第69話
半日ほど進んだ頃、馬車は馬の嘶きで急に停まった。道の少し先に魔獣が出たらしい。魔獣除けの癇癪玉が投げられたが、どうやら効果がなかったようで暫く停車する事になった。
王都から各領地へ向かう街道を通る馬車には安全を確保するため、街道にも馬車にも魔物が嫌う匂いや音などが付けられている。
中には乗客の魔力を少しずつ貰い結界を張って移動する馬車もあるのだ。この馬車は魔獣から見えにくくする隠ぺいの魔法が掛けられているようだ。
暫く待っていたが、魔獣はまだ留まっているらしいので私たちは御者に話をして様子を見に行くことにした。
「先輩、ブラッディベアの縄張り争いに負けて逃げてきたようだと言っていました。依頼書にありましたよね?」
「そうだな。ここで討伐して一枚減らしておくか。ブラッディベア一頭だ。この時期、どうやら繁殖期のようで縄張り争いが色々な所で起こる。今回もそのうちの一つだろう。ファルス、剣を磨いて貰ったんだ。試してくればいい」
「えー俺? 分かった。行ってくる。試し切りって事だよな。ワクワクする」
ファルスはそう言いながら鞘から取り出してブラッディベアの前に立った。やはり繁殖期のせいか魔獣は興奮している様子。
ファルスを見つけると、唸りながら攻撃態勢を取り、突進してきた。
ファルスはというと、ブラッディベアの攻撃を避けた瞬間に反撃する。
すると、いつもなら反撃の際に切る傷は致命傷となる程ではないのに、ブラッディベアの肩口から大きく血が吹き出し、そのまま倒れた。
「えっ!? おい、嘘だろ?」
ファルスが驚いて口にしている。
「ファルス、驚いていないで止めを刺せ」
先輩の言葉にハッとしてすぐに首を落とす。
「おぉぉぉ!! 凄く切れる。切れ味が凄いことになっている」
ファルスは魔獣を倒したことより、剣の切れ味に驚きと興奮をしている。そんなに切れ味が凄いのね。私も敵を切ってみたくなったわ。
アルノルド先輩は馬車から降り、興奮しているファルスを横目にクマを焼いて血の匂いを消して街道脇に埋めた。御者さんはお礼を言ってまた馬車は私たちを回収し、移動し始めた。
冒険者が一緒だと心強いのだろう。馬車の中にいた人たちの不安は和らいだようで車内からは笑い声や歌声も聞こえてきた。
そして到着した北部の村。一日中の馬車はさすがにお尻が痛かった。
もうすぐ夜になるという頃に村についたので私たちはそのまま宿を取ることにしたの。もちろん私は一人部屋でファルスと先輩は相部屋になった。
食堂で落ち合い、食事をしながら明日の朝の打わ合せをしてから部屋へと戻った。流石に移動日はこんなもんね。なんだかんだで疲れてすぐに眠ってしまったわ。
翌朝、朝食後に出発の準備をしていく。野宿となってもいいように食糧もしっかりと持っていかないとね。今日の昼食は宿のおかみさんがパンとスープを用意してくれたので有難く持っていく事にした。
そうして私たちは村を出て森に続く道を歩き始める。
「さて、ここから採取を沢山していかないとな。マーロアとファルスに渡した採取用の瓶でどんどん入れていってくれ」
「「分かりました」」
私たちは手分けして薬草を中心とした植物や昆虫などの採取に励んだ。ギルドに依頼をした人もきっと錬金術師だと思う。採る物がアルノルド先輩の欲しいものと似ている。
ギルドに発注するって事は潤沢な資金があるのね。羨ましい。そう思いながら薬草を探して摘んでいく。
ここの森は手入れされている方で日が入る部分がしっかりと作られている。もっと奥にいけば魔物も強いだろうから手入れも出来ず、鬱蒼とした森が続くのだと思うけれど。
そして私は倒木に不思議なキノコが生えているのに気づいた。見たこともないキノコだわ。素手で触って良いかも分からない。見た目は食用のキノコなのだけれど、ほんのり光っている。
多少のキノコ知識しかないから分からないだけかしら。とりあえず採取をしておこう。
「ファルス、何かいいのあった?」
「んーこっちは見たことがない植物を少し採取した位かな。マーロアは?」
