第21話 『魔女の友達』

 これだけすんなりシスティーナと話が出来たことに戸惑いつつ、ルーシーは聞きたいことが聞けて満足していた。やはり人によって感じ方は違うのだ、ということ。

 システィーナが実際人間のことを殺したいほど憎んでいたのかどうか、その辺りはわからないままだ。

 本人曰く「守りたいものを守っただけ」「それを傷つけようとする人間が嫌い」ということだけで、「本人が人間に何かされたから、憎しみを抱いた」というわけではないらしい。

 その辺りもシスティーナが許すならば聞いてみたいところであったが、ニコラがやって来たことによってそれはひとまず諦めることにした。

 ルーシーの知りたいことが決して笑顔で語れるような内容ではないこと、それを知られたくないから。

 いや、ニコラのことだからもしかしたらとっくに勘付いているのかもしれない。そう思いながらルーシーはシスティーナとの会話をここで打ち切ることにした。


「ありがとうございます。システィーナさん。色々と話を聞けて、とても参考になりました」

「ううん……。あ、あ、あんなので……、いいの……なら。ぼ、ぼ、僕……は別に……」


 この喋り方から、システィーナは一体どんな制約を課されているのか。ルーシーには想像も出来ない。

 スラスラと流暢に喋ることを禁じて、一体何になるというのだろう? それが制約なのだろうか。

 魔女に関することはまだまだわからないことだらけだ、と思う。そしていつの日かニコラから制約に関する説明を受けることが出来るのだろうか。そうしたらルーシーは一体どんな制約になるのだろう。

 自分から提案するのか、それとも誰かから提示されるのか。

 そんなことを考えているとニコラからまだ夜会に残るのかどうかを聞かれ、思わずシスティーナの方を見てしまう。自分が聞きたいことを散々聞いただけで、システィーナ自身は話したいことを話せたのか。

 なんだかしてもらってばかりで申し訳ないと思ったルーシーは、なんとなくシスティーナからまだ何かしてほしいことがあるのならそれに付き合おうと思っていた。


「ぼ、ぼ、僕……楽しかった……から。ルーシーが、た、た、楽しかった……なら、これでさよなら……だね」

「私ばかり聞いて、なんだか悪いです。システィーナさんから私に、何かしてほしいこととか、ないですか?」


 そう問われたことがシスティーナには意外だったのか、思ってもいなかったことなのか。

 ふっとタレ気味の目をまん丸くさせて、それから指先しか出ていない長袖から人差し指を口元に当てて思案する。ほんの少し考えて、それからルーシーを見てにっこりぎこちなく微笑んだ。


「そ、そ、それ……じゃ。ぼ、ぼ、僕…と、お友達に……なって、欲しい……かな」

「えっと、システィーナさんがそうして欲しいなら。はい、お友達にさせてください」


 突然友達宣言をされて虚をつかれたルーシーは考える間もなく二つ返事する。

 友達になろうとスノータウンの子供たちから言われたことはあったが、魔女の友達は初めてだった。そこに差別的な意味を含んでいるつもりはないが、ルーシーにとってどこか特別なことのように思えて嬉しかったのが本音だ。

 反射的に、ルーシーはシスティーナの言葉を受け入れる。それに応えて、システィーナのように下手くそな微笑みを浮かべるルーシー。どこか似てる二人に、またお互い顔を見合わせて笑い合った。


「なんだか私たち、似てますね」

「そ、そ、そう……だね。なんだか……、面白い……ね」


 それからどちらからともなく、握手を交わす。二人の手は互いにとても温かく、見た目はとても幼いシスティーナの手はもちろんルーシーより大きくて包み込むように握手した。


「あの……ね、機会が……あれ、ば……なんだけど。拈華(ねんげ)の……魔女に、会うことが……あったら、だけど……。いつか……、彼女に……頼んで。僕のこと……、ルーシーに見て……欲しいんだ……」

