰囲気がその言葉を飲み込ませている。

 つまりそれは「訊ねたところで、にべもなく断られそうな雰囲気」だったから、それ以外の理由はなかった。ニコラには相手の反論を許さない迫力がある。その雰囲気を出す時は、決まって確かな理由があるからだ。

 ただなんとなくだとか、深い意味もないだとか、そういった程度でニコラが凄むことは一度もない。それはルーシーだけではなく、スノータウンの住民相手にでさえそうしていた。そして村人達は常にそれに従ってきた。

 ニコラは間違わない、そう信じているから。

 ルーシーもニコラのことを師として崇め、信用しているからこそ、それに対して色々と探ったりするようなことはしなかった。ただーー「他人に深く関わるな」という真意だけは、この時に聞いておけばよかったかもしれないと……。

 ルーシーは後悔する。


 辺境手前の村テセンテ、そこでは一人の少女に大人達が従うといった奇妙な光景があった。

 そこで起きている出来事に関わっていた方が良かったのか、悪かったのか。

 ルーシーは旅に出て早速、その問題に差し掛かることになる。

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