第18話

 嵐の前の静けさのように何事もなく1週間が静かに過ぎていった。その間、私は夕食だけは一緒に取る事にして後は部屋で食事を摂る事にしたわ。毎回食事の度に妹弟からは服装チェックと魔力無しだと蔑まれる。


もうすぐ寮生活が始まると思うから耐えられるのだと思うわ。あーでも今日はモヤモヤ気分が爆発しちゃいそう。


そう実は今日の午前中に婚約者と名乗る男が侯爵家へとやってきたの。


「マーロアお嬢様、アヒム・ディズリー伯爵子息様がお見えです。サロンへどうぞ」


 私はファルスのエスコートでサロンへ向かうと、そこに居たのは同じ歳の婚約者アヒム・ディズリーと妹のサラだった。サラの侍女は私達が部屋に入ってくるのを確認して私のお茶を淹れているが、妹と婚約者は既にお茶を飲んでいる。


つまりは、そういいう事か。


「お前がマーロアか?」


初対面の婚約者にその対応はどうかと思うわ。


「……」

「お姉さまったら緊張しているのね」

「……」


 サラがこの場に居るのも可笑しな事だけれど、ディズリー伯爵子息の発言を気にもしないなんて呆れて何も言えないわ。


「なんとか言ったらどうなの?お姉さま?」


サラは蔑むような目をしている。


「あら、そちらにいる方は誰かしら?私、誰からも紹介を受けていませんわ」

「……俺はお前の婚約者のアヒム・ディズリーだ」


彼は少し不満そうな表情で私に挨拶をした。


「初めまして婚約者様、私マーロア・エフセエですわ。ところで今日はどのようなご用件でしょうか?」

「なぁに、婚約者がどんなのか顔を見に来ただけだ。そうそう、お前は魔力無しなんだろう?学院で婚約者だとバレると俺は恥ずかしい。だから婚約者であることを隠しておいてくれ」

「そうですか、分かりましたわ」

「アヒム様もそう思うわよね。魔力無しの姉なんて私恥ずかしくて耐えられないわ」

「そうだな、俺はサラが婚約者ならどれだけ良かったか。残念だ」


……何この茶番劇。


2人して私を馬鹿にするためにわざわざ呼びつけたのかしら?


「あら、そんなに私は恥ずかしい存在なのでしたら婚約者交代するように父に進言しておきますわ。用事が済んだようですし、私はこれで失礼しますわ」


立ち上がり、礼をして部屋を出る。お茶を口にする間もなかったわ。



……という事があって今訓練場でファルスと打ち合いの真っ最中。ストレス解消中とも言うわね。部屋に戻ってからファルスに清浄魔法を掛けてもらう。


「いやー婚約者も痛い奴だったな!これは早くこの家からおさらばするしかないだろうな。出来るのかはわからないけどな」

「本当そうよね。……ファルスお茶の腕上げたわね」


私はソファに足を投げ出しながらファルスのお茶を飲んでいる。


「そうだろう?俺の従者スキルはどんどん上がっているんだぜ?」


私はファルスとグダグダと話をしていると侍女長から『旦那様がお呼びです』と声がかかった。ついにきたわ。


私は残りのお茶を一気に飲み干し、ファルスと共に父の執務室へと入った。


 執務室では大きな机があり、手前には向かい合う高級そうなソファが1対。敷かれている絨毯一つをとっても高級感が溢れているわ。そして珍しく邸の執務をしていたようで席に座って羽ペンを持っている父とその横にいる執事のオットー。


「お父様、お呼びでしょうか?」

「あぁ、今週に学院の入学手続きが始まった。淑女科だ。家から通うように」


 おや、オットーは父に話をしていないのかしら?私はオットーに視線を向けると、オットーはにこりと微笑んでお茶を淹れてくれた。つまり、自分で話せという事かしらね。気づいていないのだから。


「お父様、私、寮に住むことが決まっておりますわ。それに淑女科ではございません。先週の間に書類を出したと思いますが、見ていらっしゃいませんの?」


私はえ?知らなかったの?と言わんばかりに優しく言ってみた。


「どういう事だ?」


父は手を止めて私の方に視線を向ける。


「……お父様、この機会に言わせていただきます。私を勘当し、籍を抜いて下さいませ」

「何故だ?」

「むしろ何故そう思うのですか?私、父にも母にも親として振る舞われた事はございません。それに今まで掛かった費用も全て家令のユベールや乳母のビオレタが私を養ってくれていたのですから。本当に名前だけ、の存在を好き勝手出来ると思っておりますの?」

「どういう事だ、オットー」

「旦那様、覚えていらっしゃらないのですか?領地へと赴いた時に旦那様は『赤子に費用はかからないだろう』とお嬢様に関わる出費は全て侯爵家から支払われておりません。

先日、既製品のドレスを5着ばかり買ったのが初めてでございます。サラ様はオーダーメイドのドレスを1度に10着は購入されますよ。既製品のドレスを5着合わせてもサラ様のドレス1着分の足元にも及びません」


 父は初めて聞かされたとばかりに驚いている様子。


「私、村で生活していたので淑女というものがどういうものなのかは分かりません。突然淑女科と言われて驚きましたわ」


父は慌てて机の上に置かれた書類の山から探している様子。


「……騎士科?しかも合格しているではないか!?」

「えぇ。そして寮の手続きも」


――リンリンリンリン――


 ふと音が私のポケットから鳴ったような気がしたので手をポケットに入れて探る。鳴っていたのは先週手続きした時にもらった魔法紙だ。私は机に折り畳んであった魔法紙を取り出し、広げた。すると魔方陣が薄く光った後、一枚の封書が魔方陣から出てきた。


学院からの印が押されてある。


オットーはさっとペーパーナイフを差し出してくれたので封を早速開ける。


「封書の中身はなんだ?」


私はさっと目を通し、父に書類を見せた。


なんて良いタイミングなのかしら。

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