第38話
「ふうん。殿下の側近には最適だね。油断させておいて魔法を使って逃がせる」
「そうですね。でも魔力無しの貴族令嬢は貴族社会から爪弾きの存在ですわ。私はそうして村に追いやられ平民と変わらない生活してきたのです。
今更貴族令嬢として生きるのは窮屈すぎるのです。それに魔力ありとばれてしまえば冒険者の夢は断たれてしまうのです。ですからご内密にお願いいたしますわ」
「だから装備も特殊なのだな。それにしても私やイェレが分からない程に魔力も抑えきっている。コントロールが凄いな。マーロアは錬金の才能があるんじゃないか」
アルノルド先輩がそう言うとイェレ先輩が口を挟んだ。
「俺は分かっていたぞ?魔力があることは。だがごく少量しか見えていない。実際はどれほどの魔力量なんだ?それにファルスと言ったか。君の魔力量も気になるな。平民にしては高い。元貴族なのか?」
イェレ先輩が不思議そうにファルスに聞いている。ビオレタは乳母として小さな頃から一緒にいたけど、ファルスの父については聞いたことが無かったわ。ビオレタ自身も貴族だったのかしら。
「父親の話は聞いたことが無いです。母は没落した元伯爵家の3女だったとは聞いた事がありますが」
ビオレタはずっとエフセエ侯爵家で働いていたから父ならファルスの父の事を知っているかもしれない。ファルスが父に会いたいとなったらビオレタも教えてくれるのかもしれないわ。
因みにファルスはビオレタにあまり似ていない。きっと父親似なのかもしれないわね。
「私の魔力は下位貴族の持つ平均的な魔力程度だと思いますわ。詳しく検査をしたことがないのではっきりとした事はわかりません」
そう言いながら魔力を一瞬だけ隠す事無く体内に巡らせる。
「ふうん。俺が見た所ではまぁ、少な目。だが、魔力のコントロールは凄い。王宮魔術師並みだね。ファルスはそれより多いな。マーロアは魔術師になる気はないのかい?」
「お誘い有難うございます。ですが、魔力なしで押し通す事にしようと思っています。魔力の量が少ないため魔術師としては役不足だと思いますわ。それに将来は冒険者になるのが夢なので」
「魔力を隠していたら普段魔法の練習をしていないんだろう?ならさ、俺の所に実験の被験者としておいで。魔法練習する時は結界を張って見えなくするから。ファルスも魔法を使いこなせるようになったら剣の腕も相まって王宮騎士団にすぐに入団出来るだろうな。君も冒険者になるのか?」
「俺は将来騎士になるのが夢です」
「なら丁度良いじゃないか。どうだ?」
そう言われてしまえば反論のしようがない。私達はイェレ先輩の誘いに頷いた。
「じゃぁ、明日から研究室へおいで。アルノルドの研究室は俺の隣だから、アルノルド、お前もついでに呼んでやるよ」
「いつも私の研究室に入り浸っているのはイェレの方なのに」
どことなく不満げな顔のアルノルド先輩。
そうして先輩はパチンと結界を解き、イエロードラゴンをサクサクと持っていた短刀で切り分けている。内臓類はどこから取り出したのか魔方陣の書かれてある大きな瓶に詰め込んでいる。余った肉は食堂に寄付するらしい。
今日の夕食はドラゴンステーキかも!