「私もキノコを一種類だけ見つけた。アルノルド先輩は何処へ行ったんだろうね」
「木の上とかにいそうだな」
「そうね」
私たちは声を掛け合いながら採取を続けていく。お互いの無事を確認するために声を掛け合うのは長年村人として住んでいた経験だと思う。アルノルド先輩には声を掛けないのかって? 先輩は私たちの声が聞こえる範囲にいつもいるので特に心配はしていない。強いしね。
私たちはまだまだ初心者の域を出ていないひよっこ冒険者だと思っているから安全を一番に考えた行動をしているつもりなの。
そこから私たちは時間を掛けて先輩から用意された瓶が無くなるほど植物を採取したわ。あとは魔獣の討伐類が残っているだけになった。
アルノルド先輩も再び合流して三人で魔獣のいそうな場所を探して歩く。暫く歩いていると、ガサガサと枯草を踏む音が聞こえてきた。何が出てくるのか、私たち三人は息を呑み、緊張に包まれた。
茂みの中から見えた魔獣はワイドスネークと呼ばれる蛇だった。
ワイドスネークは一メートル程首を持ち上げてこちらを睨みつけている。私たちを餌と認識しているようだ。体長は三メートル程だけれど、素早く動き回るので気を付けなければいけない。
私はさっと剣を鞘から抜き、斬りかかった。いつもの感覚で力を込めて袈裟斬りをすると、ワイドスネークはスパリと真っ二つに切れてしまった。
「どういう事!? 切れ味が全然違うわ!」
驚いて剣を見るが、今まで使っていた愛用の剣に間違いはない。刃こぼれは削って貰ったけれど、切れ味上昇等の魔法は掛かっていない。
「マーロアも驚いただろう? 俺もさっきクマを斬って驚いた。すげーよな! アルノルド先輩の強さの秘訣が分かった気がする」
ファルスは嬉しそうに話をしている。本当に驚いた。マージュさんにお礼を言わないとね。
私たちは依頼書にある魔獣を探してどんどんと討伐していった。そうして歩き回る間に川辺までやってきた。
「少しここらで休憩するか」
アルノルド先輩がそう言って大きな石に腰かけた。私たちも後に続く。
「後、討伐は何が残っているんですか?」
「ウサギ十五羽だ。それで今回の討伐は終わる。だが、まだ欲しい素材が手に入っていないんだ」
珍しい。アルノルド先輩が見つけていない素材。
「どんな素材なのですか?」
「んーまだよくわかっていないが、弾力のある素材が欲しくて探しているんだ」
「スライム系ですか?」
「スライムは弾力が足りなかった。他にないものか」
「じゃぁ、ここらで素材を探しつつ今晩はテントで一泊しますか」
ファルスはそう言うと、先輩も頷いた。日も暮れかけているし、この時間から動くのは得策ではないからね。私たちは弾力ある素材を探し始めた。
どんな物がいいのかしら。
魔獣の肉のような弾力?
それとも竹のようなしなる事が出来る弾力?
なぞかけのような感じね。
ファルスは小動物、私は虫、アルノルド先輩は植物を中心に探す事にした。
私は葉の上にいた青虫を見つけた。青虫の体はプニプニした弾力よね。魔力と反応するかな? 見つけた虫に魔力を流してみるけれど、破裂ばかりして魔力に耐えられる虫はいなさそう。
そしてとてもグロイ。
駄目だったわ。
次に考えられるのはブラックスパイダーの糸なんてどうだろう。ブラックスパイダーは魔昆虫の中でも小さく人間を害する虫ではないので増えすぎない限りは放置されている弱い魔昆虫なのだ。
増えすぎた時は火魔法ですぐに対処するので問題になることもない。私は草の裏や石の下など探して見る。普段は見かけるのにいざ探すと居ないものなのね。この日はみんな諦めて野宿の準備をする。
今日はパンとスープ。鍋に乾燥野菜とベーコンを入れただけの簡易的なスープを作った。
スープを飲むとビオレタの料理を思い出すわ。いつもビオレタは温かい料理を作ってくれていたの。貴族の邸では殆ど冷めてしまっているのよね。
ファルスやアルノルド先輩と最近の出来事をおしゃべりしながら夜も更けていき、交代で番を取ることになった。
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