第66話

 ―闘技大会当日―


 今日は快晴。闘技大会日和ね。この日ばかりは朝からどことなく邸もソワソワしている気がする。偶には鍛錬を休んでゆっくりと起き、父と朝食を摂ることにした。


 ファルスは先に学院に行くとメッセージが来ていた。


 競技前に騎士クラブに呼ばれているらしい。ファルスは先輩たちと上手くやっているかしら。


「マーロア、今年は闘技大会に出ないのだな」


 パンをちぎりながら父は聞いてきた。


「ええ。先輩方から卒業しても殿下たちの護衛に協力することになるだろうから実力を隠しておいた方がいいと言われたのです。女の私が実力を隠すのは色々と都合がいいのだと思います」

「出たかったんじゃないのか?」

「私は対人戦があまり得意ではありません。それこそドラゴンを相手にしている方が楽しいです」

「……そうだったな。前にも言ったがあんまり無茶はしないように」

「わかりました」


 そうして会話をしながら朝食をした後私は学院へと向かった。今日はファルスが居ないのでアンナと一緒に闘技場へとやってきた。父は仕事で一緒に見ることは出来ないと少し残念そうに言っていた。


「アンナは闘技大会を見たことがある?」

「えぇ、毎年見に来ています。闘技大会は王都の華ですから。歴代の優勝者は皆王宮騎士団長や副団長になっていてこの場は前哨戦のようなもの。将来優秀な騎士たちを知るいい機会なのです。レコさん以外ですが」

「レコは元気かしら」

「飄々と過ごしていそうですね」

「ふふっ。私もそう思うわ」


 大会が始まり、アンナは前のめりになりながら観戦している。昨年、私が優勝した時は手に汗握ったのだとか。

 アンナはおっとりした見た目とは裏腹に格闘技全般が好きなようだ。そうしている間にファルスは難なく一回戦を突破したみたい。私たちは用意していた一輪の花を闘技場へ投げ込んだ。


 昨年は私やファルスに花を投げてくれた人はいなかったけれど、今年のファルスは沢山の花が投げ込まれている。


 騎士として人気のバロメーターとも呼ばれているらしい。


 令嬢たちの噂では従者として寡黙で優秀なのに騎士としての腕もあり素敵なのだとか。私から見たファルスは全然寡黙じゃないし、脳筋っぽいのだけれど。


「アンナ、ファルスはご令嬢に人気なのね」

「そうですね。見目も悪くはないですし、将来の騎士団長といわれる程の実力だと噂されていますから。お嬢様だって高嶺の花で令息たちからの羨望の的ではございませんか。お二人の姿は眼福だと王都でも有名ですよ」


 私は思わず試合を観戦するのを止めてアンナを見つめた。アンナは何を今更と言わんばかりに平然とした顔をしている。


「そうなの!? 知らなかった」

「お嬢様のファンは多いですよ? 高位貴族同士の結婚となると話は別ですが」


 そうよねっ。浮上した気分が一瞬で元に戻った。確かにそこはまた違う気がする。こればかりは仕方がないなと思いながらもちょっとがっかりする自分がいる。


 アンナと雑談している間にファルスはあれよあれよと勝ち抜いていき、ついには決勝まで難なく勝ち進んだ。今回の闘技大会はそれほど目立った騎士候補もいないのでファルスなら難なく優勝だわ。


 そして決勝戦。相手は騎士科の三年生。

 体も大きくて武器は大剣を扱っているわ。


 ファルスも力で勝負する方だけれど、これには力負けしている。どうするのかしら? と冷静に見ていると、力では敵わないと感じたようで戦法を変えて素早い動きで立ちまわっている。


