協力者
喜慈の会に協力してくれたのは、猿田さんだった。戌居君と親しい間柄の彼女だとしても、一般人を僕らのヒーローごっこに巻き込むのは抵抗がある。でも、彼女は随分と楽しそうだった。
「いいじゃん。私もノリ気だよ」
「……この案は、猿田から出してきたんだ」
「なぜ? どうして?」
「大地に空手を辞めて欲しいからだよ」
なんてことないように猿田さんが答えて、僕は面食らった。
彼女の瞳は揺らがない。それだけ決意は固いのだろう。仔細な話は聞かないことにした。それは彼らの過去に触れる行為だ。僕は通り魔との戦いで負った怪我を理由に空手と学校から離れていたけれど、それを他人に指摘されてもハイそうですかと日常には戻れなかっただろう。僕がここに戻ってこれたのは、適切な距離を置いてくれたからだ。
だから僕も聞かない。
彼らの間でこそ通じる言葉もあるはずだ。
「戌居君の意見は?」
「……こいつ、言っても聞かないから」
「でも言うだけならタダだよ」
「まぁ。俺は猿田を尊重することにした」
「ホント言うと、喜慈の会から抜けて欲しいんだけど」
ダメかな? と猿田さんが上目遣いになった。
けれど戌居君は溜息をはいて、首を横に振るだけだ。戌居君には苦労している姿が似合う。とてもいいことだった。一寸先の答えを求めて戌居君にもう一度視線を送る。彼は深々と溜め息を吐いて、小さく舌打ちを漏らした。猿田さんと僕へ向ける態度が違うのも、とても好感が持てる。少なくとも、猿田さんに対する好感度が僕に対するそれよりも大きいことを理解して僕は笑顔になった。
「猿田さん、戌居君にこだわるんだね」
「だって、大地には怪我をしてほしくないし」
「そりゃそうか」
猿田さんの発言に二言はなく、僕も異論を差し挟むことはない。
彼女が僕らの目的、ヒーローごっこに賛同を示してくれているなら文句もないし。早速本題に入ろうとした僕に、彼女が手のひらを見せて台詞を止めてきた。何をしたいのだ? と首を傾げた僕に、彼女は戌居君も知らない事実をぶちあげる。
「鬼児の会のリーダーは、私のパパだから」
「…………」
「…………は?」
先に反応したのは戌居君だった。流石の彼でも予想外だったようだ。僕も、猿田さんの口から放たれた情報に驚きを隠せないでいた。荒唐無稽すぎて、笑える。
嘘だよ、とか、冗談だよって言葉を信じて待つ。でもその期待は容易く裏切られた。彼女は携帯を取り出すと、戌居君のノートを切り離してメモを取り始めた。彼が止めようとするのを振り払って、十人近い男の名前を書く。そこには猿田――恐らくは、彼女の父親だろう男の名前も書かれている。
「これが今の構成員だね」
「…………」
僕達は何も言えなかった。
これが嘘だと断言できるなら、それでよかった。
でも、彼女の態度と行動を考えるに、それは真実なのだろう。そして彼女が言った「協力」の意味を改めて思い知る。戌居君が肩に背負うことになった重さは、僕の比ではなかった。
「いいのか? 本当に」
「うん。次の小競り合いで、大地にはカラテを辞めてもらうから」
「……天童。どうしよう」
「僕に聞かれても」
困る。
けど。
「正義には犠牲が必要なのかもね?」
猿田さんの言葉を前面的に信じることにした。
僕は彼女のメモを写真に撮って、喜慈の会の面々へと送り付けた。悪意の種は既に巻かれている。芽が出たものもあるだろう。それを摘み取るのが、今の僕らに出来るすべてだった。
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