一途な皇帝は心を閉ざした侯爵令嬢を望む

浅海 景

第1話 プロローグ

ずっと前から予感はあった。

だけどそれが今日、この場で起きることなどシャーロットは想像すらしていなかったのだ。


「シャーロット、君との婚約は解消させてもらう」


『——心配しなくても大丈夫だよ』

そんな言葉を掛けてくれたのは一体何だったのだろうか。じわりと込み上げてくる感情に蓋をしてシャーロットは確認のため発言した。


「ラルフ王太子殿下、恐れながら国王陛下はご存知なのでしょうか?」

眉を顰めたのは痛いところを突かれたせい、そう思ったのに続いた言葉は予想を裏切るものだった。

「……父上にもブランシェ侯爵にもこの件は伝えている」

残っていた微かな希望もあっさりと砕け散り、シャーロットは表情を保つことに集中する。


「承知いたしました。それでは父と話がありますので、失礼させていただきますわ」

卒業式前夜のパーティーには学園の生徒とその同伴者のみが招待されている。先ほどまで賑わっていた会場は、今はしんと静まり返っていて誰もが事の成り行きを見守っていた。


同年代の貴族子女が大半を占める場所で、これ以上無遠慮な視線に晒されることは耐え難かった。一刻も早くこの場を立ち去りたいと願うシャーロットを、鈴の音がなるような少女の声が引き留める。


「シャーロット様、ごめんなさい!私、そんなつもりじゃなかったの。でもいつの間にか惹かれてしまって……こんなこと言い訳にしかならないけど、どうか私とラルフ様のことを認めてもらいたいんです!」

「カナ!君のせいじゃない。婚約者がいるのに僕は君をどうしようもなく愛してしまったんだ。君の笑顔が僕を癒してくれた。――シャーロット、悪いのは彼女ではなく僕なんだ」

互いに庇い合う様はまさに相思相愛だ。その様子をうっとりとした表情で見守る令嬢たちの姿もあった。


二人は見つめ合ったあと、シャーロットに期待に満ちた視線を向けている。

「……陛下がお認めになったなら、臣下として反対などあろうはずがありませんわ」

早く立ち去りたい一心で何とか言葉を口にしたにもかかわらず、カナは表情を曇らせた。


「そんな言い方……やっぱりシャーロット様はご不快ですよね。シャーロット様が許してくれるまで、私何度でも謝りますから!本当にごめんなさい!」

頭を下げるカナの方をラルフが抱き寄せて慰めの言葉を口にする。親密な行為に周囲からは歓声が上がり、すっかり二人を祝福する雰囲気が出来上がっていた。


「シャーロット、カナは異世界からの聖女で僕と伴侶となる資格を有している。君は確かに侯爵令嬢で身分も教養も申し分なかったけど、いつも上品な笑みを浮かべている君が何を考えているか分からなかったし……心が安らぐような気持ちを覚えたこともない。生涯支え合っていく存在とは思えなかったんだ」


胸が鋭く痛んだが、心の動きを悟られるような醜態を見せるわけにはいかなかった。王太子の婚約者として相応しくあるために身に付けた術を否定されてもなお、シャーロットは淡い微笑みを浮かべることしか出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る