 その動きは私の動きに似ているなと思う。こうして客観的に見ると勉強になる。

 相手が大剣を振り下ろしている隙を突いての攻撃。相手は嫌がっている。


 そしてまた大剣を振り上げた瞬間に横に回って剣で突くようなフェイントを出して攻撃を邪魔している。

 何度かフェイントを出した後、相手はとても苛立っている様子。次もフェイクだと思ったようで気にせず振り下ろす。


 ファルスはニヤリと笑って足払いをして相手の意表を突いて転ばせた。そして首元に剣を向けて試合終了となったわ。周囲もまさか足払いで試合が終わると思っていなかったようで一瞬間が空いた後、拍手や声援が聞こえてきたわ。


 相手選手はとても悔しそう。騎士として剣技で負けたなら納得いくと思うけれど、ね。


 まぁ、私もファルスも冒険者としての活動が長いので特にその辺はこだわりのない部分だと思うわ。レコだってそう言うと思うの。正面切って敵と戦って綺麗に勝つというより、どんな手を使っても生き残る事が重要だと思っているから。


 ちなみに今回の闘技会の参加者もほぼ騎士科の生徒なのである程度流派や型は似かよっている。


 一部の平民は我流もあるようだったけれど、初戦敗退しているわ。私たちがレコから教わったものの原型は騎士たちが使っている型と同じだと思うのだけれど、レコによってかなり型が変わっているせいか相手は困惑するようだ。


 レコの剣術は相手が読みづらいように工夫されているのだなって今は思うわ。当時は覚えるのに必死だったけれどね。そして自分流に変えることが出来るほどの実力を持っている。


 レコは別格の強さなのだと思う。


 人としては悩む所があるけれど。




 そうこうしているうちにファルスの優勝が決定し、授与式が行われた。ファルスは陛下からトロフィが授与され、闘技場に投げられた花を花束にした物を受け取った。


「ファルスよ、優勝おめでとう。望みはあるか?」


 ファルスは考えていたようではっきりと答えた。


「私は王宮騎士団に入ります。団長になった暁には爵位を頂きたいです」

「良かろう。その願い叶える事を約束しよう」


 陛下の言葉を頂いた後、観客は拍手と歓声が上がった。


「ファルス! おめでとう!!」


 大声でそう叫ぶとファルスは笑いながらこちらへ歩いて来た。どうしたのかしらと思っていると。


「勝利の全てはお嬢様のために」


 そう言って従者の礼を執りながら花束を私に差し出した。


「……!!? ファ、ファルス。よくが、頑張りましたわ」


 ファルスはしてやったりと言わんばかりの満面の笑みを湛えている。私は花束を受け取り、満面の笑みを浮かべ返す。会場は私たちのやり取りを見て大歓声となったわ。


 恥ずかしい事この上なかったけれど、ここは仮面を被りホホホとやり過ごす事に決めた。


 


 今回も大盛況の中、闘技大会は終了となった。


 私とアンナは他の人たちに声を掛けられる前に急いで闘技場を後にしたのは言うまでもない。もうっ、ファルスったら!


 その夜、ファルスは父から報奨金を貰ったらしい。私には無かったのに羨ましい。そして食事も終えて寝る前の一時。


「ファルス優勝おめでとう。余裕だったよね?」

「んーまぁ、そうだな。マーロア相手にする事を考えたら余裕だったな」

「ふふっ。決勝戦の相手、とっても怒っているわよきっと。明日、騎士クラブでいじめられないといいわね」

「やっぱそう思う? 俺もそうかなーって思ったんだよ。でも足元がら空きだったからさ、仕方がないよな」

「私たちからしたら当たり前でしょうけれど、誇り高い騎士は足元を狙うなんて邪道な事はしないと思うわ」

「まぁな!」

「それより花束はびっくりしたわ。会場中の人たちの視線が一斉にこっちに向くんだもの」

「良かっただろう? 将来の騎士団長からの花束」


 ファルスは不敵に笑みを浮かべた。


「楽しみにしているわ。さぁ、そろそろ寝るわ。後は試験を頑張るだけね」

「……グッ。そ、そうだな。試験、憂鬱だ」


 先ほどとは打って変わって遠い目をしているファルスが可笑しくてつい笑ってしまう。


「ではおやすみなさいませ、お嬢様」

「おやすみ、ファルス」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る