「えっと……? ねんげの魔女……って?」


 聞いたこともない魔女の二つ名が出てきてルーシーは戸惑う。

 その名を聞いてニコラの表情は厳しいものに変わり、腕組みをするとシスティーナに強い口調で話しかけた。


「いいのか、システィーナ。拈華の魔女にそんなことを頼んでも」

「う……うん。ルーシー……には……、知って……欲しい、から……」

「あの、お師様? ねんげの魔女とは……?」


 一呼吸置いて、いつものようにゆっくり丁寧に。何も知らないルーシーの為に説明してくれるが、そのニコラの表情はまだ厳しいままだった。


「拈華の魔女マキナ、彼女の魔法は他人に夢を見せること。それもただの夢じゃない。実際に過去で起きたことを追体験するように、まるで目の前で起こっているように夢の中でそれを再現させる魔法だ。ヴァイオレットが相手の魂に干渉して捕まえたりすることが出来るように、マキナの場合は相手の魂に干渉することでその人物の記憶を自分の頭の中にある本棚に貯蔵させることが出来る。本棚というのはあくまで説明の過程によるイメージの話だが。つまり、相手の『記憶』という名の本を自分の脳内にある本棚に蔵書として保管する魔法、とでも言うのかね」


 説明が難しい、という風にニコラは珍しく頭を掻きむしるような仕草をする。

 ルーシーでもわかるように、説明を砕いて言葉を選んで話すことが困難なほどに拈華の魔女マキナの魔法の内容は複雑らしい。


「つまり、システィーナの過去の記憶を……、私に見てほしい。そういうことですか?」

「そうだね。どういう風の吹き回しだか知らないが」

「と、と、友達……だから。僕の……こと、知って……欲しくて……だから……」


 システィーナの過去の記憶、つまり先ほど聞いた大量虐殺の件だろうとルーシーは察した。このタイミングでこの話をするのだから、きっとそうなんだろう。


「システィーナさんが、そうして欲しいなら。私は喜んで……。でもその拈華の魔女さんがどこにいるのか、とか。会うことが出来たらすぐに見せてもらってもいいんですか?」

「今すぐ……は、ちょっと……恥ずかしい……かな。でも、きっと……もうすぐ……。聞きたい……って思う、タイミングは……ある、から……。マキナに……、伝えて……おくから……」

「聞きたくなるタイミングね。どういうことか知らないが、まぁ。それなら旅の目的地に拈華の魔女に会うっていう目的を追加しておこうかね」


 拈華の魔女マキナがどこにいるのかルーシーにはわからないが、システィーナ自身が「すぐに聞かれるのは恥ずかしい」と言うからには、きっともう少し後になることだろう。

 ルーシーの気持ちとしては今すぐにでも知りたい気持ちではあるが、一気に知りたいこと全てを知ってしまうのはルーシー自身にもあまり良くないことだと思った。

 情報量があまりにも多すぎて、内容の整理よりも精神の方が保ちそうにない。

 ここはシスティーナの言葉の通りに、その拈華の魔女とやらに会ってから詳細を見せてもらうという約束を交わした。それからはシスティーナを残してニコラと共に魔女の夜会を後にした。

 幽魂の魔女ヴァイオレット辺りが話しかけてニコラを引き止めるものかと思ったが、そのまま会うこともなく静かに建物を出ることが出来てルーシーは一安心する。


(あのヴァイオレットって魔女、少し苦手なのよね……。明るくてとても楽しい人ではあるんだけど。少し強引というか。強引な人は……、いつまでも慣れないから。どうしても苦手意識が出てしまう………)


 ニコラからホウキに乗って空を飛べるかどうか聞かれたが、特に疲労感はなかったので大丈夫だと返す。

 時間はすでに深夜を過ぎていた。ブラッドムーンは変わらず毒々しいまでに真っ赤な色を残しており、少し気味が悪いほどだ。黄色い月を見慣れているせいだろう。

 ルーシーはホウキにまたがりゆっくりと浮上していく。それに続いてニコラも空高く舞い上がり、夜風に吹かれながらルーシーたちの魔女の夜会は終わりを告げた。


 またシスティーナに会えるだろうか。

 手紙を送ることは出来るのか、後でお師様に聞いておこう。

 システィーナは魔女の夜会にほとんど参加していると聞いた。

 それならば、きっと次の夜会に会えるかもしれない。

 

 初めて出来た魔女の友達への思いを馳せながら、ルーシーは自然に笑みを浮かべる。

 作り笑いでも、引きつったぎこちない微笑みでもない。

 ごく自然な心からの笑顔。



 ***



 それから約1年後、遠雷の魔女システィーナは魔女狩りに遭い、その短すぎる生涯に幕を閉じた。

 少女の訃報をルーシーたちが知ったのは、さらにその数週間後である。


 ルーシーがシスティーナと再会することは、ついに叶わなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る