そしてアルノルド先輩と明日以降の話をする。
どうやら素材がある程度貯まったのでアルノルド先輩は明日から錬金作業に入るのだとか。私達はドラゴンの皮を防具屋に持っていった後、イェレ先輩の魔法特訓に入る事になった。
偉大な魔術師に師事を仰げるなんて有難い事だわ。長期休みは先輩の魔法特訓で終了しそうね。
翌日、ファルスと共に防具屋のダンジオンさんの所へと向かった。
「ダンジオンさん、お久しぶりです」
「おお、マーロアにファルス。今日はどうした?」
「ダンジオンさんに新しい防具を作って貰いたくて相談にきました」
「今着ている防具は気に入らなかったのか?」
ダンジオンさんは顔色を変える事無く私達に聞いてきた。
「今の防具は凄く気に入っています。昨日、学院の先輩とギルドの依頼をこなしていたのですが、帰り際にちょっとドラゴンを狩ったのです。先輩が新しい防具を頼むといいと言ってドラゴンの皮を大量に貰ったので持ってきました」
「ほう。どれ見せてくれ」
ファルスはリュックからドラゴンの皮を出し、ダンジオンに差し出した。
「おぉ、これはイエロードラゴンの皮だな。いい素材じゃないか。それに量もある」
「あの、俺達、そんなにお金持っていなくて……」
ファルスはそうダンジオンさんに言うと、彼はガハハと笑った。
「こんなに大量にあるんだ。あまったイエロードラゴンの皮をくれるだけでいい。そうだな、今着ている防具はどちらかといえば学院内で着るための防具だ。魔獣を狩るのに合った防具を作っておく。2人とも魔法を使う時に補助となるような装備がいいだろう?」
「本当!?俺もマーロアもこの長期休暇中はイェレ先輩の元で魔法の訓練をするんだ」
「ほぉ、イェレ・ルホタークか。なら魔法の使い方が飛躍的に良くなるだろうな。お前らは運がいいな。防具の事は任せておけ」
「「お願いします」」
イエロードラゴンの皮を使った装備はどんなものが出来るか楽しみだわ。私とファルスはたわい無い話をしながらイェレ先輩の研究室に向かった。
「イェレ先輩来ました」
私達は部屋へ入ると、先輩は機嫌よく出迎えてくれたわ。
イェレ先輩の研究室はしっかりと整理整頓されているが、なんだかおどろおどろしい。
謎の目玉が詰まった瓶や腸っぽい物の瓶やトカゲっぽい物があったり、血の瓶があったりと沢山の魔術に使うと思われる素材が棚にみっちりと置かれている。
ここは呪術を専門とする魔女の家か?って思うほどのグロが詰まっているわ。
私もファルスも魔獣狩りをして素材取りや食糧として魔獣処理をするのでうぇぇと感じるだけで済んでいるけれど、これが普通の令嬢なら卒倒してしまうわね。
婚約者が既にいるのかしら?この部屋を見て卒倒しない令嬢を見つけるのは相当苦労するのではないかしら。
「なにか失礼な事を考えていそうだな」
「……!?いえ、何も考えていませんわ」
「まぁいい。2人ともこっちへ」
私達は促されるままにソファへと座る。イェレ先輩はガサゴソとローブの中から2つの箱を取り出した。
「これは簡単なギミックだ。これを外して箱を開ける練習する。勿論魔力を使って開けるんだぞ?」
何の変哲もない木で組まれた箱のようにも見える。持ってみると軽くて丈夫そうな感じだわ。先輩に言われた通り魔力を指先から箱に通してみるとあら不思議。
継ぎ目が少し光った。これは魔力をどうやって通すかで箱が開くのかしら。ファルスも同じように思っていたようで両手から魔力を流したり、指先に少し魔力を乗せたりとし始めていた。私も負けていられないわ。
私も悪戦苦闘しながら箱開けに挑む。
…… …… ……
…… ……
……。
「2人とも今日はこれまでだ。また明日」
イェレ先輩はポイッと私達から箱を取り上げるとそう言った。周りを見ると既に夕方だったわ。私もファルスも『もうこんな時間!?』と慌てて寮に帰る。
翌日も朝から夕方まで箱と格闘。3日目。
なんとなくコツを掴んだような気がするわ。
小指の先から魔力を流し始めてゆっくりと一回転させて薬指、中指、人差し指と順に一定の細い魔力を流し、光っている継ぎ目に指を当てていく。すると箱はパカリと開いた。あれだけ時間を費やしたのに一度開けてしまえば簡単なものだった。
「流石マーロア。早かったね」
どうやらこの箱は様々な角度から弱い魔力を一定の量で流すと開く装置らしい。ファルスはどちらかといえば魔力で押し切るタイプなのでかなり苦戦している様子。
「マーロアは次の段階に進むよ。この本にある魔方陣を暗記して全て書けるように」
そう言って渡された1冊の本。本自体は薄い冊子なので暗記はすぐ出来そうなのだけれど、これを正確に書くとなるとかなりの練習が必要なのだと思う。
ここから1週間は毎日陣の記憶と書き取り地獄が始まったわ。
ファルスは私の後を追う事約3日。ようやく箱を開く事が出来たわ。ゲッソリしていたのは言うまでもない。今は2人でコツコツと陣を書く練習。私のような魔力が少ない人は陣を書く事で魔法の補助的な役割をしてくれるのでしっかりと覚えておいた方がいいらしい。
ファルスはと言うと、騎士団長クラスになるとある程度の知識は必要となるためにやはり覚えておいた方がいいのだとか。
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