第3話

 この度、私マーロアは五歳になりました!

 私は病気一つせず元気一杯に育っています。


 私の毎日の日課はというと、朝からお昼までは護衛のレコと剣の練習。

 昼からは家令のユベールと勉学に励み、夕食から寝る前までは貴族のマナーを学ぶ。

 そして休日はビオレタの息子であるファルスと村や野原を駆け回るという日々を送っている。


 貴族社会の暮らしとはかけ離れているけれど、私は楽しく生活している。


 この村に送られて来た当初、ビオレタは私の置かれた環境を嘆いていたみたい。だけど、私は父も母の顔も覚えていないのでなんにも気にしていない。


 だって村の人たちはやさしいし、ビオレタやユベール、護衛のレコがいつも傍にいてくれた。悲しむ事は全くなかった。


 ファルスは乳兄弟で赤ちゃんの頃からずっと一緒に育ってきた。親からの愛情を知らない私にビオレタはどちらも私の子供だといって分け隔てなく育ててくれた。

 ファルスは活発で毛虫を持って帰ってきたり、いたずらしたりと色んな事をするからいつもビオレタに怒られているの。

 私は、あんまり怒られる事はないかな。


 そして魔力の無い私は身を守る術が無いのでレコに剣術を教わっているの。

 王都に住む令嬢たちはそんな危険な事は騎士がやるもの、令嬢は守られるのが当然だと剣を習わないらしいけれど、ここは森に囲まれた片田舎の小さな村で魔物がたまに村に出る。


 ……怖いわ! なんて言っていられないのよね。


 村人たちは魔物から村を守るため日々協力しあって暮らしているの。

 魔法や剣で戦える者は魔物との戦いに出る。



 ある日、いつものようにファルスと村を駆け回り、遊んでいると村の外で大きな音がした。


「ファルス、何かしら?」

「何だろうな。行ってみようぜ」

「えー嫌だよ。待ってってば」


 私が止めるよりも先にファルスが走り出し、私も慌ててその後を追う。村の外では何人かの男たちが畑に出た魔獣と戦っているみたい。


 畑に出た魔獣はビッグボアのようだ。

 私たちは初めてビッグボアを見た。イノシシのような顔つきで身体は羊のような柔らかい毛で覆われている魔獣だ。


 私は大きなビッグボアに怖いと思った。けれど、ファルスは違ったようで興奮しながら近づいて行こうとさえしている。


「ファルス、邪魔になるから帰ろうよ」

「えー、マーロアは見なくていいのか? 折角の魔獣退治だぞ」


 私はファルスを引っ張り帰ろうとした時、どうやらビッグボアがこちらに気づいたようだ。


 ブルルルと鼻息を荒くし、蹄で土を蹴り今にも向かって来そうだ。村人たちも私たちに気づき、早く逃げるように大声を出している。


「マーロア、やばい。逃げろ!」


 ファルスは私の手を取り、走り出したけれど、一足遅かった。私たちは逃げる事が出来ずにビッグボアと対峙する事になってしまった。

 ファルスは震えながらも剣を抜き、私の盾になるように前に出た。ビッグボアはブルンと息を吐きファルスに体当たりをしようと前傾姿勢を取る。


「ファルス、危ない!!」


 私は無我夢中でファルスに声を掛けた時、体からフッと何かが流れ出るような感覚になったと同時に眩しい光の球がビッグボアの目の前に現れた。


 ビッグボアは突然目の前に現れた光で目が眩んだようでよろけながら立ち止まった。


「ファルス、今のうちに逃げるの!」


 私はファルスの腕を掴み必死に村の中へと逃げ込んだ。


「マーロア、あ、ありがとうな」


 二人ともビッグボアの大きさで突進してくる恐怖を思い出し、震えながら家へと帰っていった。


 もちろん私たちは叱られると思いユベールたちに黙っていたの。


 退治したうちの1人がお礼にとボア肉を持って来たのでユベールとビオレタにバレてしまい私たちに雷が落ちたのは言うまでもない。


 ビッグボアの目が眩んだのを切っ掛けに村人たちは怪我することなくビッグボアを退治出来たようだ。



 夕飯も食べ終わり、ベッドに入って今日の事を思い出してみた。

 私には魔力が無いはずなのになぜか光の球が出た。


 なぜだろう?

 もしかして、そんなことってあるのかな?


 魔力は貴族のほぼ皆が持っていて、平民も魔力を持っている人が多いとビオレタは言っていたわ。

 魔力量も王族を頂点として上位貴族になるほど多く、平民とでは雲泥の差なのだとか。


「明日、教会に行って神父様に聞いてみよう」


 五歳の私は深く考えることなく夢の世界へとすぐに旅立った。


 翌日、私は早朝の稽古を終えてから教会へと一人向かった。

 この村にある唯一の小さな教会。そこにはおじいちゃんの神父様が一人で暮らしているの。村の人たちは神父様に悩み相談などよくしていて、私やファルスもよく教会の掃除をしに行っている。


「神父様、遊びにきたよ」

「おやおやマーロアが一人でここに来るとは珍しいな。どうしたんじゃ?」


「あのね、私、赤ちゃんの時に魔力無しって判定されたって聞いたんだけど、昨日、畑で暴れていたボアが私たちめがけて走ってきたの。ボアがね、ファルスにドーンと体当たりをしようとしてたの。

 ファルスが危ないって思ったら、体から何かがスーッて出て行ったの。そしたら目の前に光の玉が出てきたの。

 ……神父様、私って魔力を持っているの?」


「……はて、神殿が間違うような判定をするのかのぉ? まぁ、少し経ってから魔力が出てきたのかは分からんが。そこにある石板に触れてみるといい。魔力判定の有無が出来る板じゃ。有無しか判定出来んがな」


 神父様はそう言って女神像の前にある板を指さした。

 私はドキドキしながら板に手を当てると、板はほんのり文字を浮き上がらせている。


「神父様、文字が浮かんでる!」


 神父様は覗き込むように板を見ると、マーロアと対面するように体を向けた。さっきとは違い、とても真面目な顔をしていた。


「神父様? どうしたの?」

「マーロア、これからとても大事な事を言うぞ? しっかり聞くのじゃ」


 私はそう言われて頷いた。


「王都の神殿でどのような事があったのか、ワシは分からんが、マーロアは魔力を持っておる。魔力があるとわかれば王都に今すぐに戻り、父と母と暮らすことになるじゃろうな」

「えっ、お父さんとお母さんと暮らすの? 魔力があるだけで?」

「そうじゃ」

「嫌よ。私の家族はユベールとビオレタとファルス。あとレコだけだよ。この村から出たくない」


「……そうか。マーロアの家族はユベールたちだったな。魔力なしと判定されたのは何か女神様の思し召しかもしれん。家に戻ってユベールに相談するのだ。

 だが、魔力がある事を家族以外に言ってはならん。絶対に、じゃ。

 ただ、この村で過ごす事にしても魔法の練習はしなければ何かあった時に困るのぉ。

 三日に一度この教会へ来て魔法を練習するといい。小さなうちから練習しておれば魔力の量も増えるし、隠す事も可能じゃ」


「わかった。私、村から出たくない。みんなに黙っている。魔法も使ってみたいし、神父様の所で練習するね!」


 そうして私は神父様に手紙を書いて貰い、お昼ご飯に間に合うように家に帰ってユベールに手紙を渡した。

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